縄かけ


縄掛け その1

偶然のひとつめは、隣の課にいる課長補佐の出向人事。
ロクに仕事もできないくせにセクハラ行為をくりかえす彼はOL全員の嫌われ者で、
その彼の出向を聞かされた私たちは意趣返しとばかり送別会を一次で切り上げ、別で
飲みなおして鬱憤晴らしをしたのだ。
偶然のふたつめは、幸崎さんが風邪で休んでいたこと。
同じ課で合コン好きな彼女はわりとお酒に強く、私と後輩の中野啓子が一緒になって
泥酔してもそれとなくストッパー役になってくれる。いつものように彼女を含めた3
人組だったら、あの店には寄らなかっただろう。
偶然の三つめは、給料日直後の週末で、二人とも開放感に満ちていたこと。
飲み会のあと、さらにはしごした記憶もあるが定かではない。いたるところに転がる
酔っぱらいにまぎれ、中野さんも私もすっかりデキ上がっていたのだ。だから、うち
に泊まりたがってついてきた中野さんが駅前で急に繁華街の一角に入っていったとき
も、私はとくに疑問を感じなかったのだ。
「早紀さん、ここですよー」
「なにが?」
雑居ビルの4階。“hedonism”と飾り文字入りのプレートが下がった扁平なドアの前
で聞きかえすと、ぽぅっと目をうるませて中野さんは笑った。
「彼が教えてくれたんですけど、雑誌に載っていたんですよ、ここー」
「だぁから、なにが?」
思えば、中野さんの彼氏の『性癖』をすぐに思い出せなかった私がうかつだった。
焦れて変な口調になる私に流し目をくれ、彼女が囁く。
「女の子にオススメの、SMバーなんです」
とろけた私の脳が、言葉の意味を理解するまで一泊の間があった。
「オーナーが女性の方で、女性が入りやすいようにできてるんです。雑誌にも載って
いましたよ。ちょっとしたアバンチュール、ね、入ってみません?」
「‥‥んー、どうしたもんか」
素面なら、断っていたと思う。いくらリアルなSMに心惹かれるとはいえ、なにかの
はずみで私のSM趣味が‥‥セルフボンテージの嗜好がバレてしまうおそれは充分に
あったからだ。
「ね、早紀さんだって、興味ないわけじゃないでしょ? SMプレイ」
「な、なんでよぉ」
ムキになって反発しかけたとたん、カラダの底がじくりと疼く。
夏休み中の、あのケモノの拘束具の失敗以来、私はセルフボンテージを中断していた。
禁止された甘い快楽の衝動が、ちろりと下をのぞかせて私を誘惑する。
ひさしく自らに禁じてきた、甘い快楽のひととき。
脳裏に浮かんだ誘惑のイメージを自制できないほど、その日の私は酔っていたから。
今後こういう店に一人でくることはまずない。そう思ってしまったから。
だから。
「‥‥そうね。少しだけ」
「ふふ、やったぁ。早紀さんノリノリ」
「なによぉ」
少しでも素面なら状況の危うさに気づいていただろう。
初めて拘束具を送りつけられ、いやおうなくセルフボンテージにのめりこんでいった
時と状況があまりに似ていることに。
自分でコントロールできぬまま状況に流される危うさに。
それさえ思いつかず、二人で酔った顔を見合わせ、エロ親父のような笑みを浮かべて
ドアを開ける。
じっさい、あの日の私はまさにマゾの本能に導かれていた。
その一歩が、初めて緊縛を裸身に施され、調教されてしまうきっかけだったのだから。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

セルフボンテージにはまっている私自身、SMには退廃的でいかがわしいイメージを
持っている。だからバー“hedonism”に入った私は、軽い肩すかしをくらった。
「あ、なんかオシャレ‥‥」
同じ思いなのか中野さんがつぶやく。
思いのほか狭い店内にふさわしく、内装はシックで落ちついている。けばだつ漆喰を
わざと塗りつめた壁が洞窟めいた雰囲気をかもしだし、カウンターやブースをしきる
鉄の柵は、どこか西部劇の酒場めいた叙情にみちていた。
入口で荷物と上衣、携帯をあずけ、番号札をうけとった。手首にまくタイプのものだ。
「あら、いらっしゃい。おふたりとも、初めて?」
「あ、はい」
低めのストゥールに腰かけると、二人いる女性バーテンの片方が話しかけてきた。黒
光りするレザーを着こなしている。カウンターの背後をおおう一面の鏡に、緊張ぎみ
の私たちの顔とすらりと伸びた彼女の背が映りこんでいた。
「ちょうど良かったわ。今、ショーの合間なの。じき始まるから」
「ショー、ですか」
SMショーがどんなものか、ネットの知識からおぼろなイメージばかりがわきあがる。
淫らがましい想像を追い払い、カクテルを注文しつつ慎重に聞きかえすと、かすかに
淫靡な親密さをたたえて彼女はうなずいた。
「ええ。あなたたちも、そういうのに興味アリで来たんでしょう?」
その視線に誘われ、一段高くなった奥のスペースに気づく。磔柱や鎖がじゃらじゃら
下がった舞台を想像していたが、じっさいは椅子が一脚置かれているだけだ。ただ、
観客と舞台はあまりにも近い。ここで誰かが、これからSMの責めを受けるのだ‥‥
とくんと、胸の下で心臓が波だつ。
「本物のSMプレイってキレイなものよ。堪能して行ってね」
「‥‥」
返事をかえす前に、バーテンはカウンターの向こうに移動してしまった。常連らしい
男性客がしきりに彼女に話題を振っている。
出されたカクテルを舐めながら、私たちはおずおずと店内を見まわした。いちゃつく
カップルが二組、ブースの背もたれによりかかって腕を組んでいる四人組の女性たち。
あとは、初老の男性がカウンターの向こうでバーテンと話している。
私も中野さんも、帰宅時のOLらしくあっさりしたトップスとパンツを合わせていた。
それが溶け込むぐらい他の客もノーマルな服装だ。SMバーだからボンテージという
ものでもないらしい。
「わりと普通ですね。本当はちょっと怖かったんですよ」
「‥‥ん?」
なにか違和感を感じて客をもう一度観察しようと思ったとき、中野さんがカウンター
の下でぎゅっと私の手を握ってきた。手のひらが軽く汗ばんでいる。
「私をダシに使ったでしょ」
睨んでやると、彼女はちろりと舌を出した。
「ご明察。でも、本当は早紀さん、SMに興味あるだろうって前から思ってたんです」
「え、どうして」
酔いのせいか舌がもつれ、口ごもった。
焦りながら何かを反論しかける。その時、照明がすっと暗くなった。
柔らかなスポットのあたる舞台には一人。さっきの年配の女性バーテンだ。細いムチ
を手にした姿は、バーテンの時と一転して艶やかな威圧感をにじませるドミナだった。
ちらりと、その怜悧な瞳と視線がからむ。
「わぁ‥‥」
中野さんが興奮した声を上げる横で、気づかれないよう生唾を飲みくだす。
舞台には彼女一人きりだ。彼女がご主人さま役らしい。だとしたら奴隷はどこ‥‥?
次の瞬間、私はギョッとした。
彼女がこちらを手招きし、ついで舞台から降りて歩いてきたのだ。
ま、まさか私たちが?
思わず身を引く私たちの横をすり抜け、彼女は優雅な足取りで背後のブースに向かう。
そして。
「どう? 本気で縄打たれちゃった感想は‥‥子猫ちゃん」
奴隷をあやす口調で話しかけ、女性客の一人をくいっと立たせて外に引き出したのだ。
そう、 後ろ手の、縄尻を、つかんで・・・・・・・・・・・・・。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

目を見張ったまま、声も出せずに私たち二人は見入っていた。
どうみても大学生くらいにしか見えないその若い子は、整った顔を深々とうつむけ、
半開きの唇から乱れた呼吸をもらしている。ぴちっと曲線を強調するデニムジーンズ
が似合う彼女は、さっきから両手を背中に組み、浅く腰かけていた。
‥‥ジャケットに袖を通さず、わざわざ肩から羽織って。
それが違和感の原因だった。暖かな室内で上衣を預けず、なぜ肩に羽織っていたのか。
彼女は、自分の意志で羽織っていたのではない。
腕を通すことができないように、後ろ手に縛られていたのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
おそらく、上半身の縄目を隠すためと、より羞恥心をあおるために。
「‥‥」
「うふふ、暑くもないのにトップスが汗で肌に張りついちゃってるわ」
立ち上がらせた若い子に視線が集中したのを見てとって、バーテンが服を直すふりを
しながら胸元に走る縄をくっと引く。とたんに彼女はイヤイヤとかぶりをふり、上半
身をひくりとすくませた。
そして‥‥私たちは、聞いてしまったのだ。
ギシ、とも、ギチチッともつかぬ、狂おしい麻縄のきしむ音を。
ほとんど皆が息をのんで、この予想外のやりとりを見つめていたのだろう。縄鳴りの
軋みは湖面に広がる波紋のように、店内のすみずみまで響いた。
「‥‥!!」
気づいたとき、私は口を手で覆っていた。熱を帯びた肌がちりちりむず痒く、意識が
カラダに追いついていかない。急速なほてりが体の芯からわいてくる。
な、なんだ‥‥なんだろう、これは。
釘付けになる視線の先は、はだけられたジャケットの前からチラチラのぞく二本の縄。
女の子の縛めは、トップスにくっきりシワを寄せ、オッパイのラインが持つつややか
な丸みをあらわにしてしまっていた。
「早紀さん‥‥」
低く囁かれ、さらにギョッとして凍りついてしまう。頬ばかりが熱をおび、中野さん
と目を合わせられない。不自然に彼女に横顔を向けたまま、中野さんの声にこもった
火照りが、酔った私をますます混乱させていた。
なんて‥‥いやらしい。
なんて‥‥なんて、エッチで、気持ちよさげなんだろう‥‥
そのときの私は、心の中にわきあがった狂おしい渇きを押さえこむのに精一杯だった。
心細げな中野さんの声が、さらに私の動揺を誘う。
「さ、舞台に行くわよ、子猫ちゃん」
「‥‥」
黙ったままコクンと頷く若い子を文字通り引っ立て、女性バーテンはゆっくり舞台へ
戻っていく。わきを通りしな、ちらっと愉快そうな瞳が私を射て、それがひどく私を
うろたえさせ、苛立たしい気分にかりたてた。
落ちつかないのに座っているしかない。そのクセ舞台に目を奪われてしまう‥‥
奴隷をあやすバーテンの声は低くビターな響きをたたえていた。
「‥‥エッチな子ね」
「感じてたの?」
「縄をきしませて、イイのよね、それ。分かるわ」
「そのカラダじゃ抵抗できないものね。私の好きにできるのよ、子猫ちゃん」
舞台から人に話しかける音量ではない。
奴隷と女王様が親密に囁きあう睦みごと。そのくらいの声なのに、鋭くなった聴覚が
二人の会話を、いや、バーテンの言葉嬲りをすべて拾いだしてしまうのだ。
ひとこと、ひとことがいたたまれない。
人前で辱められるみじめさ、それ以上に全身を這いまわるなまなましい縄目の衝撃、
そして凝視する灼けるような視線の数々。
違う。私は彼女じゃないのに。
なんで、こんなに見入ってしまっているのだろう。
彼女が辱められるたび、ズキズキとカラダの芯が切なく疼いてしまうのだろう。
「さ、いやらしい緊縛ぶりをじっくり眺めてもらうわ。嬉しいわね?」
「あ‥‥ま、待っ‥‥」
ジャケットをはぎとったバーテンは、ぎくりと跳ねた女の子の腰を押さえ、後ろ手の
手首をつかんでずいと押しだした。自然と縛られた子は背をそらし、オッパイを見せ
つけるような格好になってしまう。後ろ手に縛られているので、背を丸めるのがむず
かしいのだ。
「胸、張っちゃって。そんなにみてもらいたいの。充血してるものね」
うつむいたままの子は小さく、うン、とか、あぁ、とか呻くぐらいがやっとらしい。
服を着たままで、胸の上下と両腕に二本ずつ縄が食い込んでいるだけなのに‥‥
それは、たとえようもなくエロティックなのだ。
おぼつかない足取りの彼女の縄尻を、バーテンが天井を走るバーの一つに結んで爪先
だちにする。こつこつと響くローヒールは、快感のバロメーターであるかのようだ。
「力を抜くと宙づりになってつらいわよ。いいわね」
「‥‥」
そういうと、バーテンは彼女の背後に回りこみ、柔らかく全身に指を這わせだした。
揉みしだいたり、意図的に感じさせる風ではない。むしろ、ソフトに焦らす動きだ。
感じさせるところ、熱のこもったところ、ギュッと縄に締めつけられて跳ねるところ
‥‥欲しい刺激からは意図的にずらしつつ、バーテンの手はしかし女の子のカラダを
じんわりと責めたてていく。
「ンッ‥‥」
じきに、彼女は口から熱い喘ぎをこぼしだした。それでも懸命に歯を食いしばる。
足に力が入り、ひく、ひくんと背が反り返るのを見ながら、バーテンは彼女の耳もと
でそっと囁きかけている。吐息とともに何を吹き込まれているのか、そのたび、彼女
の表情が悩ましくゆがみ、眉がひそめられるのだ。
「いいのよ‥‥身をまかせて」
そんな言葉が聞こえたような気がする。
そうして‥‥
長く、濃密な愛撫の果て、不意に女の子が激しく震えた。
一度きり、大きく全身を逆海老につっぱらせて、白く無防備なのどをさらけだし‥‥
「‥‥っく」
鳥肌立つような快楽の吐息を最後に、その身ががくりと脱力して吊り下がった。
後ろ手の縄尻に支えられ、バーテンの胸に顔をうずめるようにして‥‥
すうっと明かりが元に戻り、私は大きく息を吐いた。
カウンターの下で膝がかたかた揺れている。緊張と、どうしようもない負荷のせいで
貧乏ゆすりが止まらないのだ。
「み、見入っちゃいましたよ、私‥‥」
「‥‥うん」
中野さんに肩を触られ、ビクッとカラダが震えかけた。
われを忘れてしまうほどの濃密な体験。
まるで、あの女の子と一緒になって、私までがSMを体験してしまったかのように。
ネットや雑誌を通してSMの知識は知っていたし、人より詳しいと自信も持っていた。
けれど、イメージと現実がいかに違うものか、いかにリアルなショーがインパクトを
持っているのか、私は思い知らされたのだ。
縄を解かれぬまま、女の子がふらふらとブースに戻っていく。その息づかいを背中で
意識しつつ、私は強いてカクテルに目を向けていた。傾いた心のギアをニュートラル
に戻そうとでもいうかのように。
しばらくして、バーテンがこっちに戻ってきた。心なしか嬉しげだ。
私たちの反応をうかがいながらニコリとほほえむ。
「どう? こういうの、気に入った?」
「‥‥」
黙ったまま、私たちは小さくうなずく。
ショーの間、時折こちらを射るように走るバーテンの視線が私を動揺させてはいたが、
たしかにショーは魅惑的で、裸も見せないのに充分いやらしかった。
ひりつく喉にカクテルの残りを流しこみ、身のうちに溜まった熱気を冷やそうとする。
ひんやりした感触とうらはらに、酔いが鈍く神経をむしばんでくるようだ。
ゾクッとおなじみの痺れをおぼえ、両手でカラダを抱いた。
不思議な‥‥気分だ。
からからにひりつく衝動が、胸元のすぐそこまで迫り上がってきている。
人前で辱められ、嬲られ、それすら快楽にすり変えられる奴隷のうらやましさ。
私も、あんな風にしてもらえたら‥‥
縛り上げられ、内にひめたマゾの悦びをむさぼれたなら‥‥
常日頃、人前では見せないように押さえつけた衝動が、今にも喉もとから湧きあがり
そうなのだ。理性と誘惑の綱渡り。その危うささえ私は楽しんでしまっていた。
「さて。さっきはショーの寸前で、忙しかったから言えずにいたんだけどね」
口を開いたバーテンに、私たちは顔を向ける。
そして、凍りついた。

