単身赴任中、夫に内緒で乱交にハマり、息子とまで


40過ぎの主婦です。
夫に隠れて乱交にハマっています。
父親が誰かわからない子も妊娠しました。どうしてこうなったかを話そうと思います。

きっかけは、5年ほど前同じ陶芸教室に通っている若い男性でした。彼はタバコをよく吸っていました。イケメンにも関わらず、嫌みたらしい性格で周りの人、特に女性には嫌われていました。しかし、私はどういうわけか彼に魅力を感じていました。
ある日のことです。教室が終わると、彼が話しかけてきたのです。
「この後、食事に行きませんか?」
「でも」
その時、私は断りましたが、どうしても気になりました。久しぶりに男性から、誘われたことに浮足だっていた部分はあったかと思います。
1週間後、思い切って私の方から誘ってみました。彼は喜んで承諾してくれました。
その日は、息子は修学旅行に行っていました。また、夫も海外に単身赴任をしていました。寂しく話し相手が欲しいということもありました。少しだけのつもりでした。
しかし、あっというまに夜の10時を過ぎてしまいました。
「いけない。もうこの時間。」
「そうですね。」
彼は私に話しかけました。
「令子さん。」
「はい?」
「その、一緒にホテルに行きませんか?」
彼に見つめられて、私も思わず
「嬉しい」
と承諾しました。信じられないことに、1度だけならと、本気で思っていました。
ところが、彼は、ホテルではなく、公園に行ったのです。
「え?」
「お前みたいな淫乱な女は、公衆便所がお似合いだ。」
彼は笑っていいました。普通なら、逃げますよね。私も彼以外の人が言ったら逃げていたと、思います。でも、私の隠れていたM心が燻られて、股がみるみる火照ってきました。
「はい。淫乱な令子にお仕置きをしてください」

「はあ。はあ。」
私は汗だくになりながら、個室トイレで、生暖かいチンポをたっぷりと堪能しています。
「チュパ!チュパ!んもう。隆のギンギンしたチンポうまい。」
「おらあ、もっとちゃんとしゃぶれよ」
「だってえ、マスクで前が見えないもん。」
「ああ。小便したくなった。しても良いか。」
「お願い。飲ませてー。」
私は仁王立ちになった隆のおしっこを飲みました。生暖かい液、アンモニアの腐臭、私はそれに溶かされるようにイキました。
「小便かけられただけでいくなよ。変態ババア」
「だってえ。」
私はわずか30分足らずで、淫乱な熟女に成り果てたのでした。
「お願い。チンポを入れて。隆のギンギンのチンポを。ほら。アソコがうづくのお!」
「いいとも四つん這いになって、床を舐めな。」
私は、トイレの床を舐めさせながら、散々、後ろから突かれました。あまりの気持ち良さに何度も気絶し、そのたびに叩き起こされました。途中で声が出ないように猿轡もされました。
私は、朝まで隆によがり狂わされました。
「ふう。アソコの毛を剃って良いか。」
「ええ。」
私は、パイパン化にも同意してしまいました。
「大丈夫。ちゃんと残しておいたから。」
隆にM字開脚をさせられた上、鏡を見させられました。毛はMの字だけ残されました。私はそれを見ただけで、アソコから白い粘液とヨダレを、だらだらと垂らし始め、最後にはいってしまいました。
「見ただけでイクなよ。くそ淫乱ババアが。」
「はあん。だって、私、ドMだもん。」
「タバコ吸うか?」
「いやよ。私、タバコ嫌いなの。」
「ならいいか。うまいのにな。」
しかし、私は、美味しそうにタバコを吸う隆を見て、無性に吸いたくなりました。
「お願い吸わせて。」
「いいとも。旦那と息子は、今日、帰るのか。」
「うんうん。明日よ。」
「なら。俺んちこないか。」
私は少し迷いましたが、承諾しました。
「あと、男4人、女2人ほど、くるんだけど、相手に出来るか?」
「え。そのつまり」
「乱交と言うことだ。」
乱交。名前だけは知っています。しかし、その時は、興味と止まらない性欲から承諾しました。
「興味あるわ。」
私はタバコの煙を吐きながら言いました。
「昨日まで、貞淑だった奥さんが今じゃすっかり淫乱になっちまった。女は怖いな。」
「だって、淫乱にしたのは隆でしょう。責任取りなさいよ。」
私は隆のチンポをデコピンしました。
「もともと、淫乱だったんじゃねえか。」
「ええ。そうかもね。」
その日は1日中、みんなで乱交に狂いました。次から次にチンポやペニスバンドでつかれたのです。
そしてイク度にタバコを吸わされたのです。
帰りは、バイブを刺された上に栓をされ、マイクロミニスカートで歩かされました。しかも、12cmのピンヒールのニーハイブーツに網タイツまでされて。途中何度もイキ、倒れました。
そして、玄関に入ると、そのまま果てました。
ーもう戻れないかも知れない。
混濁する意識の中でそう思いました。

