私の性的体験記(1)小学生の頃


学校に上がる前から、女性の陰部と言うよりは「お尻」に興味を持っていた。近所のアパートのトイレの外、ジメジメしていて、誰も来ない様な場所であったが、そこで待機し、やって来た顔見知りのお小母ちゃんが尻を丸出しにしてオシッコおするのを、吐き出し口から覗くのが好きだった。その当時はマンコよりはむしろ大人の裸の尻に興味があったので、覗きはもっぱら斜め後ろからであった。

銭湯に行く時も、多くの場合、母親と一緒に女湯に入るのが普通で、洗い場で大人の女性の裸を見たり、特に前屈みになり尻の間から垣間見えるマンコを見て楽しんだし、脱衣所で、普通の小母さんたちが服を脱いで全裸になる、いわばストリップショーを見るのが好きであった。銭湯の女湯には小学3年生ぐらいまで通った。そんなある日、その時には自分では理由が良く分からなかったが、洗い場で私のチンチンがピンコ立ちになってしまった。驚いた母親が、
「洗い場の隅に言って水を掛けなさい。」
と言ったので、その様にしたら治まった。それ以来母親は私を女湯に連れていくことはなくなり、一緒に銭湯に行っても、
「もう大きいのだから、一人で男湯に入りなさい。」
と私を突き放すようになった。私にはよく分からなかったが、母親は随分と恥ずかしい思いをしたに違いない。

小学校時代には東京の郊外に住んでいた。周囲はまだ武蔵野という雰囲気が多分に残っており、私が住んでいたアパートの路地も、アパートはどん詰まりにあり、そこから先は袋小路で、松林になっていた。下草には私の身の丈を超える高さで熊笹が生い茂っていた。

近所に三枝子ちゃんという1歳、歳下の女の子が住んでおり、仲良く、よく遊んだ。二人とも一人っ子であった。
特に初恋という意識はなかったが、今にして思えばそれに近い意識・・・恋人というわけではないが、夫婦の様に互いに変な意識を持たず空気のように自分をさらけ出すことが出来る仲・・・を互いに持っていたのかも知れない。

子どものことなので、尿意を催すと私は、ごく普通にその辺で立小便をしていたし、それを三枝子ちゃんに見られるのを特段恥ずかしいとも思わなかった。それは三枝子ちゃんも同じで、さっとパンツを下してしゃがみ込み小用を足していた。そんな時、私が前に回込み、股間を覗き込んでも、特に嫌がる様子もなく、私には三枝子ちゃんのマンコの割れ目からおしっこが迸るのを見るのが、楽しくもあった。

三枝子ちゃんとは、いろいろな遊びをしたが、その中に二人とも好きな遊びがあった。それは他人は勿論、親にも言えない秘め事であった。先にも述べたように、私の住んでいたアパートの奥手の雑木林には、熊笹が身の丈以上の高さで生い茂っており、その中に入り込めば、他所から見ること/見つけることが出来ない、二人だけの隔絶した世界が持てた。二人で他人に見つからないように笹藪の奥に入り込み、そこで陰部を互いに見せ合うという遊びであった。俗に「お医者さんごっこ」という男の子が一方的に女の子のマンコを見るというような、遊びではなく、それは言わば、ままごと的ではあったが夫婦間の性生活のようなものに近かったといえる。三枝子ちゃんは全く嫌がらず、私が言うように体を開いてくれた。パンツ下して前屈みになり、惜しげもなく彼女の尻の穴と、幼いマンコの後ろ姿を見せてくれたり、マンコが見たいと言えば、自分で割れ目を開いて中もじっくりと見せてくれた。

当然のことながら、私も三枝子ちゃんに、自分のおチンチンや尻の穴を見せていていたし、触らせてもいた。二人とも幼過ぎて、この遊びはそれ以上に進展することはなかったが、今思えば知識が芽生えていたのならおそらく三枝子ちゃんに「チンチン、舐めて」とか「チンチン、しゃぶって」と言い、そうすれば三枝子ちゃんはその通りにしてくれたことだろうし、私もクリを舐めたり、擦ったりしたことだろう。小学校高学年になって性交の知識が入れば、きっと筆おろし、即ち「嵌め込み式」と呼んでいた「性器の接合」も三枝子ちゃんのマンコで、済ましたに違いなかった。残念ながら、三枝子ちゃんはその時期が来る前に、親の仕事の都合で、引っ越して行ってしまい、この遊びは自然消滅してしまった。

5年生になり、親友と呼べる美明君、則夫君という2人の同級生とよくつるんで遊ぶ様になった。そのうちの一人、美明君が、ある日突然妙なことを言い出した。
「女の小便は前には飛ばず、尻の方に1回たくってから前側に落ちる」
と言うのである。放課後、彼はわざわざ黒板に大きく女がトイレにしゃがんで尻を出した絵を描き、こんな風だと図解した。三枝子ちゃんの放尿を散々見てきた私は、三枝子ちゃんのオシッコが、割れ目から前に飛ぶことを知っていたので、すごく妙な気がし、それは事実ではないと内心思ったが、敢えて反論はしなかった。ところが美明君の説明は、一度や二度ではなく、何回も繰り返されたところを見ると、彼はその説に絶対的な自信を持っていた様だ。

あまりに美明君が自説を繰り返すことから、私は一つのことに思い当たった。彼が自信を持ってそう主張するのは、彼自身がその光景を覗き見したのか、何回も繰り返し覗き続けているからに違いない。いったい何処でであろう?というのが疑問であった。やがって、彼の家に遊びにいた時、なんとなく想像がついた。彼の父親は国鉄に勤務しており、一戸建ての官舎に住んでいた。その家のトイレは和式で、戸を背にしてしゃがむ様になっており、前面の壁の下に吐き出し口があった。おそらく彼は家の外からその掃き出し口を少し開けて置き、家族が用を足すのを覗いているに違いない。

彼は4人家族で2歳年下の妹がいたが、彼女のマンコは子供だから三枝子ちゃんと多分余り変わらないのではないだろうかと思えたし、それを覗いた結果であれば、先の様な話をしないであろう。であれば、覗き見したのは自分の母親の筈だ。その頃には、仲間内の話から、性に関する知識も増えており既に「はめっこ」という言葉で性交の知識もあった。同時に多くの男の子が子どものマンコよりは大人のマンコに興味を持っていた。おそらく、美明君も同じで、状況証拠から考えると、彼は自宅で自分の母親のマンコと排尿、更にはおそらく排便も繰り返し覗き見していたに違いないように思えた。後年、多くの覗き見の経験から、尿がマンコから直接前へ飛ぶだけではなく、尻の方に伝って落ちるのはそれほど珍しいことではなく、大人の女性(特に熟女)で、マンコが開き気味であり、あまり排尿に勢いがない場合には十分に起こり得ることを知り、美明君が母親のトイレを覗いていたっということは確信に至った。

大らかな時代であった。とは言え、それ以上突っ込んだ話は、彼とはしていない。今にして思えば、美明君に頼んで私も彼の母親の大人のマンコを見せて貰えばよかった。尤も、美明君は自分の母親のマンコを見せる以上、代償として、彼にも私の母のマンコを覗き見させることを、求めたことであろう。生憎私の家のトイレには掃き出し口がなく、その要求を叶えることは困難であった。第一、それが可能であれば、既に私も自分の母親がマンコを丸出しにして排尿する姿を覗いていた筈であった。 続く・・・。

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続き:  私の性的体験記(2)中学生~高校生の頃

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みんなのコメント

1 名前:名無しさん2021年10月23日(土) 21時48分05秒

実話だと思います。
文章力がすごいですね。

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