| ある出来事 | 520 | [小中] [母親] [父親] |
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中一の時、農器具小屋で父母がオマンコするのを見てしまった。私は小屋の二階で漫画を読みながら昼寝をしようとしてたんだが、、、、、 親も昼ご飯の後、やろうと入ってきたらしい、父がズボンを下げ、母がひざまづいてしゃぶるとたちまち、チンボが鎌首をもたげた。 もちろん、昼間だから風呂上がりじゃないので、朝からの農作業のあとだから、あそこからは蒸れたチンボの.匂いとおしっこの匂いとたぶんチンカスの匂いもあっただろうけど、そんな事構わず、母は両手でしごきながら、亀頭をアメをなめるように唇でなめまわすと、あっというまに ビビ〜ンと立ち上がってしまった。 そのあと、母はモンペをずり下げ、柱に両手をつくと、後ろから白い大きなお尻を抱え、母にもっと頭を下げさせ、お尻を上げさせると、白い臀部を開き、二三度腰を動かし挿入を確かめるとやにわに本番を始め、あっという間に射精したらしく、チンボを引き抜いて母に後始末させると、さっさと出て行ってしまった。その間、五分くらいだったろうか。母はオマンコを丹念にぬぐうと仕事を済ませたような顔をして、というか、父の欲望に応じただけで、濡れ場の後の余韻といった感じでなく、出て行った。夫婦の愛の交歓って感じではなかった。 ... 続きを読む |
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| オヤジのチンポとおふくろのふっくらオマンコ | 1647 | [小中] [母親] [父親] |
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私の子供の頃は、男子は丸刈り、女子はオカッパか三つ編みが普通だった。それでもって、こどもの床屋は親がやるのが通り相場だった。 たいてい母親がバリカンで刈り、首筋とか顔を剃るのが父親がやっていた。庭にいすを出し、首の周りの風呂敷を巻き、落ちた髪の毛は庭ほうきで掃除した。床屋がないわけではなかったがそれだけまずしかったのだ。その当時の日本は。どこも同じだったからソレを貧しいとか恥ずかしいなんて思いもしなかった。首筋なんかを剃るのは父親の仕事で風呂に一緒に入り、洗い場で父がひげを剃るカミソリで剃ってもらった。なあんて書くと、どこがエッチな話かと。 オヤジにじっとしてろと怒られながら、剃ってもらい、その後、オヤジは洗い場の壁にぶら下げてある鏡を見ながら自分のひげを剃るのがいつものパターンであった。私は湯船につかりながら、オヤジが立ってひげを剃るのをみながら、ちょうど自分の目の高さにあるオヤジのチンポによく見とれていた。それはこどもの目から見ればグロテスクな逸物であり、先っぽには完全にムケ返っているでかい亀頭が付いていた。子供心に自分の朝顔のつぼみみたいな細いのとは大違いなのに興味津々でありました。母親ともよく入ったので、ふっくらした土手にふんわりした恥毛が生えていてその下あたりから割れ目がある。洗い場にタワシをかけるときに後ろから見えるお尻の穴と割れ目の間は繋がっていず、そのへんにもわずかながら薄い恥毛が生えていた。まだ、ぼっきもはじまってないガキでも結構興味を持っていた。らしい。 精通が始まり、チンポが立ち始めてからは当然一人で入るようになり、そんなある晩、洗い場で洗っているといつものようにチンポが立ち上がり、大砲のように突き出した状態になった。、その時ガラッと窓が開き、母親が覗き込んだ。「湯加減はどお?」とっさに湯桶で股を隠したが、勃起してムケた亀頭が母親の目に入ったらしい。瞬間的に窓が閉められた。母親にとって息子の勃起したチンポはどう感じたろう。 すっごい!息子もおとななんだとおもったかどうか、それから、母親はいきなり開ける事はなくなった。 