家に帰ると母がさすまなそうな顔で迎え謝ってきた。 それは朝食の準備も出来ずに自分を学校に行かせた事への謝罪だった。 昨夜の事がバレていない事に安堵し部屋で着替え一階に降りると食卓にはいつもより一品多いオカズが並んでいた。
母は食事中、昨日の飲み会(送別会)の話を楽しそうに話していた、でもその話をうわの空で聞いていた、とにかく大事な事にならんくて良かったと・・・ もうあのような事は絶対にしないと心に誓った。 夏が終わると部活も陸トレ中心になり帰宅時間も夏と比べると早くなり、自分しかいない家で母が帰ってくるまでの一時間程がオナニータイムになった。 母の仕事場のソファーベットに残った薄い染みを見ながら其時の事を思い出し励んでいた。
10月の半ば頃から母の体調が悪くなり外の仕事を暫く休むことになった。 父から内緒話だと前置きがあり「もしかしたら来年、弟か妹が生まれるかも・・・」と言われた。その時もしかして自分がした事がバレていて母との間に子供が出来たと思った。でも父が嬉しそうに話すので父との子なのか、何とも言えない思いだた。 病院での検査の結果は妊娠ではなく婦人病である子宮筋腫の診断で手術する事になった。
母は手術の数日前に入院した、その間は父が仕事を早めに帰って家の事をしてくれた。 自分は学校帰りに母の見舞いに行き日々必要な物があれば届けたりしていた。 父は少し寂しそうだった、一緒に食事をしながら昔の事を思い出して話してくれた。 父達は二人目の子供を望んだが何度か流産して諦めていたようだ。そこで今回の件を妊娠と勘違いした父もショックだったようだ。 手術当日は叔母も来てくれて無事に終わった。 母は少し痩せた感じで帰ってきた。 術後一週間程経った頃、傷口のガーゼを交換してる母が手術痕を見せてくれた。 おへそから5㎝程下に縦にメスで切開した跡が痛々しくあった。 その時にあるものが無い事に気が付き無意識に「ツルツルだ」と言ってしまった。 母は笑いながら手術の時は剃ると教えてくれた。
その後、何度かガーゼの交換の時は手術痕見せてくれて年を超える頃には綺麗に塞がった。 年が明けて母が外の仕事に復帰するかと思ったがそのまま仕事を辞めて家でお得意さん相手の洋裁の仕事を再開した。 術後の経過を見るために何度か病院に行っていたが2月半ばで最後になった。 父の仕事が軌道に乗り忙しくなり月に一二度しか帰らなくなり母といる時間が多くなった。 両親の言い争いが増えた感じだったが前と比べると自分に対して母が優しくなったように感じた。