「あなたたちのどちらか、あんな風に縛らせてもらうわ。どっちにするか決めて」

縄掛け その2

どちらかが縛られないといけない‥‥って、まさか!?
不覚にも、ギクリとした私は腰を浮かせかけていた。中野さんと肘がぶつかり、2人
して小兎のようにおびえてしまう。
「あら」
私たちのうろたえぶりに、女性バーテンは目をみはった。意外に年なのか、目尻には
小さなシワが刻まれていた。
「別にムリヤリ何かするつもりはないわ。さっきの子たちだって、ほら」
うながされるまま、さっき舞台に出た女の子のいるブースに目を走らせ‥‥あやうく
私はあっと声をあげかけていた。
あの子だけだと思っていたマゾヒスティックな緊縛が、全員の身に施されていたのだ。
キッチリ後ろ手に折りたたまれ、あるいは気をつけの姿勢で太ももと手首を革枷でつ
ながれ、拘束具や高手小手に食い込む縄目に彩られて‥‥
セルフボンテージの経験があるからこそ分かる。4人とも決して自力では抜け出せぬ
完璧な拘束を施されていた。恥ずかしげに身をよじる4つの緊縛姿はあまりに扇情的
で、呟きかけた台詞は掠れ、喉がゴクリとなった。
「う、ウソ‥‥」
「別にさっきの子も、むりやり私が舞台に連れだしたわけじゃないわ。ちゃんと彼女
の承諾を得て、彼女の希望にしたがって軽いSMプレイを体験してもらっただけ」
そんな‥‥
わざわざ自分からさらし者に‥‥?
もうワケが分からなかった。動悸が乱れ、床がかしいでいるような気分だ。彼女たち
は本当に自分から縛られたがったのか。バーテンがウソをついていて、私たちもこの
まま騙され、縛られてしまうのだろうか。
さからう私自身の手が背中にねじられ、縄に括られて、抜け出せなくなっていく‥‥
先走った妄想に、意味もなく自分の手をきゅっとつかんでしまう。
「もしかして、うちのサービスを知らずに来たの? わりと有名なはずだけど」
「え?」
「睨まなくても大丈夫。つまり、縛られた女の子はチャージ料がただ、グループ全員
が縛られた場合さらにワンドリンク無料。SMを気軽に体験できるサービスなのよ。
雑誌にも載っているわ」
はっと上げた顔がよほどこわばっていたのか、女性バーテンは苦笑した。その言葉が、
パニックで真っ白だった頭にしみとおっていった。
‥‥そういうことか。
つまり、誰かさんの事前調査・説明不足。
一瞬の気まずい間をへて、私は横に座る中野さんをジロリと見つめた。
「わ。は、あはは、イヤだな早紀さん、カオ怖っ」
「怖いじゃないでしょー!!」
抑圧されていた緊張と恐怖がどっと吐きだされ、思わず声を高くしてなじってしまう。
黙っていたバーテンは、やがて微笑とともに割って入った。
「で、どうするの? 二人とも‥‥する?」
「‥‥」
「見たでしょ? 私の縄さばきはプロの、本格的なSMの縛りだから。気持ち良くし
てあげるわ。初心者でも、上級者でも」
嫣然たる笑み。
ふたたび、ドクンと大きく鼓動が弾むのを私は感じていた。
一気にまわってきた酔いと興奮とが、甘やかな誘惑を加速していく。初めての緊縛を
体験できる機会が、すぐ目の前にあるのだ。
なによりあの子がショーに志願していたことが、疑いない事実を明らかにしていた。
他人に見られる羞恥心を上わまるほど、視線さえ忘れて本気でイッてしまうほど‥‥
バーテンの緊縛は気持ちイイものなのだ。
カウンターの下で、中野さんがぎゅっと私の手を握ってくる。
まるで二人が恋人かなにかのように、甘くうるんだ瞳で、私の同意を待つかのように。

ちろりと、バーテンの唇から舌がのぞいたように思えた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

カウンターを離れ、さりげないバーテンの誘導でSMバーの奥へと向かう。壁ぎわに
拘束具がおかれた一角もあり、吊り下がる手錠や革の首枷に震える指で触れたりした。
ドキドキと恥ずかしいぐらい胸が高鳴っている。
従業員ドアの脇の小部屋に入ると、そこはさっきのステージの裏手らしかった。部屋
のあちこちにビザールな衣装やメイク道具、SMの器具が積まれている。
「縛られる過程は、人目に見られないほうがいいでしょう?」
「ひゃっ」
おそるおそる革の衣装をつまんでいた私は、別室から入ってきたバーテンに声をかけ
られて飛び上がった。中野さんが代わりに応対する。
「でもなんか、妖しいお店ですね。本当の意味で」
「あら失礼な。SMを身近に感じてもらうためにバーを始めたようなものだから」
「どういう意味です?」
「私は昔SM嬢やっていたのよ。風俗でも、プライベートでも」
驚きと納得の色を同時に浮かべた私たちに目をやり、バーテンは首をかしげた。
「それで、決めたのかしら」
「‥‥はい」
中野さんと私、どちらが縛られるか。
ドクンとひときわ跳ね上がる心臓を押さえ、中野さんに流し目を向ける。
話の流れから言えば、彼氏とのSM経験のある中野さんが縛られるのが自然だった。
なのに、なぜか理不尽に感じてしまう。恥ずかしくて志願できないのに、物欲しげに
バーテンの声がかかるのを待ち焦がれている自分がいるのだ。
本当は、私だって‥‥
「わ、私‥‥ですかぁ? ですよねぇ。やっぱり、誘ったの私ですし」
うぅぅと哀しげに呟きつつ、中野さんはしっかり快楽に期待して耳たぶを染めていた。
おずおずと進みでたきゃしゃな体をさっとバーテンが捉え、あっという間にその手を
背中にねじりあげる。
「キャッ」
「あら。やっぱりあなた経験者ね。じゃ遠慮はしないわよ」
後ろ手に手首を組まされて従順に首を垂れた中野さんの仕草から悟ったのだろう。手
にした二つ折りの紺のロープが、するすると彼女の手首を絡めとった。たちまち手首を
縛りあげ、二の腕をくびれさせて胸の上下にきりきり絡みついていく。
「ンッ」
中野さんの瞳がすうと細まる。まぎれもない愉悦の光がその奥で踊っていた。
会社の誰もが知らない、欲情にとろけた彼女の顔つき。
切なさと、被虐のうるみと、自由を奪われる悦びが、彼女の躯をなまめかしくオンナ
の肉づきに変えていく。それは目で見てとれるほどの、あまりに鮮やかな変化だった。
ギシ、ギシッと音を立てて、中野さんの体を鮮やかな紺の縄が彩っていく。
トップスの上から縛めが這い回るたび、彼女の躯は跳ねた。
ときおり喉を鳴らし、食い込んだ縄のキツさを悦ぶかのように腰を弾ませて。
パンツの股下を裂くかのように、縦に股縄さえも通されて。
「ふふ、あなたのご主人様、縄はそんな上手じゃないのね。私のと、どちらが好き?」
「ふ、ふぅぅ‥‥こっちの方が、ずっと‥‥ンァァ」
いたたまれない。
立っている手の置きどころがなく、無意味に腕を組んだり服のシワをつまんでしまう。
本気で‥‥この子、私がいることさえ忘れるほど、本気で感じちゃっている。
よがりかけて、喘いでいるんだ。
愛撫されるわけでもなく縛られるだけなのに、そんなに違うもの‥‥?
「違うわよ」
「‥‥!!」
バーテンのまなざしが、いつのまにか私をからめとっていた。
「女の子のカラダは繊細なの。本当にきちんと縛ってあげれば、Mッ気のある子なら
それだけでイッてしまったりするのよ‥‥彼女のようにね」
中野さんの縄尻をつっと絞ると、高手小手に彼女を括った全身の縄がギシリと鳴った。
股縄のコブが、しわのよった下半身の奥にいやらしくうずまっている。
ピィン、と指で縄の根元を弾く。
「んぁ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ッッッッッ!」
声なきアクメの嬌声。
見る者の目にそれはそう映った。
息を詰まらせ、吐息の塊をはきだす中野さんが大きく足をもつれさせる。バーテンが
縄尻をつかんでぐっと支えると、再び縄に感じさせられたのか中野さんは目をとろん
と溶かしてむせぶように呼吸を弾ませた。
「‥‥こんな感じよ。幸せよね、縄だけでイカされちゃうのって」
「ふぁ、はぁい」
ぼんやりうつろに彼女が答える。意識は明らかに、揺り戻す快楽をむさぼっていた。
両手で自分のカラダを抱く。
‥‥こんな風にされたい。本気で、今すぐに。
かって感じたことのない強烈な欲求に耐えた。このバーテンは鋭すぎる。中野さんの
前でこの人に縛られたら、きっとセルフボンテージの性癖から何からすべて知られて
しまうに違いない。けれど身のうちからこみあげる感触は深く、ともすれば感じると
ころに指が伸びてしまいそうなのだ。
クタクタっと力の抜けた中野さんを手の中であやしながらバーテンが続けた。
「で、どうするの?」
「‥‥」
「せっかくだから、縛ってあげるわよ。あなたも。こっちにおいでなさい」
ドクン、と大きく心臓が弾む。
縛ってあげる‥‥その言葉の、なんと魅惑的な甘美なことか。
「あ、イイです、私は、そのぉ」
瞬間的に拒絶をしてしまい、直後に後悔した。
本当にそれでいいのか。何のためにバーテンの申し出を了承したのか。
そう、ほんのちょっとだけ、体験したりできないだろうか。
バーテンは答えず、探るような私の瞳を見つめ返す。鋭すぎるドミナのまなざしで。
「あ。あのぉ」
息詰まるような沈黙に耐えられなくなり、私は意味もなく口を開いていた。
「や、その、えっと‥‥そういえば、バーの名前の"HEDNISM"ってどんな意味です?」
「快楽主義者」
中野さんの縄尻をキュキュッとしごきながら、バーテンは、片頬だけで笑みを作った。
「私たちに・・・・、ぴったりでしょ?」
「わ、分からないですけど」
共犯者めいた笑みに、心がぐらぐらと動く。本性を悟られたくない。なのに、私の中
にいるマゾの部分はいじめてもらいたがっている。相反する二つの気持ちが、激しく
葛藤しているのだ。
「いいのよ。SMに興味が無ければうちには来ないでしょう? せっかくのひととき
ぐらい、アバンチュールを楽しんでもらいたいの。ね」
「本当に、それだけ、ですね」
慎重に言葉を選んで投げかけた。
「ん?」
「ただ縛るだけですよね? 余計なコトや、それ以上は、何も、言わないですね」
「‥‥」
今度、探るような目をしたのはバーテンだった。
ややあって、言う。
「いいわ。何も言わない。何もしない。縛るだけ。今みたいなこともしない」
コクリと頷き、私はおじけづく膝に力を入れて歩み寄った。

「さぁ、行くわよ」
首輪からのびる紐をちょんとひっぱって、バーテンがほほえむ。
分かっている。これがちょっとした大人のお遊び、ゲームなんだから‥‥割りきって
何度も自分に言い聞かせているはずなのに、私の頬はカァッと熱く火照りだしていた。
後ろめたい、じくりとした感覚。
カラダのうちから湧きだすような、奇妙な甘いぬめり。
「‥‥‥‥‥‥」
「なぁに?」
「いえ。なんでもないです」
バーテンから目をそらし、私はちりちりと唇を噛んで。
これは‥‥ひょっとして、バーテンに口答えした罰、なのだろうか。
むしろ燻る物足りなさ。
カラダを這いまわる縛めは、あまりにも単純で、感じるツボを外してあった。胸の前
でファーつきの手錠が両手にかけられ、ゆるいリードで首輪と結ばれたきり。
たしかに全身は火照っているけど、その感触は行き所をなくしてムズムズ疼くばかり。
隣でふらふら床を踏みしめる中野さんを見つめる。
目にもあでやかな高手小手の縄化粧。背中高くまで後ろ手を吊られ、あの姿では上体
は身じろぎも苦しいに違いない。それがどんな感覚なのか、私には分からない。
なんて、意地の悪いバーテンなんだろう。絶対わざとだ。
『放置責め』‥‥そんな言葉さえ、酔った頭に浮かんでくるぐらいなのだから。
「ねぇ、SMには興味あるんだっけ」
「ありますよ。じゃなきゃ来ません、こんなトコに」
どうしたって恨めしげな顔が出てしまう私を見やり、バーテンはくつくつ笑っていた。
すっかり呆けた中野さんを座らせ、次に私のストゥールを引いたところで小さく耳打
ちする。
「そうよね。なら、覚えておいて」
「‥‥なにを」
「次は、一人でいらっしゃい。サービスしてあげるから」
「!!」
目を見開く私のうなじをそっとあやすように撫で、彼女は身を引いた。かわりに中野
さんが、快楽と酔いの回った瞳でバーテンに尋ねかける。
「でも、どうしてこんなに拘束具持っているんですかー? 第一、お酒をこぼされて
汚されたりしたら大変でしょう?」
「うちはバーだけじゃなくてSMショップも経営しているの。すぐ下の階よ」
「そうなんだ~」
「だから、うちのバーを気に入ってSMに興味を持ったら、下の階のSMショップで
彼氏とのプレイ用に気に入った物を買ったりしてもらうのよ」
「へぇ~。私も、買おうかなぁ‥‥」
ちろちろと、奇妙な感覚がカラダを駆け抜けていく。
ときおり、この年季の入った女性バーテンが私にだけ投げかける視線がどんな意味の
ものなのか。その時は、まだ分かっていなかった。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

目覚めたとき、私と同じシーツにくるまって中野さんがすうすう寝息をたてていた。
ツクンと痛んだ二日酔いの頭が昨夜の記憶を思いだす。
そうだった‥‥
パジャマも着ず、下着姿で寝こけている彼女の肌に指を這わせる。ほっそりした手首
に生々しく残った緊縛のあと。アザになったまだらの縄目。なぜ彼女だけがバーテン
に選ばれ、私の縛めはあんなにもおざなりだったのだろう。
むらむらと嫉妬にも似た激しい感情にかられ、痕のついた手首を強く握りしめる。
「‥‥襲います? 私を」
いつのまにか薄目を開けた中野さんが、私を見あげていた。甘く煙る瞳の奥には昨夜
の残滓が見てとれた。指先がゆっくり私の掌をくすぐり、指と指とをからませあう。
「そうね、たまには食べちゃおうかしら。後輩を」
「怖~~い」
「それか後輩の彼氏を」
「早紀さんマニアック~~」
「‥‥それ、どの口が言うの。あれだけ昨夜は盛り上がっておいて」
軽口を叩き合って、私たちは起きあがった。休日の遅い朝食を手分けして用意する。
勝手知ったる他人の家のコーヒーメーカーをセットしながら、中野さんはちらと婀娜
っぽい瞳を投げてきた。
「昨日は意外でした。早紀さん、もっとSMに興味あると思っていたんですけれど」
「あら。どうして?」
そういえば、この子は昨日もそんなことを言っていた‥‥
不意に訪れた緊張を顔に出さぬよう、つとめて普通に訊ね返した。セルフボンテージ
の秘密は誰にも知られるわけには行かない。なのに彼女もあのバーテンも、私のSM
めいた部分に気づいていた。なぜだろう。
「う~ん。早紀さんは、彼とのSM体験談を真摯に聞いてくれる数少ない人だから」
「‥‥それだけ?」
私は吹き出した。中野さんがぷっとむくれる。
「啓子ちゃんのアレは、正直グチの体裁を借りた甘々な話ばかりじゃない」
「どうせ私のは彼氏のノロケです。分かってますって。でも」
言葉を切り、宙に目をさまよわせる。
「SMの話を聞くとき、いつも早紀さんの瞳は潤んでいる気がします。そのせいかも」
「そう」
「きっと早紀さんなら、私と同じように感じてくれるって、つい思っちゃうんです」
油断がならないと思った。頭でなく感覚で彼女は感じ取っているのだ。
ふと、あることに気づいてゾクッと背筋がしびれる。
まさか‥‥
今度は一人で来てねと囁いたバーテンは、私が自分の性癖を隠していると気がついて
あんなことを言ったのだろうか。昨日のあれも、わざと私を焦らしてもう一度バーに
来させるための罠だとしたら。
「あの、早紀さん。スクランブルエッグ、火を通しすぎじゃ」
中野さんに指摘され、ぼうっとしていた私はあわててフライパンに意識を戻した。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

上司の目を盗んで給湯室で一息ついていると、中野さんが入ってきた。お盆を出して
3時のお茶の準備を始めたので、私も手伝う。
雑談のさなか、ふと彼女がいたずらめいた目を向けてきた。
「そういえば、この間会った彼が、うわさの水谷碌郎(ろくろう)クンでしょう?」
「噂ってなによ。失敬な」
「あら、たしか以前、早紀さんから相談してきたはずですけれど?」
ぐ、と返答に詰まる。
週末のあの朝、マンションを出しなに会ったのが、隣の907号室に住む水谷君だった。
軽くあいさつした程度だがそれだけで彼女はピンと来たらしい。
「イイ感じの男の子じゃないですか。早紀さんって、男性選びのセンスいいです」
「ちょ、もっと小さな声でお願い」
たしなめつつも、彼のことを後輩OLに褒められ、顔がゆるむのを抑えられなかった。
中野啓子はおとなしそうに見えて、その実かなり男性の批評眼は厳しいのだ。
「一見優しそうで、だけどクールな芯もありそう。私の彼氏に似てる雰囲気ですよ」
「あら、あなたの彼ってあんな感じなの」
うんうんと真面目にうなずき、湯飲みにお茶をそそぎながら中野さんは目を向けた。
「意外と、ああいうタイプがSM好きなんですよ、早紀さん」

仕事に戻ってからも、彼女の言葉がリフレインしていた。
いや、それだけじゃない。正確には、あの週末の晩に訪れた、SMバー"HEDNISM"の
こともだ。次の週末に3連休を控えたここ数日は、仕事もこなしている間もついつい
あの日のバーテンとの会話を思い出していた。
——次は、一人でいらっしゃい。サービスしてあげるから——
あの、明らかな誘いの台詞。
彼女はたしかに、私の秘めたM性について何かを嗅ぎ取っていた。それを同僚の中野
さんに対して隠していることも。考えれば考えるほど、そこには危険な匂いがした。
おそらく、あのバーテンは彼氏やご主人様のいる相手には手を出してこないのだろう。
だが、もしSMに溺れた女性が、マスターを持たぬ一人身の奴隷だと知られたら‥‥
彼女はバーテンの毒牙に捕らえられ、二度と戻ってこれないのではないか。
奴隷として快楽漬けにされ、捕らわれて。
「もう一度。ひとりで‥‥か」
思わず一人言が唇までのぼりかけ、そこでふっと‥‥
まさに、唐突に、悪魔の計画が頭に浮かんだ。