その頃になると、かつて見とれていたオヤジのムケかえった巨大な亀頭が夜に母と同衾すると固く反り返り、洗い場で見た母の柔らかく閉じた割れ目を押し広げ、巨大な陰茎は母の愛液にまみれながら、なんども抽送されたりして、睦言を云いあいながら、おびただしい精液が堰を切って子宮口に吐き出される。そんな妄想が頭の中を駆け巡ってばかり居た。お風呂で剃ってもらっていたのは小学校の低学年だったから、その後妹が生まれている。よくその頃、祖母が一緒に寝ようと誘ってくれていた。アレはそういうことだったのか。両親二人きりの閨房で子種を宿すべく奔放に、夫婦のお楽しみを満喫していたのだ。当時,私8歳、そうすると母は29歳父は34歳か。そりゃ、種付けでなくても やりまくり時代だったか。そうだなあ、子が学校へ上がって手が空いて、夫婦生活に関心が戻り、成熟したカラダになっている母を男盛り、 ... 続きを読む |
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| 上と下で、、、♥ウッフ〜ン | 1756 | [母親] [父親] [盗撮] |
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親が若くして結婚し、息子が早々と嫁さんをもらうと、親子二代で同じ屋根の下でオマンコタイムになる、特に最近は五十すぎても母親が老けないので余計そうなる。と言う家庭も多いかな。うちも割と早く父親が結婚して私が出来たので、今老若ダブルキッチン状態である。 親がオマンコをやってる事は中学生の時感づいたが、私が高校受験のときは勉強部屋に下が親の寝室なのでさすがに遠慮してたみたいであった 入学とともに再開、そっと階段を下りて営みを覗きにいったりした。当時、父が40で母が35だからまだ派手にやっていた。夏なんかエアコンもまだなかったし、窓を開け、カーテンだけ引いて風を入れないと暑くてやれなかったのだろう。田舎で庭も広かったから覗かれる恐れもないし。上に居ると木造家屋だから親が話し込んでいる気配を知るとそ〜っとおりて庭に回り、ヤブ蚊に刺されながらカーテンの隙から常夜灯のともる親の寝室を覗いた。母は垂れ気味のオッパイむき出し下は赤い腰巻きで、父は丸裸で敷きふとんの上に寝転がっている。父も片手が腰巻きをまさぐっている。母の片手が父の股間をマッサージしている。そのうちに腰紐が解かれ、脚と脚をからませあい、おっぱいを揉みながら、片手はオマンコに伸びる。会話はエロい話ではなく、近所の世間話を母がするのを父が黙って聞きながら、だんだん母の股間を拡げさせ、盛大にオマンコを撫でたり、さすったり、母の片手もマッサージからチンポをむいたり、しごいたり、そのうちどちらからとも無く、交わりの体勢に。 母は仰向きになり、自然に軽く股を開き、父は母の足元に寄り、おもむろに脚を持ち上げて180度に押し広げ、股間の湿り具合?を指で確かめ、両手で左右にオマンコを押し広げ、クンニ体勢にもってゆく。母の満足げなため息があがって母の腰がもじもじしだすと母の両脚を肩にかつぎ、全開させたオマンコに直立しているチンポを真上から少しずつめり込ませてゆき、オマンコにチンポがなじんだ頃合いを計って盛大に九浅三深のリズムで母に奉仕し始める。時々腰をねじこんでみたり、その度に母の小さい「ひゃ〜」という声があがったり、父「ええやろ」母「ええわ〜♥」父「もっと、ようしてもらいたいか」母「ようして〜♥」父「よ〜し、」 父は母の両脚を母の肩位まで押し曲げ自分の両手両足を突っ張らせ(これが松葉崩しかな?)結合部分を自分で覗き、母にも覗くよう促し、小声で「小夜子好きやで」と云いながら、ズボッ,ズボッと入れ始めると、母は股間を覗きながら「いやらしいわ〜ぁ」と、、父は「おまえがいやらしいことしてぇ〜といったやないか、やらしいいうのはきもちいいでもっとして〜ということやろ」そのうちにズボッ、ビチャッ、ズボッ、ビチャッと結合部分が夫と妻の愛の二重奏を奏で始めた。