司法解剖


もう20年以上も経つのに、この時期が来ると必ず思い出す事件がある。
2年半の交番勤務を経て鑑識課に配属され、一通りの講義を受けた後、最初にした仕事が「司法解剖の立会い」だった。
先輩についていくだけのつもりだったが
「すまん、今日のホトケさん、俺には無理だ。同じ年頃の娘ががいるんでね。耐えられないから俺は部屋の外で待ってる。お前一人で大丈夫だな。どうせ離れたトコで立ってるだけだし」
といきなりの職場放棄で一人で立ち会うハメに。
(※これから書く内容には専門用語を簡単な言葉に変えています。省略した部分もあります)
法医学教室の解剖室に入ると既にホトケさんが解剖台に全裸の状態で寝かされていた。
照明に照らされた女児の全裸は白く光っていた。発達した乳房と乳首はとても小5には見えなかったが、少し開き気味の股間に陰毛がないのを見れば頷ける程度だった。
5月下旬、11歳女児、自室で首を電気コードで首を絞めれて横たわっている状態を帰宅した父親によって発見される。発見時間午後6時。母親の帰宅はその直後。死亡推定時刻午後5時前後。
若い法医学教授が担当する。まだ30代ぐらいか。ひどく不機嫌でぶっきらぼうに助手を向かいに立つように指示をし、記録係と写真係にも指示を出す。
「司法警察官は台から1メートル以上離れた場所で。じゃ、外見の所見から始める」
この教授、黙祷はしないらしい。
「身長体重は量ったな?よし、まずは頭部は···損傷は見受けられず。頭蓋内はやらなくていいだろ。なるべく綺麗な状態で帰したいし」
頭から爪先まで念入りに診る
「爪の間に何か詰まってるな。採取して」
助手が素早く針のような物で採取する。見たところ首にはひっかき傷はない。犯人をひっかいたか?
やがて、所見は下腹部に至る。それまでに写真係は無遠慮に女児の裸体をカメラに収める。
「外陰部、酷いなこりゃ、著しい爛れを確認。クリトリスはやや充血、小陰唇も充血、はい写真、中は···処女膜は見られず、あぁ、キット!!急げ!!」
開いた時に膣内から体液が出てきたらしい。採取用キットが用意され綿棒が膣に挿入される
「だからヤなんだよな」
教授が吐き捨てるように呟く。
ここまでで一時間弱、外見は終了して解剖に入る。教授が大きな解剖刀で顎下から下腹部まで一気に切る。
ドロリと血が流れる。
「舌骨の骨折と気管の圧迫を確認。ここまでで窒息死とすることに矛盾なし。胃の内容物を調べる」
胃を切り開き大きなスプーンで取り出す
「インスタントラーメンだな。ほぼ未消化と所見。死亡までの一時間以内と推測。肝臓や腎臓に主だった所見なし。よってこのまま子宮に移る」
え?
「子宮を切開···胎児を確認···15週はいってるぞ。クソッタレ。あ、クソッタレは書くなよ」
まさか妊娠していたとは。まだ小5なのに。少しふくよかな身体だと思っていたが、まさか。
胎児を両手で丁寧にすくい上げ、へその緒をハサミで切り、解剖台の空いてるスペースに置いて
「ごめんな。ちょっと貰うよ」
と足の裏から皮膚を採取する。
証拠品の組織片の採取が終わると縫合され終了した。
先輩を中に招き入れ二人で署名を済ませて解剖室を後にするところで先輩が小声で
「父親が自供した。バラして死体を隠そうかとした時に予想外の時間に母親が帰ってきて発見者を装ったらしい」
自分の担当はここまでで後は知らないし、胎児の父親は誰だったかも知らない。裁判がどうなったかも知らない。
「担当を離れた事件は追わない」
が鉄則だから。
この事件は一切報道されなかったと思う。
娘を失い、夫に裏切られた母親で妻の気持ちを思うといたたまれない。
それから数年後に警察官を辞めた。守秘義務違反だと言われればそれまでだが、20年以上も経ってまだモヤモヤした気持ちからオサラバしたい心境で書いた。
理性より本能が勝っちゃう人、ご用事ご用事。

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