場所柄も忘れ、瞬間、その思いつきだけで軽いアクメをおぼえてしまうほどに。

            ‥‥‥‥‥‥‥‥

コツ・コツ‥‥
夜の繁華街を歩くローヒールの足音が、おそれと不安にわなないている。
押し寄せてくる秋の冷気にあらがって、コートの襟をおさえるように私は歩いていた。
長らく抑えつけてきた、自縛への希求。
たゆたゆとあふれだす欲望をじっと我慢する行為すら、なおさら私の理性をかき乱す。
3連休初日の夜は意外なほど人が少なかった。大型連休でもないかぎり、最近は家に
こもってゆったり休日を過ごす人間が多いらしい。
「‥‥」
そう。久しぶりのハードなセルフボンテージの舞台には、まさにおあつらえだった。
あの老練なバーテンがどう出てくるか、いくつもの可能性を検討する。
私はマゾでもサドでもなかった。セルフボンテージのもたらす絶望の味に、ひりつく
焦燥に魅せられたSM好きのOLに過ぎない。そのことを、あのバーテンに知られる
わけにはいかなかった。
ある意味、今まででもっとも困難なプレイではないだろうか。
「‥‥」
ずく、ずくっと心がうずきだす。
ジクリジクリ滲みだす被虐的な気分に、後戻りできない一点に向かけて集束していく。
内に秘めた、いやらしいマゾの心を持つ私という奴隷を所有できるのはただ一人きり。
他ならぬ、サディスティックな私自身の意志だけなのだから。
繁華街の裏手を通り、ビルの前で一度立ち止まる。
時間は夜の11時。
そう悪い時間ではない。なかで時間をつぶし、人気のない深夜になるまで待つのだ。
もう一度、カラダの芯で渦巻き、どろりと下腹部に溶けていく感じを噛みしめる。
すでに私の脳裏は、無謀とも思えるあの思いつきをあきらめる選択肢があることさえ
忘れていた。
そうして、あのSMバー"Hednism"へと足を向ける。

「いらっしゃいませ‥‥あら、あなたは」
「お招きに応じて、一人で来ました」
カウンターに座り、ほどなく現われたあの年上の女性バーテンににこりと微笑む。
バーの入りは4割といったところだった。前回同様すでに何人かは全身を拘束されて
未知なる感触にブルブル身を震わせている。
汗がじっとりとコートの内側を伝うのを感じながら、私はバーテンに話しかけた。
「たしか、SMショップもあるんですよね。あなたに見せていただきたいのだけど」
バーテンが、私をじっと見つめた。
相変わらず深いドミナの瞳。ちりちり身を焦がされる錯覚を感じつつ、見つめ返す。
ふふっと笑う。それを合図に、バーテンは立ち上がった。後を追う。
店の一番奥のドアを開け、むきだしの外階段を下りて一階下へ。
やはり従業員用の通路を抜けた先が店だった。思っていた以上に柔らかいイメージで
統一され、飾り棚に黒光りする革の腕輪やコルセット、ボールギャグやらチェーン、
もちろん様々な色の縄の束も用意されている。
「で?」
とんと、背中から手を置かれた。その手がびくりと震える。やはり、気づかれたのだ。
「‥‥どういう、つもりかしら。しかも私を指名して」
「難しい事じゃありません」
前を向いたまま、縄の束を手で触って感触をたしかめつつ私は答えた。全身鏡の前に
立ち、ゆっくりとコートの前をはだけていく。
「このロープで‥‥必要なだけ買いますから‥‥私のカラダを縛ってください」
「‥‥」
音もなくコートが落ち、くるぶしにからみつく。
ローヒールを履いたきり。ただそれだけの姿で、汗ばんだ裸身をさらして、私は囁く。
「もちろん、いい加減じゃなくて。本物のマゾ奴隷として。絶対にほどけないように。
私一人きりでは決して縄抜けできない縛り方で」
ドミナの瞳が炯々と輝き、片手を背中にねじりあげられた。
うっと息を詰まらせながら、なおも告げる。

「‥‥それが、ご主人様からの、その‥‥命令、なんです‥‥‥‥」

縄掛け その3

セルフボンテージを試した経験のある人なら、誰でもまず憧れるのが後ろ手の縛りだ。
後ろ手の緊縛。
みるからに淫靡で無力な、高手小手の縄目。
あらゆる自縛の中、ほぼ自力では不可能とされるのが縄を使う日本独自の緊縛だった。
いやらしく裸身をむしばみ、後ろ手にかっちり自由を奪いつくす緊縛は、どうしても
もう一人分の手がなければ完成しない。
一度でいい。あのスリルを味わい、ひりつく焦燥感、目も眩むばかりの愉悦を存分に
噛みしめることができたら、どんなに気持ちイイだろうか。
プロの手による縄掛けを体験したい。そのキツさ、残酷さ、絶望感に酔いしれたい。
あの晩、バーテンは私の瞳にそうした被虐の色を見てとり、わざと焦らしたのだろう。
確実に獲物をからめとるため、そうしたのだ。
けれど、バーテンの言いなりになるつもりはなかった。私はご主人様など欲しくない。
私の主は私自身。深い愉悦を味わうために自縛を楽しむ。それが私のスタイルだ。

なら、彼女をセルフボンテージの道具として・・・・・・・・・・・・・・利用したらどうだろう?

おそらく、かって誰も想像しなかっただろう、危うく妖しい思いつき。
自らを拘束し、縄抜けできるかどうか限界のスリルに溺れる衝動をセルフボンテージ
と呼ぶなら、発作的な私のこの行為は何なのだろう。
バーテンにウソはついていない。
ご主人様という単語を口にし、露出の命令でも受けてきたフリをする。事実、調教の
命令を出したのはもう一人の私自身だ。
けれど‥‥その結果、どんな縛めを施されても、私に拒否する自由はないのだ。
バーテンの鮮やかな縄さばきを知っているだけに、こうして敢えて彼女を挑発した私
が、本気になったプロの縄目から抜けだせる可能性は限りなくゼロだ。一応縄抜けの
初歩を本でかじった程度の私が、バーテンの緊縛にあらがえるだろうか。
焦燥と陶酔が入りまじり、カラダは小刻みに痙攣していた。
確実に失敗する自縛。それは、セルフボンテージではない。耽美で愚かな破滅願望だ。
たくらみを見抜かれ、本物の奴隷にされてしまうおそれさえある。無謀な遊戯だ。
それでも、私は‥‥
ポタリ。
沈黙を破ったのは、濡れそぼった私の女のとばりから床にしたたったオツユだった。
年季の入った表情に奇妙な色が浮かぶ。
「裸で縛られてきなさいって命令? ふぅん、変わっているわね」
「自分でほどけないように縛られて、その格好で戻ってきなさいって命令なんです」
「そう。メール調教みたいな感じかしら。でも、違うようね」
鋭い疑念のまなざしを受けながら、とっさにすらすらと言葉がでたのは上出来だった。
だが、老練なバーテンの瞳は、見透かすように私を射抜いていた。
不安にかられるひとときが、じわじわとすぎていく。
「‥‥で、NGは何?」
「え?」
一瞬きょとんとした。それだけでバーテンの視線が圧力を増し、ひやりとする。とて
も重要なことを聞かれている感じ‥‥なのに、私はまるで分かっていないのだ。
「NGプレイよ。ご主人様に何も言われていないの?」
「あっ」
バーテンの意図するところに気がついてはっとした。NGプレイ‥‥つまりこの場合、
ご主人様に禁止された行為のことだ。うかつだった。ご主人様の命令なら、禁止事項
もあってしかるべきだった。
バーテンは黙って返答を待っていた。焦りつつ、必死になって頭をフル回転させる。
なんだ、なんだろう‥‥
されたくない行為‥‥それは‥‥
「男性との絡み、ピアッシング、針などの拷問系のプレイ‥‥あと、お浣腸も、です」
思いついて最後をつけくわえた。
「ふぅん、ハードなのはアウト。ということは純粋な緊縛派なのかしら‥‥にしては、
あなたの姿、妙なのよね」
「なにがですか」
「縄の痕、まるでついていないじゃない」
ぎくりとする。
「ふ、普段はあとをつけないように革の拘束なんです。それで、その」
「うふふ、まぁいいわ。確認するけど、それでNGは全部ね。わざわざ私を指名して
くれたのだから、このバーでは私の言いなりになってもらうわ。いいわね」
怯えつつこくりと頷く。
そう。このバーにいる間は縄抜けなどおぼつかない。バーテンの可愛がられるだけの、
マゾ奴隷に堕とされて、そう扱われることだろう。
じくりと、カラダの芯が熱くただれ、濡れそぼっていく。
たまらなく、疼いて‥‥
「あらあらぁ、怖がらないで。大丈夫、ちゃんと良くしてあげるから。それとも」
「‥‥」
「疚しいなにかでも、隠しているのかしら。ねぇ」
婉然と微笑んだバーテンは、私の手をひねったまま背中に回りこみ、くいっと中指を
まげて私のクレヴァスを爪であやした。
ちゅぷんと、耳を覆いたくなるような汁音が弾ける。
「期待感でいっぱい、言葉も出ないのね。いいわ、遊んであげる‥‥子猫ちゃん」
首をくいっと背後に傾けさせられ‥‥
そのまま、私は燃えあがったドミナに深く唇を奪われていた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

40代か、あるいは50代に入ろうとしているところか‥‥
こうして間近で見ないと分からないほどの小皺がバーテンの顔を彩っている。年季の
入ったその表情が女王様の威厳をかもしだし、私は目を奪われていた。
「ンッ‥‥ンンッ」
「‥‥」
深く唇を交わし、侵入してきた舌に前歯をくすぐられる。
懸命に閉じた歯をあっさり崩され、私の口腔はザラリとした感触に犯されていった。
初めての女性とのキスに呆然となった私の両手首を、唇を休めることなくバーテンが
後ろ手にねじりあげていく。
あいま、あいまの息継ぎにあわせ、唇を甘く噛まれて刺激にしびれてしまう。
「んッ、反応いいわ‥‥どんな縛りがいい? 後ろ手でも、鉄砲でも、合掌縛りでも」
「ふぁぁ、その‥‥‥‥‥‥後ろ手で、ぜひ」
「そう。エッチな子。そんなに後ろ手が好きなのね。マゾなんだ」
恥ずかしいことを口走ったと気づき、首まで赤くなった。意識がぼんやりして自分を
コントロールできなかった。カラダも脱力してしまい、ぐったりバーテンにしなだれ
かかっている状況だ。
心のどこかがマズいと警鐘を鳴らしていた。しかし理由に気づくより早く、ザラつく
二つ折りの麻縄の感触が重ねられた手首に吸いついてきた。ぴくりとふりむきかける
が、口を封じるバーテンの唇からとろとろと唾液を流し込まれ、反応できない。
「ふぅ‥‥いい? 拳を握っておいてね」
私の表情の変化を見つめるバーテンの瞳が、にいっと愉悦に微笑む。
次の瞬間、痛みに腰が跳ねていた。
手首の一番細い部分をとらえた縄が、二巻きしてギュギギ‥‥と食い入ってきたのだ。
あがく指を握りこまれたまま一度しっかり縄留めされ、さらに何重にも手首の周囲を
固めては念入りに縄掛けされていく。
(ウソ‥‥こんな、手首だけで念の入った縛り方を、どうして‥‥)
動揺に背筋が引き攣り、おののいた。
普通の縛りと違う。SMサイトや雑誌の写真でも、手首一つでここまで縄を打たれて
いる女性などみたことなかった。鈍い痺れが握った指先まで届く。明らかに、これは
私が縄抜けできないようにするための緊縛なのだ。
「ふぐ、ん、んくっ」
跳ねまわる私の裸身をしっかり抱き寄せ、縛りあげられた後ろ手の縄尻をつかんで、
バーテンがぐいっと容赦なく吊り上げた。肩や肘が悲鳴をあげ、絡みつく舌に言葉を
奪われてディープキスの奥にくぐもった息が詰まっていく。二の腕の外側から乳房の
上を通された縄がふたたび背中に戻って縄留めされると、もはや私は吊り上げられた
後ろ手を揺することもできなくなっていた。
バーテンが、やっと唇を開放した。ふぅっと深呼吸しかけ、狂おしい感触に息を呑む。
「簡単だけどね。これだけでもう縄抜けなんかできないの」
「ん、んく‥‥苦しい、です」
「当然よ。私を挑発した罰よ、奴隷ちゃん。胸が圧迫されて呼吸が浅いのよね」
問いかけられ、大きく胸を波打たせていた私は、声もなくコクリと頷く。
たった一本のロープを使っただけで、私のカラダは奇跡のように自由を奪われていた。
俗に高手小手と呼ばれる手首を吊り上げた縛りのせいで、腕を動かせない。指を開く
だけで、キリリと縄が食い込んでくるのが感じられた。
「ねぇ。どうして指を握らせたか知っている? えっと、早紀ちゃんだったかしら」
「いえ‥‥分からない、です」
嬉しそうに微笑み、できばえを確かめたバーテンが近寄ってきた。軽くひしゃげた胸
をふにふにと繊細にいじられ、思わず切なそうに喉を鳴らしてしまう。
「合気道で言う”朝顔の小手”。指を広げるとほんの少し前腕が太くなるの。縄抜け
の基本よ。だから拳を作らせて、一番細い手首に縄掛けしたの。ココに」
「‥‥!!」
バーテンのほっそりした指が、高手小手の手首を緊めあげる縄目をそっとなぞった。
鬱血させるほどきつく肌を這いまわる麻縄のライン。そこを嬲られ、緊縛の残酷さを
あえて実感させられる屈辱に、カラダの芯がグツグツと溶けていく。
嫌がったとしても、この姿で逃げ場などないのだ。
「これでもう、早紀ちゃんは絶対に、縄抜けなんかできないわ。注文どうり。あんな
コトいわれるから、少しムキになって虐めてみたのよ? 緩めてあげないから」
少し、残酷そうに。
そう言って、バーテンはくすくすと無邪気に笑った。
本来の歳をまるで感じさせない、威風ただようドミナの笑い声。
その台詞に反応もできないまま、裸身をミシミシ締めつける縄の激しさ、息苦しさに、
私はひたすら喘ぐほかなかった。喘ぎつつ、震えるカラダや手首を小刻みに揺すらず
にいられない。無意味な煩悶が苦痛を招くと分かっていても、身じろぎが止まらない
のだ。まるで、かさぶたを掻きたくて狂いそうになるのと同じ。
分かってはいた。
多分、私は縄酔いしてしまうだろうと。
セルフボンテージにのめりこむような女性は、少なからずM性を秘めている。だから
自由を奪われたという惨めさや無力感に溺れきってしまうのだ。
「ん、ッッ」
バーテンに知られるのが嫌で、唇を噛む。
等身大の鏡に映ったカラダは、裸の胸の上を一本の縄が横断しているだけの姿だった。
縄をたるませない目的の絞り縄さえ噛まされてない。プロの縄目というだけの、あっ
というまに完成したシンプルな緊縛にすぎない。
それが‥‥それが、こんなに、カラダをおかしくさせてしまうなんて。
「‥‥」
「どう、泣きそう? 泣いたって駄目よ。これはオシオキなんだか‥‥」
縄尻をつかんだバーテンが声をかけ‥‥そこで止まった。
容赦ない凝視に耐えきれず、目をつぶる。いや、嫌ァ‥‥全部、知られちゃう‥‥
「掘り出し物ね、あなた」
「!」
ずくんと、背筋をなまなましい疼きが貫いた。
耳の裏でささやいたバーテンが、耳たぶを柔らかに噛んだのだ。のけぞったカラダを
抱きとめられ、なおもバーテンが楽しげに囁いてくる。
「あなた、初心者みたいにカラダはこちこちなのに、しっかり縄酔いしているのね。
気持ちイイんでしょう? 我慢しないで。好きなだけ啼いて、私に喘ぎ声を聞かせて」
「くぅ‥‥ぅぅぅ」
「もっと綺麗に縛ってあげるから目も開けて。いいのよ、リラックスなさい‥‥」
あぁ‥‥
叶わない。この時、私は痛切にそう感じていた。
調教慣れしたテクニックとしゃべりかた。甘く優しくささやきながら、彼女の両手は
私を背中から抱きしめ、躯のあちこちを焦らすようにさわってくるのだ。
自縛経験の有無なんて関係ない。こんなにもプロの手管が圧倒的で、心乱されるもの
だったなんて。もう、抑制もきかなかった。ただひたすらに、この人の前でムチャク
チャに乱れてしまいたかった。
最後の最後まで、何もかもゆだねてイカせて欲しい‥‥
でも‥‥そうなったら‥‥
「こ、怖い‥‥」
「どうして?」
「‥‥命令を無視して、本当に、意識が、飛んじゃいそうな、気がして‥‥」
「それの何がいけないの。ね、目を開けてよ、子猫ちゃん」
耐えがたいほどジリジリとバーテンの片手がわき腹を伝い、下腹部へ向かっていた。
同時に乳房を下からすくい、はらんだ熱と汗ばむ量感を愉しむように掌で転がされる。
もはや目をつぶっている方が苦しかった。
不自由なカラダのせいか五感が鋭敏になり、じわじわ這っていく指の動きをなまめか
しいばかりに素肌で感じとってしまうのだ。
でも、目を開けたら、きっとそこにはいやらしく呆けた私の顔がある‥‥
「あなたのご主人様のことは、バーの外に出てから思いだしなさい。第一、そうじゃ
ないと私に失礼でしょう? 仕事の時間を割いてこんなに尽くしてあげているのに」
「ひンっ‥‥あ、あっ、いぁぁッ、そこは‥‥」
骨盤のあたりをまあぐっていた指がふっと離れる。そして、次の瞬間。
ツプリと音を立て、びしょびしょに熱いお汁の漲ったクレヴァスの花弁を押し開いた
バーテンの指が1本、根元までみっしり下腹部に埋まっていた。
「やぁ、らめぇぇ‥‥」
あのとき、何を叫んだのか、覚えていない。
ただ、思わず見開いた瞳の先に、茹で上がった顔を振りたくる私自身の卑猥な表情が
飛び込んできて‥‥あとはどうしようもなく、浅く苦しいアクメが押し寄せてきた。
目の前が真っ白になる。意識が一瞬遠のきかけて、なのに気を失わないほどの、絶妙
なもどかしい刺激の狂おしさに翻弄されていく。
息つぐ間もなく断続的な快楽が全身を揺らし、キリキリ裸身を身悶えさせて‥‥‥‥
全身でむさぼらないとどうしようもなくて、悲鳴がこぼれて‥‥
「ちょっとあなた喘ぎがうるさいわ。これでも咥えていい子にしてなさい」
「や、待っ‥‥ふぐッぅ」
それすら口実に利用され、鮮やかなボールギャグが私の唇を割って押し込まれていた。
ちょうど咥えこんだ口の中がパンパンに張りつめるサイズだ。思わず噛みしめた歯が
ボールギャグにあたり、閉じきることができない。
「んク‥‥かふっ」
「ふふ、奴隷らしくなってきたわ。そうやって素直に言うことをききなさい。ここに
いる間は私がご主人様なの。そういう約束、さっきしたものね?」
あごをつままれ、再び鏡越しに返答を迫られる。
なんて‥‥憐れなんだろう‥‥
こんな姿で、高手小手に縛られて、私に逆らえるはずなどないのだ。
悩ましく眉をひそめつつ、バーテンにいたぶられる自分自身に私の目は釘付けだった。
奴隷の惨めさに酔いしれつつ、コックリと頷く。バーテンの顔がほころぶのを見て、
なぜだか心がどきりとした。新たな麻縄の束を彼女がほぐしだす。
もっと縛ってもらえるのだ‥‥
それがセルフボンテージを困難にする物だと理解していながら、一度縄の味に溺れた
カラダは理性とうらはらに悦びで跳ねてしまう。
「よしよし。いい子。じゃ、もっと縛ってあげるから。待っていて」
「ん」
もう一度従順に頷く私の頭を、バーテンが優しくなでる。鏡に映った姿はまさに信頼
しあった女王様と奴隷そのものだ。
背後でどこかのドアが開いた。物音に一瞬きょとんとなり、はっと冷汗がにじみだす。
‥‥誰かが入ってきた!?
ここはたしかSMショップのはず。まさか‥‥
そんな‥‥お客に、浅ましい奴隷の格好を、見られてしまう!!
ギョッとして全身がこわばり、無意識に私はその場から逃げかけていた。
手首に激しく縄が食い込み、弓なりに背がのけぞってしまう。
かすかに怯えつつふりむくと、縄尻をひったてたバーテンが静かに私を睨んでいた。
「何をしているの。どこへ逃げるつもり‥‥?」
「かふっ、ふぅぅ‥‥」
「見られて感じる淫乱なマゾのクセに、従業員には会いたくないの。身勝手な娘ね」
バーテンを怒らせてしまったらしい。淡々と色のない口調に、かえって身がすくんだ。
違うの、勘違いして、お願い‥‥すがりつく哀願の視線も彼女には届かない。ボール
ギャグに言葉を奪われ、誤解を正すこともできないのだ。
近くの陳列棚に近づいたバーテンは、緊縛の縄尻を一番高いところの柱に結わいた。
自然とカラダを引きずられ、棚のすぐわきで爪先立ってしまう。
「いいというまで待っていなさい。分かった?」
「‥‥ふぅぅ」
がっくりとうなだれ、小さく頷くのを見届けてバーテンは扉の向こうに消えた。沈黙
の下りた店内に、くぐもった私の息づかいだけが響いている。
私‥‥私は、どうしたらいいんだろう‥‥
ふるふると身を揺すった途端、高々と吊り上げられた後ろ手の縄目がギュチチと軋む。
深々と咥えさせられた猿轡がわが身の情けなさを再認識させ、非現実的な今の状況を
身をもって思い知らせていた。
いやらしく、浅ましく、絶望的な緊縛を施されてしまった私。
セルフボンテージの道具にバーテンを利用するつもりが、いつのまにか完全に彼女の
奴隷として扱われ、あまつさえこうして緊縛姿で放置されてしまっているのだ。
もし今お客が入ってきたら、私はどう目に映るだろう。
誰もいないSMショップの店内にポツンと拘束された裸の女性。
だらだらボールギャグから涎をたれ流し、丸出しの股間はびっしょり愛液まみれで。
都合よく発情したマゾ奴隷がいたら、その場で犯されたり、しないのだろうか?
襲われても、このカラダでは助けも呼べない‥‥
冷たい恐怖が背中をはしり、縛められた裸身がいやな感触にきしんだ。濡れそぼって
いた下腹部から、波の引くように疼きがさめていく。
今すぐ縄を解かなければ‥‥
「んグっ」
身じろいだ瞬間、手首の痛みに呻きを漏らした。少しでも手首を下げようとすると、
それだけで痛みが走る。縄を解くのは不可能だ。せめて縄尻をほどいて棚のわきから
移動したいけれど、頭より高い位置で結わえられていて手の出しようもないのだ。
あらためて戦慄がカラダを震わせる。
この姿がいかに無防備で、いかに無力な存在なのか。
どうしたらいいのだろう‥‥
カチリと背後で響く音に、弾かれたように私は振り返った。棚の影で誰だか見えない。
「私よ、落ち着きなさい。そんなに怯えないの」
「‥‥」
バーテンの言葉に、トリハダだった肌が徐々に静まっていく。
だがあらわれたバーテンの背後を見て、私は驚きのあまり硬直していた。
同じように火照った肌、縄の食い込みでひしゃげたカラダ、目隠しに革の口枷‥‥
「今日のSMショーに出る子なの、彼女。あなたの先輩に当たるわね」
「ンッッ!!」
耳は聞こえているのだろうか。見えない第三者の存在に気づいて、彼女が身をよじる。
その姿‥‥私の前にいたのは、私よ同じように縛られた女の子だった。
ペットさながらに首輪から伸びるリードを引かれ、足元をふらつかせている。
「この子に奉仕してあげなさい。快感を与えてあげるのよ」
「‥‥くぅ?」
つかのま、私は混乱しかけた。
縛られて、口枷もされて、手も口も自由につかえないのに‥‥?
息苦しいボールギャグを圧迫された舌でつつき、何もできないとバーテンに強調して
みせる。苦笑したバーテンは私のあごを指でつまみ、語りかけた。
「やり方は自由でいいの。この子は刺激に飢えているから、感じさせてあげて。その
間に、私があなたのカラダを」
片方の手に持っていた縄の束を私の素肌に這わせながら、
「ここも、ここも、ココにも‥‥みっちり縄を這わせて、感じさせてあげるわ」
「ひっ‥‥ン!」
「分かったわね。さ、初めて」
さっきと同じように私の背後にまわったバーテンが二つ折りの縄をしごいている。
奴隷同士の虐めあい‥‥そんなことを強要されるなんて‥‥
おののきで、カラダがブルリとよじれた。