と思う間もなく、父は激しく腰を振り始め、「、、、、」と母にうめくとオマンコに何度もチンポをこすりつけると往ってしまった。何度か覗いたがこの晩ほど理想的?な夫婦の営みを見たのはなかった。 しばらくたって、父から私と二人だけのときに、ぼそっと「のぞいたのをいいいとはいわんけど、お母さんにいうなよ、息子に見られたとわかったらかわいそうやからな」といわれた。「それだけや、おまえももうすぐ嫁さんをもらわならん」と。 それから十年ほどたって私も縁あって見合い結婚した。夫婦生活の指導書も読んだが、何より親の夫婦生活が頭にしみ込んでいるので、アノ通りやっている。専業主婦の妻の昼間あった話を聞きながら、オマンコをいじくりながら、妻にはチンポを握らせ、つまが催してきたら、妻に股間を開かせ、湿り具合を確かめながらクンニで奉仕、ほしがり始めたら本戯に移り、最後は愛の言葉をささやきながら深〜く突き刺して絶頂に持ってゆく。手を取って父に伝授してもらったわけではないが、父が母に奉仕していた直伝の松葉崩しが我が家の伝統の性戯として私にも引き継がれている。今はどうか分からないが、新婚当初は親夫婦と息子夫婦で上と下でズボズボ、アフン,アッフ〜ンやってたと思う。何せ、父母は四十すぎてもアツアツでお仲がよろしかったから。たぶん、父も私と同様、妻以外おんなを知らない。今時、古めかしい三十年代のはなしである。 ... 続きを読む |
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| 親の夜の営み2 | 1149 | [小中] [母親] [父親] |
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中学にあがっての秋のある晩、生まれて初めて、両親の交わりを見てしまった。親戚の婚礼に二人そろって出かけ、深夜に戻って来、多分さめたお風呂に二人で入ったようで、珍しく母の嬌声が聞こえていた。「早よ寝にゃならんからいっしょに入らんか」「ふふ、ええよ、新婚さんやね」そんな若夫婦みたいにイチャイチャしながらお風呂の声が響いていた。その後なかなか灯火が消えないので廊下からもう寝たら、とでも言おうと障子を開けようとしたら、隙間から、、「うふふん、、」「いいやろ、どや」「ほほ、いいわよ、いい、そ〜」、、、、、、、、、、 常夜灯ではなく、白々とした蛍光灯をつけて、父は仰向けになった母のオマンコをなめまわしていた。ひととおり済ますと今度は母が仰向けになった父の勃起したチンポをしごきながら口に含み始めた。「あ〜、サービスいいのう、いつもこんなんだったら、なんでも買ってやるぞ」 「ほほ、それ忘れんといてね」当時、母が35、父が40、子育てが一段落し、母の要求に十二分に応えられた頃?であったと思う。 そのあと、灯りを付けたまま、二つに重なり、正常位でヨイショヨイショやりはじめた。「あ〜、おとうさん、もっとゆっくりよ」「こうか、」とかハアハア云いながら父は母のおなかの上で汗を流しながら、腰を振っていた。そのうちに、母が深呼吸をするようにはあ〜っ、はあ〜っと言い出したかと思うと父の背中に両手をまわし、両足も父に絡み付かせ、父が動けなくなるほど硬くしがみついて「いきそ、いきそ 往って、って、」と言い出し。それと同時に父の腰のうねりが激しくなり、最後に硬く二人ともしがみついたまま、下半身を何度も震わせて 死んだようになった。わたしは射精寸前の父母の求めあう凄さに圧倒されてしまい、覗いている危険を忘れてしまっていた。 部屋に戻っても、精一杯女の官能を味わおうと腰をくねらせる母と動物的なまでに愛する妻にに精液を注ぎ込もうともがく一匹の♂に化した父のすがたが目に焼き付いてしまい、心の中ですごい、すごいとつぶやき続けていた。随分長い間覗いていたようだったが、枕元の時計を見ると10分もたってなかった。その晩も自慰を盛大にしてしまった。あの頃から私の下履きとか士気ふとんに黄色い地図が随分付いたはずなのに母はそれをなんと思っていたんだろう。まさか、自分たちの痴態を、、、息子が、、、と思わなかったろうか。でもあの晩は全く無防備に障子一枚隔てた明るい明かりの下でやってたのは、1日解放された余韻がそうさせたのだろうか。 ... 続きを読む |