それから、暇を見つけては、隆の家に行き、乱交に耽りました。
私は、いつしか、
「変態便器」
と、呼ばれるようになりました。男女問わず、色んな人に3つの穴をおかされまくりました。
精神だけではなく、肉体まで改造されました。アソコにはピアスと蝶の刺青、お尻の穴には、バラの刺青、尻には
「変態便器」
と、彫られ、乳房にも刺青を入れられました。
お尻の穴は極限まで拡張され、ビール瓶やトリプルフィストファックもできるようになりました。
一番好きなのは、マンコに入れられながらアナル2本挿し、その上でチンポやペニスバンドやマンコを舐めさせられるプレイです。
その次は、公衆便所で、20人ほどの男女に次から次に犯されるプレイです。
私は、変態便器として、色んなところでおかされました。

ある日のことです。
その日も、いつも通りに乱交していました。
「ぎょえめえ!ぎょえめえ!」
「はは。奥さん。いつもよりも一層よがりくるってるな。」
私は、男の拳をお尻の穴にいられながら、失禁していました。死ぬほどの気持ち良さで自分でも、体がガクガク痙攣しているのがわかります。
「ほら。坊主。入れてやれ。」
マスクを、させられているため、前が見えず誰なのかわかりませんでした。しかし、チンポの味から、高校生くらいだとわかりました。
「ああ!いいいい!」
「ああ。俺もいくう!」
私はついに気絶しました。

「母さん」
息子の声で目が覚めました。間違いありません。マスクはいつの間にとられていました。
「おい。息子かよ。」
隆は凍りついていました。
「あら。それが何なのよ。私なんて息子や娘とよくファックしているわよ。」
「私もよ。」
「私は息子の子供を産んだわ。孫にもなるわね。」
乱交をしていた奥様方が次々に言いました。私は奥様方に調教をされまくっていました。奥様方のむっちりとした身体も刺青やピアスだらけになっていましたし、乱交癖が私よりも酷かったのですが、まさか、自分の子供とまでしているとは思いませんでした。

ーついに息子とまで

私は堕ちるところまで堕ちたと思いました。

その1週間後、倉庫の裏で、私はマスク、手枷、足枷をさせられ、立ったまま、一晩中、何十人もの男女に3つの穴を犯されました。その中には息子もいました。
「どう?息子に犯される気分は?」
横から奥様方から言葉責めをされます。
「ああ!最高よ!」
私は口からヨダレをダラダラとたらし、足をガクガクとふるわせ、汗をダラダラ垂らしながら、野獣のように、狂い叫びました。

こんな調子ですから、ピルを飲んでいたのにも関わらず、ついに妊娠をしてしまいました。どういうわけが私は産むことに決めました。アソコのピアスを外して、産婦人科に行きました。先生も驚くだろうなと思いました。だって、ガバガバなうえに、刺青までしているんですから。
案の定、驚いていました。しかし、女性の看護士さんは、平然としていました。真面目そうな看護士さんでしたが、目が合った途端、私は何かを悟りました。

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