縄掛け その4

目をみはった私の前に、瑞々しく汗にまみれた柔らかな肢体があった。
黒布で目隠しされ、思わず唾を飲み込んでしまうほど淫蕩な縛めに裸身を跳ねさせ、
気配でしか感じられない私の存在におののいている姿‥‥
ボールギャグを噛みしめた唇から吐息がこぼれる。
羞じらいに色づく少女の体は合わせ鏡そのものだった。後ろ手に、小ぶりの乳房に、
胸へと食い込み双乳の谷間をすくう首縄‥‥残酷な縄掛けは見れば見るほど羞恥心を
あおり、裸身を熱く焦がしていく。
吊り上げられた手首が、ひりひり被虐の予感によじれていた。
見せつけられた奴隷の姿態は、これから私が施される調教の風景を暗示しているのだ。
じきに私も、同じ拘束に彩られ、同じ快楽に喘がされるのだ。
「さ、緊縛好きな奴隷同士、不自由なカラダで虐めあうの。いいわね」
「ひぅぅ!!」
「ん、んふァ‥‥!!」
無造作にお尻の肉をつかまれた私はよろけ、少女のウェストに頬を押しつけていた。
不意の感触におどろき、ボールギャグごしに啼き声を交わしてしまう。
と、私の縄尻に新たな縄を結びつつ下腹部をまさぐっていたバーテンが首をかしげた。
「あら。ひょっとして、さっきの放置が怖くてエッチな気分が醒めちゃった?」
「‥‥」
無言で、バーテンを怒らせないよう小さく頷く。
驚くことに、彼女は申しわけなさそうな顔を見せ、私にわびてみせた。
「そっか。この店は11時閉店なの。説明不足だったわ。ゴメンなさいね、子猫ちゃん」
「‥‥ン」
「その分、いっぱい虐めてあげるから。女の子同士はイヤじゃないんでしょう? ね。
もう一度とろとろにオツユがあふれだすまで縛ってあげる」
「!!」
意地の悪いセリフに、とくんと動悸が乱れかける。
縛めが苛烈になればなるほど、施された身は絶望的な縄抜けを強いられることになる。
なのに、肌にからみつく縄のたわみを愛しく感じたのはなぜなのか。
奴隷に対しても気さくで、それでいて真摯に向きあおうとする女性バーテンの印象は、
私の中で確実に変わりだしていた。
‥‥そう、この人の奴隷になら堕とされても構わない、そう思いはじめるくらいには。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

(自由を奪われたまま、目の前の少女を責めなければならないなんて‥‥)
女性同士での裸のからみあいを強制されながら、私のカラダは倒錯した悦びに痙攣し
ていた。恥ずかしいのに、惨めなのに、そのせいで興奮してしまう。拒否できないの
は、この身が囚われの奴隷だという何よりの証だから。
そっと頬を肌にすりよせ、淡いタッチで焦らしつつ目隠しされた奴隷の顔を見あげる。
「ン‥‥ンッ」
甘く息をつく彼女は少女といっても良いきゃしゃな体格ながら、しなやかにくびれた
腰つきと量感のあるお尻のラインに淫蕩な雰囲気を匂わせていた。全身には青い縄が
這いまわり、鮮やかな亀甲縛りとなって若々しい肌を彩っている。ウェストで斜めに
交錯した縄目は、一直線に股間へともぐりこんでいた。
‥‥うらやましい。
ちらりと、嫉妬にも似た思考が走り抜けた。
残酷な緊縛にもかかわらず、彼女は全身でしっとりメスの匂いを発散させていたのだ。
私の表情をみてか、バーテンが片頬に笑みを作った。
「そうだ。虐めあって、負けた方には相応のオシオキをしようかしら。分かった?」
「!」
「‥‥!」
縛られ、存分にカラダを火照らされて嬲られた上、お仕置きまでされてしまう‥‥
それがどんなものかは分からないが、ハッと顔をこわばらせた少女の表情でバーテン
の苛烈さが分かった。そんなお仕置きを、未熟な私が受けたらどうなってしまうのか。
——負けたら、お終りだ。
一瞬の思考に背を押され、私は先に食らいつく勢いで少女の体に顔をうずめていた。
小柄な緊縛姿がギシギシと縄を軋ませて弓なりにのけぞりかかる。
「ふっ、ン‥‥!!」
小柄な少女の声はハスキーで高く、聞くものをゾクリとさせる。
見たところ女子高生なのだろうか。いかにも幼い感じのカラダが快楽にたわんでいる。
鼻先で彼女のおなかをくすぐり、さらさらと柔らかく焦らす。大きく反応した少女は、
かろうじて声を洩らすのを耐えたようだった。
奴隷同士の嬲りあい。負けたくない。ちろりと、サディスティックな炎が心に灯る。
「さ、ちょっと胸を張ってね、子猫ちゃん」
バーテンの手で後ろ手に新たな縄目を打たれつつ、私はやみくもに下半身をよじらせ、
口腔を埋めつくすボールギャグを歯の裏で噛みしめて、濡れた表面をちゅるちゅると
少女の肌に這わせていった。
下からじわじわと。乳房へ、少しづつ迫っていく。
粘つくヨダレの痕が、淫猥なかゆみを少女の肌に刻んでいく。
「目隠しの分、先輩にもハンデあげないと、ね」
「ン、くぅぅ」
ギュッと乳房をバーテンに握りこまれ、たまらず私は呻いていた。
新米の奴隷をよがらせ感じさせようと、バーテンの縄掛けはバージスラインから乳房
をくびりだし、桜色に羞じらうオッパイをぴちぴち弾きだす。疼痛めいた衝撃をなお
もこらえ、お尻を揺すった私は懸命に目の前の瑞々しいカラダを嬲っていった。
へっぴり腰で逃げかかった少女の背が陳列棚にガタンとぶつかる。
「ふぅ、んぁン」
少女の口から切なげな嬌声がこぼれる。
触れるか触れないかのもどかしい焦らしが効いているのだろうか。亀甲縛りの裸身を
みちみちくねらせ、少女は砕けそうな膝でどうにか立っていた。目隠しと革の口枷の
下で、頬が爛れんばかりに上気している。股間にギッシリともぐりこんだ股縄は、し
とどな雫に濡れそぼっていた。陥落寸前なのだ。
一方、嗜虐的なバーテンの入念な手管で縛り上げられていく私のカラダもまた、投網
で打ち上げられた魚のようにひくひくとのたうっていた。喘ぎを噛み殺すのがやっと。
ビンカンな乳房はもちろん、上腕の柔らかい肉がくびれるほど縄目は肌をむしばみ、
ずしりと後ろ手の上から重い物を背負わされたような窮屈さがゾクゾクとマゾの陶酔
をかきたてていく。
はためには私も少女と変わらぬくらい肌を火照らせ、カラダを昂ぶらせているだろう。
だが、明らかに有利なのは私だった。
目隠しのせいで、少女は私のカラダをうまく責められないのだ。このままオッパイの
寸前まで舐めあげ、間を置いていきなり乳首を虐めてやれば‥‥
「ふぅ、ふぅぅ」
「ン、ひふぅ‥‥」
肩と肩を預けあい、発情しきった囚われの奴隷2匹が沸きあがる悦びに喘ぎつづける。
どうにか身を引き剥がし、少女のバージスラインを鼻でくすぐって‥‥
固く縛められた手首の縄尻がギシリと引き絞られた。
「ひぁぁッ!」
ギュチチッと縄目が啼き、はしたない声をあげて私はのけぞってしまう。
責めるべき少女を見失った私はふらつき、ほとばしった快感を必死になって抑えこむ。
それが、決定的な隙になった。
「後輩の方がうわてね。ほら、あの子。奴隷の先輩なのに、すっかり感じちゃって」
「‥‥ィうっ!!」
聞こえよがしのバーテンの揶揄を耳にして抗議の声を上げた少女の反発は、ギョッと
するほどの勢いだった。
ギクシャクと腰を弾ませ、まるで挑みかかるように不自由な上体をねじって、私の方
に倒れこんできたのだから。そして、謀ったかのようにそのタイミングで、
「だから、もう少しハンデ上げようかしら。例えば——」
「‥‥‥‥‥‥‥‥ッッッ!!!!」
めじ、っと。
したたった卑猥な水音が、私の下半身からだと気づくのに、
音を立ててめり込んだのは、
物欲しげにぬらつく女の肉層に、はしたなくほころびたクレヴァスに埋まったのが、
ふと、空白になった意識のなか、
バーテンの台詞だけがうつろに響き‥‥
「——股縄も、あの子と同じように味あわせてあげないとね」
急速に、逆回転した世界が襲いかかってきた。
下半身を裂きあげる勢いでお股のヒダ深くへビチビチッと股縄が食い込まされ、ゴリ
ゴリした結び目のコブに、クレヴァスとアナル、包皮の下のクリトリスを3点同時に
揉み潰されてしまったことに気がついて。
充血しきった下半身が、ぷっくり左右に分断され、梳き上げられて‥‥
とろりと溶けていた下腹部を、ミッチリと股縄で裂かれてしまったのだと知って‥‥
忌まわしい衝撃に神経を灼かれ、自由を奪われたカラダが弾んでしまう。
「クッ、くふ、おぶぅッッッ!」
口から泡を吹きかけ、ガクリと腰を砕けさせたところに少女の裸身が密着してきた。
なし崩しにそそり勃った乳首を、ぐりぐりと固い革の口枷に揉み潰していく。
オッパイとオッパイをなすりつけあい、絡まりあった汗みずくの裸身に火照らされ、
刺激で腫れあがったうなじに熱い吐息を吹きかけられて‥‥
「いぁン、ひぃン‥‥‥‥ッッ」
ボールギャグの奥で浅ましい嬌声にのどを詰まらせて。
愉悦の深さに、ボタボタッと透明なしずくを床にほとばしらせて。
バーテンの手で股縄をギリギリたぐりこまれ、深々と食い込ませて縄留めされながら、
私は自分でも気づかないうち完全に、完膚なきまでに、イッてしまっていた。
全身が性感帯になったかのよう。
ふわふわ踏みしめる足取りが、何度もぶりかえす絶頂の余韻に弾んでよろめくのだ。
「うふふ、残念でした子猫ちゃん。お仕置き決定よ?」
「ぃお、ひぃ、ィォォ‥‥」
奴隷の少女と女性バーテンにサンドイッチにされながら、私は立っている余力もなく、
めくるめく昂ぶりと残酷な縄に身をゆだねて緊縛姿を震わせているほかなかった。