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| 父母の営み 1 | 895 | [小中] [母親] [父親] |
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父母の夜の営みに気づいたのはいつ頃か?小学校の頃は朝起きると、父親が母親の隣で寝ているのに気づく事があって???だったが、それが夫婦の営みに関係してると気がつくのは、中一になってからであった。例えば、朝早く起きる母親が着替えるのを床の中から見ていると、寝間着の下に何も付けていなかったり、父の隣から起きてきたときがそうであったり、それが伏線になって私の中でなんでだ??の疑問符が広がっていったような気がする。そのうちに私は親の隣の部屋で一人寝起きするようになった。それから何日かしての夜、母親のはずんだような声が眠りにつこうとした私の耳に聞こえた。「あなた、やる?」父の返事は聞こえなかったが、私は直感的にどきっとして母親の言わんとする事を了解してしまった。ふすま一枚隔てただけだから、がさごそと重なり合う気配やフフ〜ン、へへ、ハア〜ッ、チュ〜バッ、ヒソヒソ、チュッ、 チュッの言葉にならない気配は筒抜けに聞こえてきた。もう心臓がドキドキしてからだがこわばってしまった。そのうちに母親がうなされたようなため息を漏らし始め、イイそこ、いいよ、の声がはっきり聞こえ始め、おとうさん、もっとゆっくり、とか、ささやきが聞こえ始めたら、 ミシミシ、が聞こえ始め、そのうちにふたりが激しく運動する気配がしたかと思うと「いい、いって、私いきそうよ」と蚊のなくような母親の声がした、と同時に臆面もなくミシミシグラグラ、ハッハッ、ミッシミッシ、隠しようもない気配がしたきり静寂が訪れた。 しばらくして、母親が手洗いに立つ気配がした。初めて男と女のやる秘事に遭遇した私は朝まで眠れなかった。怒濤のような響きとむつみ合う囁きに我を忘れ、硬く硬く勃起したものを上向いたまま、今起こったことを追体験しながら、熱い精液を懸けふとんにぶちまけてしまっていた。それから、なんとか、声や気配だけでなく、おとことおんなのむつみ合う場面を見たいと思い続けるようになった。何せ、その頃は、マスコミにアソコの秘部どころか、オッパイすら載っていず、大人の入り口に立った中学生の好奇心を満たすものは夜中の父母のそれしかなかったのだから。 ... 続きを読む |
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| 父母の営みに接した思い出 | 1172 | [小中] [母親] [父親] |
| 父の好み | 1213 | [父親] |
| 美咲27歳 | 4146 | [女性視点] [父親] [近親] |
| いけない関係 | 4969 | [女性視点] [父親] [近親] |
| 秘密 | 490 | [女性視点] [父親] [近親] |
| 数年ぶりの… | 679 | [母親] [父親] |
| 友達が… | 5316 | [女性視点] [父親] [友達] [盗撮] |
| 家族全員でセックス | 1640 | [フェラ] [小中] [小中学生] [姉] [母親] [父親] [おっぱい] [複数] [乱交] [レイプ] [初体験] [童貞] |
