あなた、私に勇気をください 2


夫の了解のもと夫の実家に入りました。
とは言っても夫の勉は実家近くの病院へ転院しただけで、私と二人の子供が離れに移りました。
夫の実家ではご両親と次男の兄(篤)と妹の妙子が迎えてくれました。
夫からは4人兄妹と聞いていて夫が三男、長男は他で住んでいるらしく来られていませんでした。
それの妹に妙子さんもほかで男性と同棲しているらしく、私たちの顔を見ると帰って行かれました。
ですから実質、実家の母屋には夫のご両親と次男の篤さんの3人がいるのです。
早速篤さんが子供(姪と甥)の面倒を見てくださり、私は引っ越してきた荷物を開け、片付けをして過ごしました。
夕方になり子供を連れご両親と夫のお見舞いに行き、夫に無事引っ越しが終わったことを報告しました。
夫も凄く心配していたらしく、私が笑顔で話すと「親父もお袋も直美と子供の事頼むな。」と言って泣いていました。
「何を言っている、俺たちの孫を産んでくれた直美さんじゃないか。大事にするさ。」
と言ってくださり、再び夫は泣いていました。
夫の実家は広い屋敷で1階に部屋が5つとリビング、台所、お風呂に至っては大人が4人くらいは楽には入れるんです。
2階には部屋が6つもありトイレが1階と2階にあり、次男の篤さんが母屋に移ってもらって申し訳ないと思っていたのですが心配なかったようです。
母屋から離れまで15メートルくらいあり、雨の日は少し濡れますが離れも1階が2部屋とリビング台所がありお風呂とトイレ、2階には部屋が3つあり今までのアパートと比べても広くて更に家賃がいらないことが最高なんです。
とりあえずは子供がまだ小さいので離れの2階を使わないようにして1階を親子で使わせてもらい、将来子供が大きくなったり増えたりしたら2階を子供部屋に使わせていただこうと思っていました。
翌日から私の仕事は子供の世話と離れの家事はもちろん、母屋の掃除洗濯食事とご両親が起きる前に行ってできることをすると言うことでした。
幸い田舎と言うこともあるのか鍵を掛けられない習慣のようで、でもまだご両親と次男は寝ている風でそっと入っていきました。
すると1階の部屋から義母のあの時の声が、、、、、
ご両親はすでに還暦を過ぎていると聞いていたのですが、仲がいいご夫婦と思いそっと外へ出てしまいました。
本当なら毎日でも夫がいる病院へ行きたかったのですが実家から病院まで30分ほどかかり、子供がまだ小さくお昼寝や何かの病気がうつってはいけないと思うのと、母屋の家事があるのとでお見舞いが三日に1度くらいになってしまうのです。
それでも夫がちゃんと入院まで続けられて、私も子供も夫の実家でお世話になっている幸せを感じていました。
小さいときに親に捨てられ施設で育った私にはすごく幸せな気分でした。
実は私、夫が二人目の男性なんです。
施設に入っている中学生の時、当時50代の施設長に車で買い物に連れていかれ、途中ラブホテルに入って乱暴された経験があったのです。
今まで育ててやったお礼を体でしろと言われ、乱暴され処女を失ったのでした。
キスはもちろん男性の性器を口に含んだのも、私の中に入れられたことももちろん初めてでした。
しかも1回や2回ではなく数回にわたってなんです。
時には施設長と言う権限ホテルで泊まったこともあり、施設長がピルを飲むように言ってくれたので妊娠だけはしなかったのでした。
もう普通の人と結婚もできないと思っていたのですが、夫に出会いお付き合いをするようになってこんなに私を大事にしてくれる男性がいると思うと涙が出ました。
それは夫のご両親も同じで孤児の私を迎えてくださり本当にありがたいと思っていました。
でも、そんな幸せな生活も半年くらいしか続かなかったのです。

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