               ‥‥‥‥‥‥‥‥

バーテンの、しなやかな指が肌の上を這いまわっていく。
縛めの緩みやほつれを直し、ところどころ意地悪く性感帯をぴいんと爪弾きながら、
絶望のふちに沈みこんだ私の感度を楽しげにチェックしているのだ。
「怜菜、あなたも手伝いなさい」
「‥‥ンク」
いまだピクピクと絶頂の余韻に震えているオッパイに、目隠しを解かれた少女が胸を
よせてきた。ほのかな嫌悪感を見せた私を面白がってか、逆に小ぶりの乳房を近々と
くっつけ、お互い刺激に飢えて尖ったままの乳首をツンツンとつつく。
「ん、んんぅぅ!」
いやらしい肉体の交歓に不自由なカラダがよじれ、倒錯した快楽の波に呑まれてゆく。
逆らっても、悶えても抵抗できない、とめどない被虐の快感が意志を薄らがせるのだ。
『お仕置き』とは何をされるのか。
セルフボンテージからの縄抜けは、どこまで絶望的なものになっていくのだろうか。
冷や汗まみれの焦燥感さえ、ケモノじみた熱い疼きにかき消されていく。
「よし、これで完成」
「ファ‥‥ンッ、んンンン!!」
「どう? “絶対縄抜けできない”緊縛が、ご主人様のオーダーだったわよね」
背後に回ったバーテンが縄尻をキュッと引き絞る。とたん、すべての緊縛がゆとりを
失い、キリキリ肌に咬みついてきた。柔らかな躯を握りつぶす圧倒的な網さながらに。
手首の先は鬱血してしまい、すでに感覚もない。
このまま縛られつづけたら私はどうなってしまうのだろう。
裸身が引き攣れてチリチリ痛いのに、それさえ焦りにも似た疚しい疼きになってゆく。
血行が止まって、指先が麻痺してしまったら‥‥
二度と、自力で縄抜けできないカラダにされてしまうのか‥‥
本能的な恐怖に突き上げられ、私はわけもなく上体をきしらせてあらがった。だが、
束ねられた後ろ手をくねらせ、身悶えれば悶えるほど、すべての動きは縄を伝わって
股間をギシギシ虐めぬく卑猥な振動になってしまうのだ。
「ふッ! お、くふッ、カハ‥‥」
あらためて包皮を剥かれたクリトリスに今は股縄が直接当たり、気も狂いそうになる。
甘い息を乱れさせてもがく私を、バーテンがゆっくり立たせた。
「うふふ、縄の感触を愉しんでいるのね。じゃ、あなたの格好をみせてあげるから」
等身大の鏡の前に連れて行かれ、顔をつままれて無理やりのぞきこまされる。
‥‥いや、本当は、少し違う。
形だけ顔をそむけつつ、それでも私は自分のカラダを眺めずにはいられなかったのだ。
おそらく二度とない、憧れの緊縛を身にまとった自分自身を。
「‥‥キレイよ。やっぱりあなた縄が似合う。ね? 好きなだけ悶えていいの」
「‥‥」
下腹部がキュウウッと収縮し、ワレメに埋もれた縄のこぶを激しくむさぼっていた。
残酷、というレベルでさえない。
まるで見たこともない、発情したインラン雌奴隷が鏡から私を見つめ返していたのだ。
普段着さながらにしっとり縄を肌になじませた緊縛姿は同じ女性の性的衝動さえ煽り
たて、うるむ瞳ばかりか肌全体が慫慂とした奴隷の雰囲気をただよわせる。
恥ずかしいくらい勃起した乳首も、いじましくうねるヒップラインもすべて私のもの。
この爛れたカラダにムチを叩きいれてやりたい。一体、どんな声で鳴くだろうか‥‥
そう思わせる上質の奴隷が、私自身だなんて‥‥
ナルシズムともマゾヒズムともつかぬ昂ぶりが裸身を溶かしていく。
日頃セルフボンテージにまみれ、快楽に溺れている時でもここまで卑猥なマゾ奴隷に
なりきったことがあっただろうか。
上気した裸身を彩るのは、亀甲縛りとはまた違う、梱包めいた巧緻な縛り。
背中高く吊られた手首から伸びる縄は二の腕を上下で緊めあげ、むっちり熱をはらむ
たわわな乳房を浅ましく梳き上げながら、ウェストで何度か交差して一気に股間へと
もぐりこんでいる。
留め縄で絞られた縄は首から胸の谷間をV字に締め、さらに首の後ろから左右の二の
腕へと伸びてより強くカラダと両腕とを緊めあげていた。ランドセルを背負わされた
ような息苦しい圧迫のせいかカラダが前かがみになってしまう。
手首をラクにしようと胸を張れば双乳が激しくくびりだされ、背を丸めれば逆に高手
小手に縛られた手首がキリキリ引き攣れる、無残な責めそのものの縄掛けなのだ。
「目が離せないでしょう? 自分の似合いぶりに」
鏡の中で身じろぐ奴隷の背後から手が伸び、苛烈な縄目に弾ける乳房をねっとり変形
するまで揉み込んでいく。たまらない刺激に私が喉を鳴らせば、鏡の向こうでは緊縛
奴隷がひいひいうなじを反らせて乱れきっているのだ。
たまらない。
自由を奪われたカラダを嬲り尽くされ、しかも無力なその様子を鏡で見せつけられる。
浅ましい疚しささえもボールギャグに阻まれ、奇妙な喘ぎにすりかわってしまって。
イッたばかりのカラダが、息をつぐ間もなく遙かな高みへ昇らされていく。
ウェストのくびれをなぞりながら、バーテンが低く囁いた。
「奴隷市場で競りにかけちゃおうかしら。あなた、絶対売れ残らないからおしまいね。
普通の生活、捨ててみる?」
「ひぅ‥‥ッ」
「戸籍も失って、一生快楽をむさぼるだけの人生。短命らしいわね、専属奴隷って」
ウソ‥‥
そんな、そんなのイヤ‥‥
でも、私、抵抗できないのに‥‥このままじゃ‥‥
苦悶のシワを眉によせ、必死でバーテンの愛撫に抵抗して身をよじる。
「フフ、あはは。ウソウソ、そんなの日本にあると思って? 冗談よ、子猫ちゃん」
真剣な表情をふっとゆるめたバーテンは、でも感じたでしょ、と笑いながらオッパイ
をたぷたぷすくい、すっと身を離した。
支えを失った躯が膝まづきかけ、ピンと宙吊りになる。いつのまにか、バーテンが先
に縄尻を天井に結んでいたらしい。
「さて、じゃ怜菜、あとはこの子の面倒見ておいてね」
「え、私が、ですかぁ~?」
桃源郷をさまよう意識に、口枷を外された奴隷少女とバーテンの会話が聞こえてくる。
少女の喋りは意外なほど軽く、場の雰囲気から浮いていた。
「そうよ。時間まで彼女で楽しんでいいから。ただし、絶対にイかせないように」
「‥‥ふふ、それは楽しそうですね、ご主人さま」
回りこんだ少女が、小ぶりの乳房を私の二の腕に押しつけてくる。
たわむれめいた仕草とだが逆に、私を見る少女の視線はあまりにも冷ややかだった。
‥‥まるで、
‥‥そう、嫉妬に狂った女のような。
「じゃあね、子猫ちゃん。あとでお仕置きしてから、ご主人様の元に返してあげるわ」
コツコツと足音を立て、バーテンが去っていく。扉が開き、やがて静寂が下りた。
広いスペースに、緊縛された奴隷が2人きり、取り残されて。
誰も‥‥監視する者も、止める者も、もういない。
私の調教は忙しいバーテンからこの子に委譲されたらしく、軽い喋り方の少女は上気
したカラダをなよなよとよじらせ、けれど瞳は醒めきったままで顔を近づけてくる。
「なぁに。アンタ、ご主人さまじゃないとイヤだっていうの?」
「ン、ん、んンゥゥ‥‥!!」
「ご主人様の手を煩わすまでもないわ。私がイカせてあげるから‥‥」
亀甲縛りの裸身をぶるりと愉悦に痙攣させ、少女の柔らかな肉体が迫ってきた。逃げ
ようとしたカラダが天井の縄に引き戻され、残酷な縄目が発情した肢体をギュチッと
くびりだす。
乳房を絞られて悲鳴をあげた私のカラダを陳列棚に押しつけ、少女が密着してきた。
「ンァ!」
「‥‥ヤァァン」
指先の焦らしとはまるで違う、なまなましい肌と肌との重ねあい。
ヒリヒリ疼く裸身はむくもりをむさぼり、汗ばんだ人肌にぴっちり吸いついてしまう。
擦れあう肌の艶めかしさに嬌声はこぼれ、私たちは不自由なカラダをくねらせあった。
いびつにくびりだされた4つの乳房がたわみ、ひしゃげ、ぐにぐに揉み潰しあう。
高手小手に括られた手首が、ツゥッっと引き攣っていた。
顔から火を噴きたいほどの羞ずかしさ‥‥
縛りあげられているカラダでは、どうしたってえっちな部分をすりつけあって互いを
責め、慰めあうほかない。女性同士のからみに私が抱く軽い嫌悪感を知って、少女は
あえて私を挑発するようにいやらしく肌を絡めてくるのだ。
しかも彼女は、息を弾ませながら言葉責めでも浅ましく興奮させようと私を虐めだす。
「なによ、嫌がってるふりして、カラダは濡れ濡れじゃないの」
「‥‥!!」
オッパイ同士ぐにぐに揉みあいながらの台詞に、頬が紅潮するのが分かった。生意気
な台詞にやりかえそうにも、パンパンに膨れるボールギャグを咥えこまされた口枷の
下からはダラダラ滴るヨダレに吐息がまじるばかり。
汗まみれの上半身を引き剥がそうと身悶えれば、巧緻な股縄がドロリと下半身を溶か
していく。物欲しげに股縄を咀嚼するクレヴァスからあふれだした女の雫はべっとり
内股を汚し、言葉責めのままに密着した少女の足をも濡らしていた。
「なによ、文句があるなら言ってみなさいよ」
「かふ、フッ‥‥かはッッ‥‥ン」
「なぁに、呻いてばっか。図星で言い返せないでしょ? 縛りあげられて、おんなじ
奴隷に虐められて、おま○こビショビショのヘンタイ奴隷だものね」
「くぅ‥‥ッ!!」
「ご主人さまが調教する必要ないわ。アンタなんか最低、奴隷の下の奴隷なんだから
私が飼ってあげる。今から私のペットよ。誓いなさい、さぁ!」
こっちが喋れないのをいいことに、敵意もあらわに奴隷の少女は私を辱めていった。
自らも発情した頬を赤らめ、快楽をむさぼりながら少女がせせら笑う。
きつくガードする閉じた太ももに自分の足をわりこませようとし、ムリだと分かるや
首を傾けて私の胸に、顔を、うずめ‥‥
「ひぁァ、ッン」
なまなましい感触に息がつまり、喘ぎはきれぎれになった。
閉じた太ももごと自分の濡れたお股を押し当てながら、少女が胸の谷間に舌を這わせ
はじめたのだ。指とは比べ物にならない、甘美で狂おしい刺激がカラダを震わせる。
さっきの賭けとは状況が逆転していた。
ボールギャグを嵌められ、吊られ、壁際に押しこまれて逃げ場もない。
淫らがましい緊縛をまとう同じ奴隷相手からのいたぶりさえ、今の私は受け入れるし
かないのだ。絶望が、チリチリと体の芯を爛れた被虐の諦めでみたしていく。
「バカな女‥‥あんたなんか、あの人の5番目にも入れないわ」
しかも愛撫を続けつつ、少女は嫉妬の目で私を睨むのだ。
なにか、なにか変‥‥
この子怖い‥‥あのバーテンと全然違う‥‥
私の瞳に浮かんだ色を見てとったのか彼女は首をかしげた。
「まさか、知らないで奴隷になった? あの人は私も含めてたくさんの奴隷を持って
いるのよ。この私だって一番じゃないのに‥‥あんたみたいな新人が」
再び、ゾクリと舐め上げる刺激が乳房を充血させていく。
嫉妬。
少女の目は、奴隷のプライドを賭けた嫉妬にたぎっていたのだ。
おそらく私とバーテンのやりとりなど知らず、見たまま新しい奴隷だと誤解したのか。
「ふぅんンッンン」
乳首にしゃぶりつかれ、鼻から苦しい悲鳴をあげてしまう。
ふっとゆるんだお股の間に少女の足が強引に割り込み、下腹部がふれあった。うずく
クレヴァスを相手の太ももになすりつけ、足を動かして強引に昂ぶらせようとする。
濡れそぼった股縄が相手の脚に刺激されてグリグリよじれ、甘美な衝動に鼻から息を
洩らして二匹の牝はよがりあっていた。
自由を奪われた女同士の、奴隷同士の妖しい戦い。
もつれあうカラダをぐにぐに相手に押しつけ、混ざりあう女の芳香にむせんで悶える。
奇妙な戦慄めいたおののきが、カラダの芯にわきはじめていた。
このまま、同じ奴隷相手に負けていいのか。やすやすとイッてしまっていいのか‥‥
バーテン以外の見も知らぬ女に、自分のカラダをあしらわれていいのか‥‥
「ふふ、そろそろ観念した? 私の奴隷になるのよ、いいわね」
「‥‥」
力の抜けかけたカラダを愛撫され、必死に感じないよう意識をしめだす。
勝ったと思ったのか、壁際に寄った彼女が後ろ手で何かをいじると、私を吊っていた
縄がパラリとほどけた。くたっと床にへたりこむ私の前に屈みこみ、膝立ちで少女が
にじりよってくる。
「フフ。イかせちゃダメって話だから、寸前まで楽しませてあげ‥‥」
「!!」
ひそかにたわめた力で、私は肩から少女にぶつかっていった。
体格差を利用して小柄な少女の上にのしかかり、仰向けにおしたおす。お互い後ろ手
に縛られているのだから、これだけでアドバンテージが逆転するのだ。
「なっ、何を‥‥ヒッ」
体重をかけたまま、私は馬乗りになって反転し、少女のおなかに顔をうずめてボール
ギャグをすりつけだした。敏感だった部分をなぞられ、少女が淡い悦びの声をあげる。
そのまま下腹部へちゅるちゅると口を這わせていき‥‥
「ィァァ!」
全身がぎくりと引き攣り、逆海老にくねっていた。
いつのまにか、今度は首をもたげた少女が私の股間に顔をうずめ、舌を伸ばしてクレ
ヴァスの周囲を舐めようとしはじめたのだ。かろうじて届かない舌は、乾いた愛液で
汚れたままの内ももをぬらぬら這い、太ももの裏側を扇情的になぞっていく。
「クッ、ひく、ク‥‥」
「ヤァ、ぁあン」
いつのまにか、我を忘れた私はシックスナインの体勢で怜菜と呼ばれる少女のカラダ
を責め返していた。ひと舐めごとに下の裸身がブルリとくねり、ダイレクトな反応が
私にまで快感を伝えた。
気持ち良さそうに眉を寄せた少女は、ハスキーな声であえぎだす。
手首をギュッと握りしめ、私もまた不自由な上体を揺すりたてて快楽を味わっていた。
昂ぶった頭がパンパンになっていて、何をしていたのか、何をすべきかも分からない。
ただ一つだけ、この快感を、刺激をもっとむさぼっていきたい‥‥
ソコ、その辺がすごく感じて‥‥
だから、私と同じように、うん、そこをせめて欲しいから‥‥

コンコン

壁をノックする音は、あまりにも間近で聞こえてきた。
「‥‥!!」
ギクッとカラダが硬直し、おおずおず振り向く。
やはり、立っていたのは苦笑顔のバーテンだった。まさに昇りつめる寸前だった裸身が
ご主人様の姿におののき、ガクンとブレーキがかかってしまう。イキそこなった辛さで
苦悶の呻きがあふれた。
下半身はこんなに濡れて、こんなに弾んでもう少しで届きそうなのに‥‥
体中が灼けついて気が狂いそう‥‥
「なんだかね、夢中になってるから声をかけづらかったわ」
「‥‥!!」
たっぷり揶揄の入った台詞までかけられ、耳の裏まで真っ赤に染まっていく。
「ホントあなたは面白いのね、子猫ちゃん。生粋のマゾのようでいて、おどろくほど
Sの性格も持っているなんて。ますます謎だわ」
冷やりと汗があごをしたたっていく。SとMの共存‥‥それこそセルフボンテージの
条件だ。SMに長けたバーテンが、そこに気づかないはずがない。
私の目的はとっくにバレているのだろうか‥‥
だが盗み見た横顔にはなんの変化も浮かんでいなかった。
「ともかく呼びにきたのよ。子猫ちゃんのお仕置きの時間だから‥‥さぁ」
倒れていた少女ともども、革の首輪を私にはめなおしてリードで結ぶ。
奴隷に与えられる『お仕置き』の時間‥‥
言われた途端じくりと躯の芯が熟れ、はしたないオツユが股縄に吸い込まれていった。
想像するだにおそろしいはずなのに、ふぅふぅ発情し、イク寸前でお預けを食らった
私のカラダはそれさえ待ちわびているのだ。
だが‥‥
バーテンの『お仕置き』は、そんな甘い期待をふきとばすに十分だった。
忘れていたのだ、私は。なぜ奴隷の少女があれほどお仕置きを恐れていたのかを。
どれほど、厳しい行為なのかを。

