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悪魔の家


9文字数:1848

私は今26歳で3歳の娘を持つ主婦です。
優しい夫と可愛い娘に囲まれて今はとても幸せです。
娘と接してた時にふと思い出してしまいました。
裸にした3歳ぐらいの私に陰茎を勃起させて迫る兄達のおぞましい姿と日々。

私には8歳と5歳の双子の三人の兄が居ました。父は短気で思い込みの強い性格のせいで会社で喧嘩しては転職を繰り返し安定しない生活で、家は借家で六畳が二部屋と茶の間と台所と風呂とトイレがあるだけのお世辞にもいい暮らしではありませんでした。
母はもの静かと言うか無口な人で収入の安定しない父の代わりに昼夜問わずパート勤めをずっとしていました。

三人の兄達は仕事で家を空けがちな両親の目を盗み3歳の私の体をいたずらするようになりました。
特に酷かったのは長兄で、次兄と末兄の見てる前で私を裸にすると
「くっつけっこして遊ぼう」
と私の性器を開き、勃起した亀頭を擦り付けて射精までしました。
長兄が満足したのを確認してから次兄と末兄はそれから私をおもちゃにするのです。
次兄が「ほら、ペロペロキャンディだよ」
と陰茎を口に近づけ、イヤイヤしながらもナメると末兄が精液でグチャグチャになった私の性器や肛門を弄ぶのです。
抵抗すると『おしおき』と称してお尻を真っ赤になるまで叩かれました。
いつの間にか抵抗する気力すら奪われました。

四人の兄妹は寝る場所は六畳の一室しかなく、寝ている間にも兄の誰かしらにいたずらされます。
長兄の気が済むと次兄さらに末兄と私は三人の性欲処理器にされてました。
手、口、性器。私の体は兄達を満足させるためだけに存在しているかのようでした。
あまり記憶にもありませんが、小学校に上がる頃には私は処女ではなかったでしょう。

「とにかく早く終わらせたい」
の一心で兄達の持ってる本やマンガを見て研究したのがアダになり
次兄は「お前は相当なスケベだな。どこでそんなテク覚えたんだ?」
と言われ、それがイヤで何もしないと
「生意気にマグロ女キメてんじゃねぇよ」
と殴られました。

フェラチオは日常茶飯事と言うより挨拶代わりでした。かわるがわる三人の精液を飲み続けて気持ちが悪くなりトイレで嘔吐する事も珍しくありませんでした。

長兄は高校卒業と共に実家を離れましたが、近くにアパートを借りたために私は幾度ともなく兄の部屋に行きました。兄の友人数人の相手もさせられ、家に帰ると双子の兄に同時に攻められました。満足すると足蹴にされて、末兄から
「お前セイシ臭ぇんだよ!あっちいけ!」
と言われたのがショックで忘れられません。
そして終い湯で泣きながら汚れた体を洗うのが日課になってました。

決定的な出来事が私が中2の時に起きました。
双子の兄達も高校卒業と就職で実家を離れ、中学生になって初めて家でぐっすりと眠る事が出来たのです。
学校から帰って兄達が居なくなった六畳間で横になっていたら、父が酔って帰ってきました。
「お前、あるじが帰ってきたと言うのに寝ているとはなんだ!!誰の金で制服来て学校に行ってると思ってんだ!」
と言い掛かりを付けて私の制服を脱がそうとしました。父はまた職場で衝突してやけ酒を飲んできたのでしょう。
抵抗する事も忘れている私は父のなすがままでした。

その時です。母がパートを切り上げ帰ってきました。静かにそして冷たく二人を見下ろす母に父は必死に言い訳をしていましたが、母はスッと台所の方に消えました。

それからです。母は私を意図的に無視し始めました。父はあれから何もしてきませんでしたが、私を視界から無理にでも外そうとします。

私はそんな家庭に耐えきれず実家を離れる決意をしました。中学卒業で住み込みの仕事に就き、翌年から定時制高校に通うようになり、同級生だった今の夫と出会いました。

しばらく子宝には恵まれず
「きっと私のせいだ」
と悪夢の様な実家での日々を悔いていたのですが、夫や義実家の温かい励ましに支えられ、妊娠出産することが出来ました。

夫や義実家も私の生い立ちを知りません。話すつもりもありません。今は実家の誰とも連絡を取っていません。もしかしたら兄達は私が結婚したことも知らないかも知れません。

あれ程、私の体を求めておもちゃにしてきたくせに。きっと私の事なんてオナニーで吐き出した精液を受け止めるティッシュぐらいにしか思って無かったのでしょう。

あの日々を過去のものとしたくて書かせて頂きました。乱文失礼致しました。

 

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