「あなたをショーに出演させるのよ。お客の女の子と一緒に責めてあげるから」

 縄掛け その5

恐怖と、わななきと、こみあげる正真の焦りで意識が真っ白になっていた。
SMバーのショーに出演させられる‥‥私が?
無数の視線の前で、恥ずかしいよがりようをあますところなく見られてしまう‥‥!!
ショックで後ろ手が軋み、不自由なカラダがひとりでに跳ねあがる。
「んンーーッ、ひふゥゥ!」
だが、それだけだった。
抗議の身じろぎ、それさえほとんど形にならず、逆に焦らされきったカラダには途方
もない疼きと爛れたひりつきがこみ上げてきたのだ。
どうしようもなく絡めとられた無力な裸身。
毛穴の開ききった素肌にいくすじもの汗がにじみ、麻縄が吸いとられなかった分は雫
となって皮膚と縄とのわずかなすきまに溜まっていく。火照っててらてら輝くカラダ
は、汗という潤滑油を得てますます施された緊縛になじみ、一体化していく。
疑いなく、私のカラダは発情し、従順なマゾの緊縛奴隷としてデキあがりつつあった。
ご主人様に対する挑戦的で危うい抗議さえスリルに感じ、溺れてしまうほどに。
ふぅっと色の薄くなった瞳にオシオキの気配を感じて濡れてしまうほどに。
「ふ、ふぅぐ‥‥」
「口答えは許さないわ。あなたは奴隷。今は私の子猫ちゃんなの」
ほっそりした指先にドミナの意志をこめ、怯える私の顔をバーテンが上向かせる。
顔をそらそうとするだけで不自由な肢体はビクビク弾む。
絶望とあきらめがひたひた押し寄せ、屈服の陶酔となって心を満たしていく。
あぁ‥‥もう、逆らえないんだ‥‥
もっといじって、虐めて‥‥
おかしくなりそうなカラダに、縄の擦れるあわい感触だけじゃなく刺激を与えて‥‥
ギュチチっと音高く緊まってくる縛めが、止めようのない甘い痺れを加速させていく。
全身がわなわなと震え、意味もなくもじもじと足がもつれている。
「どうしたの。お仕置きなんだから、キツイ条件なのは当然。一番最初に、私の言う
ことに従ってもらうと約束したでしょう?」
「ふぅぅ‥‥く、くフッ」
「本気で、私に逆らうつもり?」
「‥‥ッ、うぅッ」
「NGプレイをきちんと聞いたはずよ、私は。人前でのプレイはNGになかったわ。
それともあれはいい加減を並べただけかしら。そういうウソを、私は許さないわ」
「‥‥」
「最初の約束は守る。舞台の上ではあなたを守るわ。それでも私を信用できない?」
信頼関係の基本を壊すような行為は許さない。
切々と語る女性バーテンの正論さえ、私の耳には入っていなかった。
ご主人様にいじめられることが、言葉でなぶられ、脅され、迫られることが‥‥
もう、こんな間接的な責めさえも感じてしまうほど、私は昂ぶって、イキきれない
もどかしさに苦しんでいるのだ。
「‥‥なんだ。あなた、わざと私を挑発していたのね。構って欲しくて」
そして。この老練なドミナが、私の思惑に気づかぬはずもなく。
「うふふ。予想以上に発情しちゃってる」
「‥‥ン、く」
「オッパイが苦しい? ムズムズする? 触って欲しい?」
伸ばされた手が尖りきった乳首からあと少しのところにかざされるのを目の当たりに
して、こねるように宙を揺れる手にリズムをあわせて‥‥
私の胸は勝手にグラインドしてしまうのだ。
「して欲しいのね。でも今はダメよ、あなたの一番苦しいところで一番きつくイカせ
てあげる、それが罰というものじゃないかしら」
さっと手がのけられるのを苦しい思いで私は眺め、お預けのカラダをふぅふぅ波打た
せているしかないのだ。
そんな私に冷ややかな笑みを投げかけ、首輪のリードを握ってバーテンは二匹の奴隷
を連れ出した。行き先はむろん奴隷の最後の理性をひきはがす場所、ステージだ。
そして、自分の快楽にかまけていた私には人目のある場所に引き出される意味など、
気づいていなかったのだ。
‥‥そこに、初めからいやらしく周到に用意された偶然の罠があるなどとは。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

開け放った裏口のドアから、身もよじれそうな寒気が吹き込んできた。
コートが手放せない季節の夜、それもビルの谷間の外階段に全裸で連れ出されていく。
いや、ただ全裸より恥ずかしい状況なのだと私は浅ましい現実を噛みしめる。
みっちり縄掛けされた上半身は完全に溶けきり、一匹の魚のようにひくひくと跳ねる
ばかり。首輪のリードは同じ不自由な姿で前を歩く怜菜という少女の首輪に、さらに
その先をバーテンが握っている。
まさに、市場に引き出されようとする家畜が今の私たちだ。
倒錯しきった現実はまぎれもない被虐の快感をそそりたて、奴隷同士の慰めあいで湯
気も立ち上るばかりに熱くなっていた肌には風の冷たささえ心地いい冷気にしか感じ
られない。
ふうふうボールギャグから涎を垂れ流し、おぼつかぬ素足でたしかめつつ踏みしめる
外階段のタラップからも、ゾクゾクと冷気は這い登ってくる。
通りの裏側にある狭いビルの谷間。人に見られるはずなどないと理性で考えていても、
屋外を引き回されるいたたまれなさは一層私をとろけさせ、ジクジク責めさいなむ。
目の前で振りたてられる少女のお尻も、非現実めいて誘っていた。
安全に配慮してなのだろうが、焦らず、一歩一歩屋外の引き回しを満喫させられて、
上の階に戻った時にはすでに、乳房の表面やクレヴァスを這いまわる狂おしい爛れは
たえがたいほどになっていた。
「少し待っていなさい、二人とも」
そう言い残し、ステージの裏側にある準備の為の部屋に怜菜と2人でとりのこされる。
犬用のリードで2つの首輪をつながれた、緊縛姿の裸女が2人きり。
ともに肉ヒダの奥深くまで巧緻な股縄を食い込ませ、ふらついて立っているしかない。
あれほど絡んできた怜菜は顔を赤らめ、私を避けるように黙りこんでいた。
いやらしいほどゆっくり時間が流れていく。
洩れきこえる店内のBGMはスローなジャズ系で、それがまたいたたまれないのだ。
「ッ、んく、くぅぅゥン‥‥」
たまらず、私はその場でひくひく全身をよじり始めていた。
音を立ててプラスチックがたわむほどボールギャグをかみしめ、必死で身を揺する。
少しでも激しい刺激を、擦過痕を、肌に刻ませて慰めたい。股間をもじつかせ、股縄
の刺激で心ゆくまでイッてしまいたい。その位、私は追いつめられていたのだ。
無意識に、椅子の肘かけに目が行っていた。
コレをまたいで、直接アソコをこすりつけたら、すごい快感だろう‥‥
クレヴァスが、アナルが、キュッと収縮する。
ぞくりと背筋がよじれ、けれど、怜菜の視線が気になって実行できない。告げ口でも
されたら、オシオキがさらにひどくなりそうな気がするのだ。
首輪をつながれていて、激しい行為もできないのだ。
せいぜい私にできたのは、この身に施された緊縛を利用して不自由な自慰に没頭する
ことだけだった。後ろ手の手首をわざとギリギリ上下に弾ませ、上半身を前かがみに
したりのけ反らせたりする。そのたび高手小手の縛めが引き攣って痛みが走り、呆け
た意識はそれさえ快楽にすりかえていく。
ン‥‥なんて不自由で、情けない行為に夢中になっているんだろう‥‥
けれど、本当‥‥もう少しでイケそう‥‥
だが、しかし。
「!!」
どぉっとバーの方でいきなり歓声がわき、思いがけず私をびくりと縮こまらせていた。
無邪気な歓声が、よがっている女性の躯におよぼすおそるべき効果。
ぐぅっとせき止められた快楽は、何倍もの苦痛となって理性に襲いかかってくるのだ。
イキたいのに‥‥
カーテンの向こうの人々に気づかれてしまうのが怖くて、思いきりできない‥‥
じんわりさめていく躯がひどく恨めしい。
ふぅふぅ乱れた息を鼻から吐き、私はカーテンの先を見つめていた。
すぐ向こう側に広がるのは、ふつうの人々の世界だ。
あくまでSMに興味を抱いただけの、ほんの一時の気晴らしに訪れる女性たちの空間。
半日前までは、私もノーマルな、あちら側の住人だったのだ。
だったハズなのに‥‥
「フフ、そうね。もう戻れないし、戻る必要もないのよ、発情期の子猫ちゃん」
「ヒィッ‥‥‥‥‥‥ッッ!」
耳もとでバーテンにささやかれ、ついでカプリと柔らかい耳たぶを甘咬みされ‥‥
おそるべき勢いでトリハダが全身をあわ立て、戦慄さながらに衝撃が駆けぬけていた。
ブルブルッと震えた躯がふたたび燃えあがる。
「あなたはもう、優雅なお客様なんかじゃないわ。むりやりショーに出演させられる
惨めな奴隷ちゃん。あっちに戻りたくても戻れないのよ。逃がさないんだから」
「ふっ、う、ふ、かフッ」
「なぁに? 声を殺しちゃって。お客様に聞かせてあげましょうよ、ヨガリ声。いっ
ぱい晒し者にしてあげるわ」
揶揄しつつ、バーテンの手が反発して悶える私を自在にもてあそび、さめかけた快楽
への希求をみるみる呼び覚ましていくのだ。それでいて、淫蕩な愛撫は私がイケそう
な刺激は何一つ与えてはくれない。
うぁ‥‥ヒドイ‥‥
惨めすぎる‥‥
こんな、カラダを火照らされたり、現実に引き戻されたり‥‥
こんな辛いのはイヤ‥‥いっそ、一思いに‥‥
抵抗していた四肢がギュッとつっぱり、ふたたびバーテンにしなだれかかってしまう。
あくまで意地悪く、彼女はそこで手を止め、耳打ちした。
「あなたは怜菜のショーのあと、30分後ね。運がよければ、フフ‥‥面白いわよぉ」
「んぶっ?」
「意外な展開でね、あなたにはツライ展開よ。だから、私が戻ってくるまでに手首だ
けでも縄抜けできていたら、ショーは許してあげる」
「‥‥」
M字開脚で椅子の肘かけに縛りつけられながら、私は怯えた。
バーテンが自分から寛大な条件を出すほどの展開とは‥‥まるで想像もつかないのだ。
首輪が太く分厚いものに取り替えられ、顔の下半分を覆うレザーのフェイスマスクが
ボールギャグを咥えた私の顔に取りつけられる。バチンバチンと金具を止める響きが
して、私は首さえ自由に回せなくなった。
最後に、小さなバールローターが敏感な場所に取りつけられ、ゆるい振動を始める。
久々の待ち焦がれた刺激に、一気に意識がうつろになっていく。
「まぁ最悪、それだけ隠せば顔はバレないでしょう」
「くぅ‥‥ン、んふっフ」
「私がカーテンを開いた時、左手奥のボックス席のカップルを見ておきなさい」
謎めいた言葉を残し、ヒクヒクと刺激を享受しはじめた私にバーテンが教えさとす。
怜菜を連れ、カーテンの脇にたたずんで、もう一度ふりむく。

「あなただって、性癖隠してる知り合いの前でイカされたくはないでしょう?」

真紅のカーテンがさぁっと開け放たれ、2人がステージに出て行く。
眩いステージの照明に目が眩み、ローターのいじましさに溺れていた私はバーテンの
忠告にしたがうことができなかった。

             ‥‥‥‥‥‥‥‥

派手な音楽と照明が、カーテン越しにもきらめいて踊っていた。
ときおり怜菜のシルエットが映しだされる。どうやら両手両足を吊られているらしい。
その躯をバーテンがいじるだけでなく、何人かのお客が間近までやってきて観察して
いるようなのだ。
カーテンが揺れ、たわみ、そのたびに私は抵抗するすべのない躯をこわばらせていく。
舞台に上がった観客は、まさか奥にもう一人奴隷がいるとは思わないだろう。けれど、
アクシデントでカーテンがめくれでもしたら、完膚なきまでに自由を剥奪された私の
淫靡な姿がさらけだされてしまうのだ。
このまま何もできず私の番になってしまってもそれは同じこと。
悦楽に蕩けきった頭でどうにかバーテンの言葉を思いだし、私は手首をこじっていた。
不可能にかぎりなく近い縄抜けを試みていく。
「ンーッッ」
正確には縄抜けというもおこがましいそれは、マゾの本能にかられた無意識の反射だ。
あきらめのほとりで自らをもてあそび、縛り合わされた裸身を軋ませることで自らの
惨めさに酔いしれ、無力感を味わいつくす自慰行為にほかならない。
あらためて、バーテンの縄さばきは絶品だった。
セルフボンテージの積み重ねできたえたテクニックがほとんど意味をなさない。背中
の手首は伸ばせば指先がうなじに触れるほど高々と吊られ、もっとも細いところで縛
られたウェスト・バスト回りはへこませてたるみを作るどころか、呼吸するだけでも
ギュチチと音をあげて食い入ってくるのだから。
肝心の両腕は絞り縄の苛烈さで上体と一体化し、もはや感覚さえおぼろときている。
——これで、どうやって縄抜けしろというのだろう。
——自由という餌を鼻先にぶら下げられ、否応なく踊らされて私は調教されてゆく。
——逃がれえない縄の魔力を肌にきざまれてゆくのだ。
私にできるのは煩悩にのまれて裸身を波打たせ、今度こそアクメの感覚をつかもうと
することだけだった。股縄に挟みこまれたローターはごくごく微弱な振動しか与えて
くれないが、それでももどかしい絶頂のきっかけにはなれそうなのだ。
ぐりぐりお尻をずらし、淫らに下腹部をグラインドさせる。
「ふっ、ふっ、ふぅぅっ」
玉のような汗を額ににじませ、私は一人であがきまわっていた。
椅子に座らされ、折りたたんだ膝を左右の肘掛けに括られたM字開脚のポーズのせい
で、縄のコブをむさぼる股間はあられもなく丸見えになっている。
視線を落とした私自身のカラダはなんといやらしいことか。
束ねられた両腕を、肩を、鎖骨を這いまわる麻縄の映え具合ときたら。
たわわな双乳を根元から縛めにはじき出され、乳首をびんびんに勃たせてしまって。
その先にはお汁まみれのお股がぱっくり口を開け、股縄をむさぼっているのだ。
ひっくりかえったカエルさながらの無残な媚態。
奴隷そのもの、屈辱的なこの姿のどこがセルフボンテージだと言い張れるのだろう。
お腹から腰にかけてのラインを淫乱にひくつかせ、お股をわざと卑猥に前に突きだす。
開脚の角度が広がれば広がるほど股縄の食い込みは深くワイセツなものとなり、私を
よりなまなましく責め上げていくのだ。
ビクン、ビクン、と電撃じみた衝撃が何度かクレヴァスのふちからわきあがる。
クリトリスには絶対触れそうもない位置にあるローターが、ときおりアソコのふちに
じかに触れ、淫らなオツユをこぼさせるのだ。
果てしのない焦らし責めと、必死になってイこうとする奴隷との戦い。
もう少し‥‥イケそう‥‥
今度こそ、ン、あと、ちょっとで‥‥ソコ、擦れて、感じちゃう‥‥
「はぁッ、あぁぁァァァン!!」
ビクビクン、と脳裏になにかが弾け、かろうじて全身がひきつって。
少し遅れて浅いアクメ、絶頂の衝撃が、火照ったカラダを中から揺さぶりたててきた。
びっしょり汗をかいたお尻が椅子の上で何度も跳ねる。
「ん~~~むむむ、んくぅぅむ」
口枷を噛みしめ、かすかな幸せに酔いしれる。
長いこと求めていた高みの感覚、まだはるかな快楽の深みをのぞかせる、そのほんの
手前の絶頂‥‥それすら、渇ききった今の私には甘美な悦楽そのもので。
ぐずぐずに滾った激情がうねり、乱れ狂う。
ただれた裸身を、充血した女の芯を爪でかきむしりたいほどの疼きがトロトロ愛液を
あふれさせていく。
もう少し、もっと、まだまだ満足できない‥‥
瞳を閉じていた私は、いつのまにか舞台が終わっていることにも気がつかなかった。
「さ、出番よ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ッ!!」
「いいわ、そのままイッていなさい。その方が楽なはず、人前でイカせてあげるから」
そ、それは、それはイヤ‥‥
きゅうっと思わず眉根が寄り、それでも抵抗など思いもよらぬほど昂ぶっていた私の
カラダは、足の縄をほどく手つきにさえ反応して喘いでしまう。
頑丈な首輪にリードをつながれ、ふらつく足取りのまま、私は怯え、許しを請うのだ。
「今さらそんな顔はダメ。ショーにでるの禁止なんて、NGにも入ってなかったわ。
自業自得のオシオキでしょう。ね?」
「いぅぅ」
正論をさとされ、私は拗ねたように口の中で呟いてしまう。
しかし、どこかで私の心が期待と確信にみちているのも事実だった。このバーテンに
なら安心して身を預けられる、人前というのがひどく切なくて情けないけれど、でも
確実に私は最後までイカせてもらえるのだ‥‥
「もう一人の奴隷ちゃんは、もうステージでスタンバイしているわ。いい? 絶対に
驚いちゃダメよ? あなたは知り合いでもなんでもない他人なんだから。そう思って」
「‥‥」
「顔の半分が隠れていれば案外分からないのよ。安心しなさい」
くりかえすバーテンの言葉は、なぜか不安を煽りたてた。
どういうことだろう。
何か、よくないことがあのステージの向こうに待っているというのか。
有無を言わさずカーテンの前に連れて行かれ、さぁっと眩い光の中に歩みでて‥‥

「‥‥!!」
「すごい‥‥この子! ハードボンテージだぁ!」

どうして気がつかなかったのか。
そもそもこのバーを紹介してくれたのは誰だったのか。
彼氏と一緒に来ようと思っている。あの時そう語ったのは、誰だったのか。
眩いステージの上で‥‥
プライベートらしく色気の漂うオフショルダーのニットにジーンズという姿で、縄を
打たれた顔にいつかと同じ興奮の色をうっすらただよわせ、自由を奪われた中野さん
が、いるはずのない同僚が、うるんだ瞳で私を見つめていた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

ウソ、うそよ‥‥
どうして、中野さんがここに‥‥
今にもエクスタシーを迎える寸前だった私のカラダは、悪寒そのものの身震いに苛ま
れていた。無力な手首が、絞り出された双乳が、べっとり愛液をしたたらせた股縄が、
汚辱の疚しさにふるふる痙攣しだしている。
誰にも言えない秘密。私がセルフボンテージのマニアだということ。
ノーマルを装っていたことが、裏目となって私をぎりぎりの危地に追い込んでいた。
絶対に、中野さんだけには知られてはならない‥‥
こんな形で職場の後輩に知られたら、私、もうどうしたらいいか分からない‥‥
「あらあら、うつむいちゃって。恥ずかしいの、子猫ちゃん」
「く、くふっ」
バーテンに後ろ髪をつかまれ、ぐいと客席を見させられる。ショーの為のポーズだと
分かっていても、いきなりの乱暴な仕打ちに目尻がうるみかけた。
なんて屈辱的なの‥‥
私の登場で上がった歓声は、いつか息を呑む静寂に戻っていた。
おそらく、間近で目にした新たな奴隷が演技ではなく本当に発情しているのだと多く
の人が肌で感じ取ったのだろう。
無数の視線が私をねめまわし、吸いついてくる。お股やオッパイが刺すように痛む。
視線の暴力に嬲られて、私は何もできない無力な奴隷だ。
隠す場所さえ残されていない全裸をステージ上でさらし、客の見世物にされていく。
まだひりひり余韻を帯びた下腹部がいじましく疼き、じくりとあふれだすのを感じる。
そんな私を置き去りに、バーテンは中野さんと話していた。
「こ、この人、本当にこうされたがっていたんですか?」
「ええ、そうですよ。ね、子猫ちゃん」
水を打ったがごとき店内に、2人の会話がしみわたっていく。
目を細め、動けずにいると、バーテンの瞳がすうっと色をなくしていった。
「お客さまが訊ねているの。頷くか首をふるかして答えなさい。あなたは望んでこう
なったのよね。縛られるのが大好きで、私におねだりしたんだもの」
「‥‥ン」
逃げ場はなかった。耳たぶまで紅潮するのを意識しつつ、私はコクリと頷く。
「さっきも舞台袖で、縛られたままオナニーに夢中だったものね」
「‥‥ンク」
「虐められて感じちゃうんでしょ? ペットのように扱われる方が感じるのよね」
「ァン、ン」
「恥ずかしい子。今だって、お客様に見られて濡らしているんじゃない?」
「‥‥ンクッ」
「イケナイ子だこと。しつけがなっていないのかしら」
「ひぅ、ンンーッ」
こくり、こくりと頷くたび、恥ずかしいほど私のカラダは燃え上がっていた。
バーテンの台詞一つできりきり舞わされ、ドロドロに崩れた身をよがらせてしまう。
徹底した、容赦のない嬲り責めだった。私がもはや私自身のものではなくバーテンの
ペットだと、隷属している愛奴だと、周囲と、何より私の心に認識させるための。
にやりと笑い、バーテンが私をあおるように耳の裏で囁きかけてくる。
「で、イケたのかしら? もうすっきりした?」
「‥‥」
分かっているくせに‥‥意地悪な、ご主人さま‥‥だから‥‥
瞳をギュッと閉じ、かろうじて首をフルフルと左右に振りたてる。恥ずかしい応答を
させられ、バーテンが手で撫でつける股縄からは再び淫乱な雫がしたたりだしていた。
興奮しきった中野さんの瞳が心に刺さってくる。
お願い、そんな瞳で見ないで‥‥
おかしく、また、またおかしくさせられちゃう‥‥
「すっごーい。本当のマゾっているんですねー。私なんかまだまだかも」
「フフ、あなたがこの間連れてきた職場の先輩なんか、こんなの見たら卒倒するわね」
「あはは、ですね。素っ裸でこんな緊縛されて、マゾの極致じゃないですか。あの人
わりと潔癖だから、ぜったい受けいれられない卑猥さですよ」
いたたまれなかった。
自然とカラダがよじれ、高々と括られた手首が蠢き、弾んでしまう。
熟れきった肌の熱さにたえきれず吐息が乱れる。
その絶対受け入れらない緊縛を施されてしまったのが、目の前にいる先輩自身なのだ。
嫌がるどころか従順なマゾに堕とされ、感じているのだから‥‥
またもドロリと蜜を吐いたクレヴァスに、中野さんの目が吸いついている。
瞳をうるませ、私はバーテンに必死でサインを送っていた。
お願い、もう許して‥‥
これ以上は気づかれそうで怖いの、だから‥‥
「でも意外に潔癖な人に限って淫乱なものよ。その先輩も案外、縄が似合ったりして」
「ンッ‥‥でも、たしかにこの人似てますね」
どきりとした私は、必死で顔色を変えないようにこらえていた。
バーテンに後ろから抱きしめられ、縛られたカラダに手を沿わされて腰を跳ねさせた
中野さんの表情にかすかな疑惑の色が浮かんだのだ。
「‥‥雰囲気が、先輩に」
「じゃあ、この奴隷を先輩だと思ってプレイしたら感じちゃうかもね。2人そろって
ステージの上で虐められちゃうわけだ。あなたの彼氏の前で」
「やだぁ、恥ずかしいですよぉ、そんな‥‥アハハ」
笑いに紛らわせつつ、明らかに中野さんの声音には甘い媚がまじりだしていた。背中
で手を開いたり閉じたり、しきりにモジモジしている。想像して感じているのだ。
それは、私も同じことだった。
仲の良い後輩と2人で仲良くSM調教を受けさせられる。こんな状況、あるだろうか。
しかも、どんなに感じても私は自由に喘ぎ声を出せない。ボールギャグとマスクごし
といえ、日常接している先輩の声を聞き分けられないほど中野さんは鈍感なOLでは
ないのだ。
彼女の彼氏の前で、一緒に調教されてしまうのか‥‥疚しい気分が心をひたしていく。
「さて、2人ともこのロープをまたいでもらうわ」
「は、はいっ」
「‥‥ン」
いつのまにかステージには長いロープ二本が張られ、私と中野さんはそれぞれ股間に
それをくぐらされていた。壁から壁へ張りつめたロープがたぐられると、腰の高さへ
跳ね上がったロープがギチッとお股を圧迫して奇妙な刺激をうみだす。
「ンァ」
「やぁぁ、何これ」
「俗にロープ渡りなんて言うプレイの一つよ。あっちの壁際まで歩いてもらうわ」
取りだしたムチを、バーテンはいきなり振り下ろした。
「ヒうッッ!!」
パァンと鮮烈な痛みがお尻にはじけたと思う間もなく、じわんと痺れが広がり、よろ
めいた私は思わず一歩足を踏みだしていた。ぞぶりと張りつめたロープが股間に食い
込み、股縄とクレヴァスの隙間に食い込んだ。
膝が砕けかけ、じかに体重が縄のコブを咥えたむきだしのアソコにかかってしまう。
「ンァッ、ぁぁ‥‥ッッッ」
喉の奥から、苦悶めいた甘やかな嬌声がつきあげてくる。
充血しきって焦らされていた女の秘所に、唐突に加えられた暴力的な感触。その甘美
さに、私は声もないほど感じ、のけぞってしまったのだ。
や、ヤダァ‥‥こんなので、私、感じてる‥‥
どうして‥‥
ふっと目を落とせば、まぎれもなく股縄を圧迫してロープがアソコを責め立てている。
とろりと濡れて輝くロープは、あまりにも魅惑的で、はしたない。
「ほら、どんどん行きなさい」
続けざまにムチが小気味よい音をあげ、追い立てられた私たちはあわてて歩きだした。
不自然にロープが波打ち、下からお股を激しく擦りあげてくる。ひくひく爪先だちに
なった私の格好に、バーテンがうっすら笑った。
「2人のロープは繋がっているから、暴れると相手を虐めることになるわよ」
「‥‥」
ちらりと恨めしげにバーテンを見つめ、再び足を踏みだしていく。
ひときわ卑猥で浅ましい、奴隷2人を並べてのロープわたり。
客席から幾多の好奇心に満ちた瞳に凝視されて、それは恥辱の極みそのものだった。
とうの昔にズクズクに濡れそぼったアソコは痛みもなく、ロープを食い込ませるたび
突き上げるような衝撃を私のカラダへとしみこませていく。バランスをとろうにも、
高手小手に縛り上げられたカラダは腰をひねるのも苦しいほど窮屈で、必死になって
膝に力が入れば入るほど、お股の間で跳ねたロープが暴れまわっていくのだ。
「う‥‥変な、気持ち‥‥揺らさないでぇ」
すでに瞳を遠くに飛ばし、ゆらゆら歩いていた中野さんがカラダをよじって私に訴え
かけてくる。けれど、私もまた、中野さんのリズムに悩まされ、虐めぬかれていた。
上半身を揺らして歩く彼女のリズムは、ロープをひどく上下に揺らすのだ。
「下手だよう、あなた、ちゃんと歩きなさいよ、奴隷のクセに」
「う‥‥ク、ふクッ」
縄打たれた後ろ手をパタパタ弾ませ、中野さんに糾弾される惨めさに全身がよじれた。
口枷がなかったとしても、彼女に正体を知られるわけにはいかない。私は黙って、
理不尽な彼女の非難に耐えてロープ渡りをしていくほかないのだ。
ひたすらに股間に食い入っているロープの感触は股縄ごしにグリグリよじれていた。
まるで下着の布をへだてて触りまくられているような錯角だ。汗だくの裸身はもはや
カッカと疼いてステージの明かりに照り映え、ビクビクとうごめいてしまっている。
触ることのできないカラダ‥‥間接的にアソコを嬲るこの気持ちよさ。
狂わせていく。
しだいに溶けた意識は自虐的なロープに熱中し、はしたなく腰を擦りつけだす。
声を、こえをあげちゃダメ‥‥
呻きも、あえぎも‥‥身じろぎや特徴的な反応も、何一つ彼女に見せるわけには‥‥
正体を知られてしまう、ただその一点に呪縛された私は、限界まで昂ぶっていながら、
一歩ごとにアソコを擦りつくすロープの弾力に啼かされながら、彫像のように筋肉を
つっぱらせて我慢するほかないのだから。
「うっ、ふくッ‥‥ン、ンッンッッ」
こらえていても、不自由な鼻先から断続的に喘ぎは洩れだした。
手足も自由に動かせない、声も出せない、身じろぎも怖くてできない‥‥
二重三重の重い枷が、かえって躯の芯に閉じこめられた淫靡な刺激をたわめ、めくる
めく快感の境地へと加速していくのだ。
「う、おふッ‥‥ン」
目が眩み、一歩一歩ふみだす足はさながら雲をふみしめるかのよう。
張りつめたロープは幾度となく内股を、股縄を、股間を打擲しつづける。
もっとも敏感な女のとば口にささくれ立つ股縄が吸いつき、たっぷり愛液を吸収して
柔らかに濡れそぼった肉洞を抉り、同時にアナルに縄のコブをねじこみ、クリトリス
をピンピン弾きつづけて‥‥
とうとう足が動かなくなり、私はロープ渡りの中ほどで立ちつくしてしまった。
立っているのが不思議なほどの状況。
口枷の周囲はヨダレであふれかえり、縛り上げられた後ろ手は引き攣ってぴくりとも
動かず、ただ下半身だけがマグマのようにドロドロ滾り、縄目をむさぼり食らって。
死ぬ‥‥死んじゃう‥‥
もう、限界なのに‥‥いつでもイケそうなのに‥‥
苦しい背を丸め、私は歯を噛みしめていた。
気が狂いそうなほど、パンパンに快感が胎内に張りつめているのに。
今にも浸透した皮膚からにじみ、あふれだしそうなくらいに感じてしまっているのに。
なのに、観客の視線が気になって、どうしても怖いから、最後の一線を越えることが
できない‥‥なんて‥‥
お願い‥‥です、あと一押しの刺激を、私に‥‥
哀願のまなざしですがりつこうとふりむく‥‥その視野に飛び込んだのは、高々と鞭
をふりあげたバーテンの姿だった。
「ホラッ、もたもたしないでイク! 立ち止まらず、さっさと、行きなさい!」
「ひぎぃィッ!」
凛としたドミナの声が響く。
焼きごてを押されたような激痛が炸裂し、私はつぶれた悲鳴をあげていた。
桜色に染まったお尻をひっぱたかれ、ダダッと2・3歩たたらを踏みそこなって‥‥
駆け抜けた一瞬、狂おしい歓喜が背筋を貫いていた。
ゾブリと。
まるでカラダの中から串刺しにされたような、とめどない充足感と被虐の悦びが躯の
芯からほとばしりでていく。だらだらとオツユが垂れ流しになり、ぬらついたロープ
をさらにワイセツに染めあげる。
ギョッと見やる中野さんを尻目に、私は、ぶるりとケモノのように裸身をよじらせて。
火照った肌のすみずみで噛みしめる縄目を、とめどない快楽に昇華させてしまう。
そうして。
大きく、弓なりに腰がつっぱり、あふれだした快感が意識を灼きつくしていくままに、
脱力してロープに身をもたせかけた私は、真っ白な、無の中に堕ちていった。

            ‥‥‥‥‥‥‥‥

おぼろな意識の中、バーテンに抱えられ、ズルズル裏手のどこかに運びこまれていく。
ひっきりなしにわきあがり弾けていくアクメの連続は私を肉の塊のように脱力させ、
なすがままに私はハードだった緊縛を解かれて自由を取りもどす。
わななく全身は他人のモノのようで、ふわふわ飛んでいく意識は私を完全な無気力に
陥らせている。ひく、ひっくと息がつまり、喘ぎが喉を灼き、どうしようもない他幸
感ばかりがカラダ中を包みこむ。
「あらら、イキっぱなしになってるのかしら。バイブも使わずにこんななっちゃう子
がいるなんてね‥‥本当、あなたは逸材だわ」
「ふァ、ひぁぁ」
ボールギャグの下で喋ろうとした言葉はろれつがまわらない。
調教でイカされることが、セルフボンテージとここまで快楽のステップを違えている
ものなのだ。身をもって知った経験は、無防備な幼児さながらにバーテンを信頼させ、
私を彼女の腕にゆだねていた。
優しくて、イジワルで‥‥はかりきれぬほどの絶頂を与えてくれるご主人さま。
私だけを愛し、いたわってくれるドミナ。
女性のご主人様で、何がイケナイのだろう。同じ女性同士、ここまで深い余韻を、今
も‥‥与えて‥‥くれる‥‥ッ‥‥
「キヒッ」
再びつきあげた絶頂に私はガクガクと身をよじっていた。
止まらない。
イク。またイク。まだまだイッてしまう。
こわばり、血行の乱れた手足をマッサージしながら、バーテンは私のカラダを念入り
にいじっているようだった。
「お仕置き‥‥なんだか、ごほうびだったみたいね、子猫ちゃん」
「いぅぅ」
チュルチュルと乳首を爪でなでまわされ、甘い悦びを瞳に伏せて見つめ返す。
苦笑した女性バーテンはあごをこりこりかいていた。
「ここまでなつくなんて‥‥策を弄する必要、なかったかしら?」
‥‥策?
イキっぱなしになっている体のどこかが、鈍く警戒を発する。
依然として優しい笑みのまま、バーテンはつづけた。
「あなた本当はご主人様なんていないわよね。私はそう確信しているの、子猫ちゃん」
「‥‥!」
ほんの、一瞬。
驚愕と怯えで、私の瞳は大きく開いてしまっていた。
半分以上マスクに隠された顔のゆがみを、女性バーテンはどうとったのだろうか。
単なるひっかけか、根拠があってのことか‥‥
つかめずにいるうち、再び、バーテンは柔らかく嗜虐の笑みをのぞかせた。
「だから、やっぱりね」
「‥‥」
「確実にあなたを堕とすためにも、あなたのカラダには罠を仕掛けさせてもらうわ」

抵抗など叶わぬ裸身が、ほんのひととき、びくりと揺れた。

縄掛け その6

わきあがる怯え、おののき、冷やりとした恐怖。
それすら飲み込んで、私のカラダはヒクヒク疼ききっていた。
ずっと残酷な高手小手に縛られて血の気のうせた手首を、こわばった関節を這い回る
バーテンの指はさながら妖しい催眠術のようだった。くたびれ、麻痺しきった裸身が
ペッティングにみるみる上気しなおし、半ば強制的にふたたびのオーガニズムに向け
昂ぶらされていく。
ボールギャグと革のマスクが外され、ひさしぶりに私はすべての自由を取りもどした。
ねばぁっと濃い糸を引いて、ヨダレが口からあふれだす。
むせこんだ私を支え、バーテンはささやいた。
「かわいそうな子猫ちゃん。せっかく自由になったのに、今のあなたは私の仕掛ける
罠から逃がれられないのだから」
「く‥‥くふ、カッ、ふぅぅ」
息を喘がせる私を凝視しつつ、老練な指がちゅるりと下腹部にさしこまれる。
しどけなく横たわった裸身を電撃がつらぬき、抜かれそうになった指の感触を求めて
弓なりに腰が浮き上がっていく。
脱力した腕がひきつり、思わず寝かされたシーツに爪を立ててしまうのだ。
罠‥‥
ここまでの調教ぶりを見れば、バーテンの言う罠とは絶望的なものに違いなかった。
この身に何をされるのか。いや、何の為の罠なのか。
散漫な意識は、とぎれとぎれにしかバーテンの台詞を理解しようとしない。
ようやく自由になったカラダは、皮肉にもバーテンの与えてくれる愛撫に感じきり、
今にもひどい目にあわされようとしているのに抵抗する気力さえわきあがらないのだ。
どうにか、それでも必死に理性をたもって声をかえす。
「罠って‥‥なん、ですか」
「フフ。簡単なこと。ご主人さまの命令なのにそもそも時間制限がないのがおかしい」
「時間制限?」
「わざと長い時間あなたを引きとめて様子をみたの。ご主人さまがトラブルに備えて
いるなら、すでにお店にきているか、あとから来るかするはずだと思って」
「‥‥」
「でも、あなたの反応を見ても、それらしい人はいなかったわ」
一語、一語、バーテンの推理は私を追い込んでいく。
的確にウソを見抜かれていく焦りは、なおのこと私を敏感に狂わせていた。ふるり、
ふるりと耽美な手つきに喉の奥から嬌声があふれ、みるまにイッたばかりのカラダが
汗みずくになっていく。
「じゃ、メール調教? 遠隔調教? でもそれにしては、あなたの反応はぎこちない。
なのに拘束されればしっかり感じてイッてしまう。秘めたマゾ性はかなりのもの」
「ン、くっ、ンフ」
「私の出した可能性は2つなの。あなたはSMへの好奇心を抑えられなくなった耳年
増の初心者か、あるいは‥‥」
爛れた乳房を手のひらの柔らかい部分でほぐし、乳首を転がしながらバーテンが言う。
切れ長の鋭い目を細め、犯人を追いつめる検事さながらに。

「‥‥あるいは、ご主人様をもたない自縛マニアか」

ビクリ、と背筋が跳ね、狂おしい戦慄が下腹部をグチャグチャに溶かしていた。
バーテンの手を透明なしたたりで覆いつくすほどに。

             ‥‥‥‥‥‥‥‥

やはり、すべて見抜かれていた——
慄然とする被虐の甘い破滅衝動に震えあがりながら、それでも私は苦しいウソをつき
通すほかなかった。ただの推理にすぎない。彼女に確証を与えてはならないのだ。
なぜなら。
「だからね、あなたを堕とすのは簡単なの」
ちろりと鮮やかな舌をのぞかせたバーテンの表情は今までのどれより凄惨だった。
私の頬を撫で、歌うように言う。
「絶対に自力でほどけないよう縛っちゃえばいいわけ。私の元に戻ってくるしかない
ように。どんな手段があるかは、むしろあなたの方が詳しいでしょうね」
「し、知りません」
せいいっぱいの思いで、うろたえた目をそらす。
そう。絶対に抜け出せない方法なんていくらでもある。だから私は、知らないふりを
続けつつ、自分の幸運に、運よく縄抜けできる可能性に賭けるしかない。彼女が甘く
ないことを知りつくした今では、それがはかない望みだとしても。
「前置きはこのくらいにして、縛りなおしてあげるわ。そもそものお願いだものね」
「‥‥」
ふいっと愛撫を中断したバーテンが私を引き起こし、隣の部屋に消えていく。
逃げようか。一瞬ちらと浮かんだアイデアは、すぐに現実の可能性におしつぶされた。
ローヒールさえ下の階で脱がされ、文字通りの一糸まとわぬ全裸の姿。しかも両膝は
がくがく震え、快感のうねりに翻弄されて脱力しきっている。
どこにも逃げようがない。
それ以上に、この愉悦の渦にひたってしまった心は逃れられない。
どこまで無情な仕打ちが待っているのか‥‥
後ろめたく情けないマゾの疼きが、私自身を呪縛して逃がそうとしないのだ。
わななくカラダを抱きしめているうち、縄束や拘束具を持ってバーテンが戻ってきた。
「おいで」
「‥‥はい」
もはや、どうしようもない。観念し、従容としてドミナの命令にしたがう。
二度目の縄掛けはより巧緻で独創的だった。
自分の腰を抱くようにカラダの前で両手を交差させられ、左右の手首の細いところに
縄がかけられる。二本の麻縄は体の後ろで思いきり引き絞られ、胸の下でくっついた
肘に寄せ上げられたオッパイはいやらしく迫りあがってゆく。
幾重にもウェストの周囲に巻きつき、編み上げられていく緊縛はほっそり腰をくびれ
させ、執拗に手首を左右に引っぱって自由を奪ってしまう。
鬱血するような残酷さではなく、蜘蛛の糸のように全身に吸いつく縛り‥‥
「く、ふ」
麻縄のザラリとした質感に、過敏な肌を刺激され、私は息を乱していた。
すでに腰にびっちり密着させられた手首は裏返すこともできなくなり、さらに両肘を
一つに束ねた縄目は悩ましく放射状に広がって上半身を投網の内にくるみこんでいく。
3箇所で縄留めされた二の腕は逆方向に引っぱられ、腰や肩へと連結されて。
肌という肌、関節という関節にあまさず緊縛が施されて。
当然、いびつに腕の中ではじけた双乳にもがんじがらめの縛りが根元から食い込み、
ぷっくり桜色に腫れあがらんばかりに膨れた乳房には細い縄が十字にかけられ、桃の
ように割られてしまう。
じぃんと痺れきった肌の感覚に、私はしばし声を失っていた。
「ヒッ」
「痛くない、痛くない。見た目は怖いけど、痛くないでしょう?」
あやすように呟くバーテンの言葉どおりだった。
一瞬、感覚を失った肌には徐々に血行が戻り、じわじわ耐えがたい痒みを乳房の表面
にしみわたらせていくのだ。十字に交錯した細い縄の頂点から乳首をつまみだされ、
私は息を飲んであさってを向いた自分の乳首を見やっていた。
「もう動きようがないわよね。でも、鬱血するような箇所はないはずよ。あちこちに
力を分散させているんだもの」
「こ、こんな縛り方‥‥見たこともな、ンンッッ」
バーテンに抗議しかけた躯がかすかに傾ぎ‥‥
とたん、全身を覆いつくす縄目がいっせいに軋んで啼いていた。甘やかな摩擦の調べ。
あちこちに作られた結び目がぐりぐりカラダを圧迫して、無数の手に揉みしだかれた
感触が裸身をはしりぬけたのだ。
目の前が白くなりかけ、濡れた唇に歯を立てて遠のきそうな意識をこらえぬく。
なんという‥‥こんな、気持ちイイ食い込みが、縛りが、あるなんて‥‥
ギイギイと揺れるカラダは爛れきり、表皮の全面が性感帯になってしまったかのよう。
物欲しげにぱっくり開いた女のとばりの濡れた部分に、今度こそ本物のバイブレータ
がヴィィィとこすりつけられる。
うぁ‥‥とうとう、こんな模造のオモチャで、辱めれてしまう‥‥
惨めで怯えているのに、その怖ささえたまらなくイイ‥‥
「さて。じゃお口を空けて。元通り、ボールギャグをかませて上げるから」
「え、やっ」
深い快楽に腰を揺らしていた私は、不意にバーテンにおびえ、後ずさっていた。
この縄目、箇所が全体に繋がった縄は、どうあがいても緩むきっかけすらつかめそう
にない。それなのに口までふさがれたら、ハサミを咥えて使うこともできなくなって
しまうのだ。
バーテンはうっすら、どこか計算高い笑みを浮かべた。
新たなボールギャグを私の唇に滑らせ、いやらしくいたぶってくる。なぜかたっぷり
水を含んだスポンジのボールギャグが上唇を濡らす。
「フフ、やっぱりそうよね。このまま口枷までされちゃったら、あなた程度の縄抜け
の技術じゃもう絶望的だものね。怯えるのもよく分かるわ、子猫ちゃん」
「!」
「あら違った? ご主人さまがいるなら口枷を嫌がるはずないもの。やっぱりあなた、
そうなんでしょう。白状して、私に許しを請いなさいよ。考えてあげてもいいわ」
「ゆ、許し‥‥何を、言っているんですか?」
「ムダな時間を使わせた許し。ウソの許し。未熟な技術のくせに私を挑発した許しね」
バーテンがにやりと笑う。
その見透かした表情に、なぜ怒りが先立ってしまったのか‥‥
「そ、そう思うなら嵌めたらいいじゃないですか。もったいぶってないで」
「そうね、そうするわ」
「えっ、あ‥‥うムッッ、う、ふく‥‥あぅ、ン」
間髪入れぬバーテンの返答に、ハッと気づいた時にはもう遅かった。
硬いスポンジのボールギャグがぐぅっと唇の間をくぐりぬけ、上下の歯を割って深々
と口腔に分け入ってくる。あっという間もなくふたたび口枷を噛まされた私は、唇を
呻かせ、大きなボールギャグをしっかり咥えて声を奪われていくほかない。
ヤダ、こんな‥‥じわじわと、嬲りつくす責めなんて‥‥
本当に、少しづつ無力にされていく‥‥
完璧に舌を抑えつけ口腔を占領したボールギャグの凶々しさに感じ入っているヒマも
なく、さらに元通り革マスクで鼻まで覆われ、首輪をはめられて連結されてしまった。
決して外すことのできない、顔の下半分の革拘束。
うぐ、うぐぐ‥‥必死に呻いても洩れでる喘ぎはそよ風のよう、したたりだす唾液が
またもマスクをべったり顔に吸いつけてしまうのだ。
「こっちのお口もふさぐわよ」
ふぅふぅ呼吸を弾ませる私の足元にしゃがんだバーテンは、無造作にクレヴァスへと
バイブレータを突きこんだ。
ぞぶり。
卑猥な水音が肉を穿ち、ぬらぬら蠢く肉ヒダを唐突な衝撃が抉りぬいていく。
「くぅッ、かはぁァ‥‥」
「あらあら、しっかり巻きこんで食いついちゃっているわ、あなたの中。そんなにも
オチンチンが欲しかったの。いやらしい子」
とろりと粘着質なバーテンのあおり文句さえ、意識の表面を上滑りしていく。
みっちりふさがれてしまった股間。たぎっていた肉洞の奥深くまで満たされた快感は
すさまじく、きりきり硬いスポンジの口枷に歯を立てて悲鳴を絞ってしまうほどだ。
イイ、すごい‥‥おかしく、なってしまう‥‥
縄抜けなんて、それどころじゃ‥‥マタ、またイク‥‥ッッッッ‥‥!!
股縄で抜けないよう固定されたバイブは、その真価をあらわして容赦なく私のカラダ
を攻め立ててきた。律動する機械の振動は裸身を胎内の底から揺さぶりたて、波打つ
刺激そのままに腰がうねり狂う。自分でも止めようのない仕草がさらにエクスタシー
をかきたて、芯の芯からドロドロと愛液ばかりがにじみだしてくるのだ。
ちらりと裸身に目を落とす。
たしかに、ワナというだけあってバーテンオリジナルの緊縛は執拗なものだった。
全ての結び目は背中に集まり、左右バラバラの手はひねることもできない。これでは
縄抜けなど到底できないことだろう。
でも、けれども。
少なくとも指先は自由なんだから、ハサミをつかんで、縄を切るぐらい‥‥
まだ、大丈夫だと、可能性はあると、最後に残った理性が必死に私へ訴えかけていた。
このまま、バーテンに堕とされてしまうわけにはいかない。気力をふりしぼって自ら
足を踏みしめ、緊縛された上体をよじってバーテンを睨み返す。
「さすがね。その気力、その反抗心‥‥心から調教のしがいがあるわ」
私をうながしたバーテンはバイブのリモコンを私に握らせ、部屋を後にした。
ふわふわ地を踏みしめる浮遊感はステージの上よりさらにひどくなり、彼女の支えな
しでは立っているのが難しいくらいだ。
一歩ごとに胎内を、蜜壷をびりびり灼りつかせ、抉りぬく快楽にうかされていく。
いくつか廊下を通りぬけ、外階段を下り、気づくと私はドアの前に立っていた。ロー
ヒールを履かされ、腕を通せない肩にコートをはおらされて前ボタンを一つづつ嵌め
られていく。少なくとも、全裸で放り出されるのではないらしい。
ほっとした意識に、バーテンの最後の台詞が届いた。
「これでワナの完成ね、フフ」
‥‥ワナ?
ワナ、って、なんだったっけ‥‥?
きょとんとした私の耳たぶに、囁きがつむがれていく。
「ねぇ、あなた。そのカラダで、どうやってコートのボタンを外すつもり?」
「‥‥‥‥‥‥」
さぁっと、血の気が引いていく。
前開きのコートの穴に通すタイプの大きな丸ボタン。3つすべてが外側で留められて
しまった今、コートの内側に閉じ込められた緊縛の裸身でどうすればボタンを外せば
いいのだろうか‥‥!?
ひたひた押し寄せる絶望はあまりに甘く恐ろしく、私はほとんど息をつまらせかけた。
真っ青になってふりむこうとした私の肩をつかみ、バーテンが断固として私を扉の外
に押し出していく。
「ンっ、んふ、ふぅぅぅぅ」
「さぁ行きなさい。忘れないで。今日一晩、お店の裏口は開けっ放しにしておくから」
「ンムゥゥゥーーー!」
ぽんと背中を叩かれて、たたっと前のめりの私の背後で扉が閉まる。
ふたたび静寂が戻ってきた時、私は、みるも淫蕩にデキあがったマゾの肢体をコート
にくるんで一人、3階の廊下に立ちつくしていた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

呆然となって自失する数秒‥‥
ひくひく収斂するアクメにおかされた意識にも現実は刷り込まれてきて‥‥
今まで何度か味わったことのある、セルフボンテージに失敗した瞬間のあの狂おしい
ばかりの衝撃と苦悩が火照りかえった裸身に襲い掛かってきた。
「ん! んンーーー、んふぅぅぅぅぅぅ!!!」
ヤダ、いやァァ‥‥
こんな、あっけない手ぎわで、無抵抗な奴隷に堕とされてしまうなんて。
セルフボンテージではどうしようもない完璧な『嵌まり』に陥ってしまうなんて‥‥
ぶるぶるっとコートの内側で上体がよじれ、無意味なあがきが腰を弾ませてますます
深く激しくバイブレーターの味わいを噛み締めさせてしまう。
居酒屋やSMバーの密集した商業ビルの廊下に緊縛されて取り残されている状況。
誰かに襲われても、抵抗はおろか悲鳴さえだせない無力そのものの裸身。
いくどとなく焦がれ、いくどとなく怯えきった、あの無残な失敗をまたも繰り返して。
しかも、今度は巧緻なドミナに嵌められ、その奴隷にされてしまったのだ‥‥
「ン、んふ、んふっふフフ」
躯ばかりがびくびくと発情し、理性の警告を無視してぞくりぞくりと昂ぶっていく。
あっという間にアクメに追い上げられて疲弊しきったカラダはもつれて壁にもたれか
かっていた。急な傾きにギュチチチっと縄鳴りが肌をむしばみつくし、無数の縄コブ
が淫靡なタッチで肌を刺激していくのだ。
「‥‥っふ、っっク、ひっ!!」
く、イク、だめ、イカされる、バイブに、バイブなんかにイカされちゃう‥‥!!
無我夢中で縛られた両手を突っ張らせ、力を込めて縄目にあらがう。
だが、身悶えれば悶えるほど縛めはきつくなるばかりだ。背中へ向けて引き絞られた
手首は微動だにせず、逆に手を押しこんでたるみを作ろうとすれば今度は二の腕の縄
が引き攣ってしまう。
巧妙な縄の連携が、私の自由をはばむのだ。
絶望のあまりあがきまわり、のたうちまわり、くぐもった喜悦の呻きを鼻からこぼし、
すべてが無意味なことにとめどない屈辱を味あわされて‥‥
ぽたりと雫のしたたる床で、ローヒールの中の親指がガクガクと固く突っぱっていた。
苦しいばかりの絶頂をやっと乗りこえ、ガクリと膝が力を失う。
いっそ、いっそこのまま、この場にへたりこんでしまえば、どんなにラクだろう。
依然として続くバイブの振動に犯されつづける裸身が芯から休息を欲しているのだ。
握らされたリモコンは停止させようにもつまみが細工されていて、一定の振動以下に
さげることができなくなっているのだ。
そう、このまま気絶して‥‥
いやダメだ。それは、それだけは、絶対にできない。
あやういところで、私ははっと理性のかけらを取り戻していた。
こんな異様な姿を誰かに見られたら、それが酔った男性だったりしたら、間違いなく
私は犯されてしまうだろう。それどころか拉致されてしまうかもしれない。
今の私は人でさえない。
自由意志を剥奪され、その身にねっとり残酷な縄掛けを施された肉の塊にすぎない。
強制的によがらされ、アソコを濡らし、気が狂うまでイキまくる調教中のマゾなのだ
から‥‥
「んむむむ」
浅ましい自己認識がまたも私を駆り立て、悩ましいエクスタシーへ突き進んでいく。
すんでの所で躯にブレーキをかけ、むせかえりながら私はずるずると身を起こした。
このままではいけない。
選択肢は二つきりだった。ビルの裏手に回って、いさぎよくバーテンの奴隷になるか。
のたうちまわってでも家に帰りつき、縄抜けの手段を探すのか。
ほんの一瞬、確実に視線はSMショップのドアに吸い寄せられていた。あの人なら、
きっと私の優しいご主人さまになってくれる。いくらでも私を虐めて、今夜みたいな
快楽をいくらでもくれるだろう。
その方が安全で、何より良いのではないのか‥‥
必死の思いで悪魔の誘惑をはねのけ、よろめいた私は壁に肩を預けながら階段を下り
はじめた。

「‥‥!!」
繁華街のざわめきがどっと押し寄せてきて、その賑やかさに不自由な身が縮みあがる。
酔っ払いの無秩序な声、ひっきりなしの車の音、そして乱雑な靴の音、音、音。
一階まで下りてきた私は凍りつき、身のすくむ思いで階段の手すりの陰からビルの外
をのぞいていた。裏通りに直接つづく扉はとざされ、縛りあげられたカラダではノブ
をまわすことができなかったのだ。
痙攣しきった膝に、つぅぅとあふれかえった愛液がしたたってくる。指ですくいとる
までもなく(むろん緊縛姿では不可能なのだが)、倒錯のシチュエーションに裸身が
かっかと熱く灼けただれていた。
激しく蜜壷をゆすぶりたてるバイブを根元まで咥え、人前を歩かないといけない‥‥
我慢すればするほど、意識をそらせばそらすほど、アソコはバイブを喰い締め、股縄
をびっしょりぬらしてしまうのだ。
おそらく、今の私は酒の匂いに満ちた通りの中でもひときわ異臭を放っているはずだ。
素っ裸の下半身をベショベショにお汁で汚し、発情しきったメスの匂いを周囲にふり
まいているに違いない。そう思うと足がすくんでしまうのだ。
もう一度、外をのぞいて出て行くタイミングを計ろうとした瞬間だった。
ブーンと聞きなれた音を立て、階段のすぐ脇にあるエレベーターが動きだしたのだ。
「!」
止まっていた4階、SMバー“hednism”のある階からみるみる下ってくる。とすれば、
まさか‥‥同僚の中野さんと彼氏もエレベーターの中に?
どっとこみあげた恐怖が、なけなしの理性に先んじて逃避行動を起こしていた。
衝動的にとびだし、震える足に鞭打って1階のエントランスを駆け抜け‥‥パァっと
視界が眩んだ瞬間、私のカラダはネオンと騒音の洪水の中に飲み込まれていた。
「ン‥‥!!」
しまった‥‥艶かしく火照った被虐のカラダを、人に見られてしまう‥‥
焦って戻ろうとする間もなくドンと誰かが背中からぶつかってきた。はっと振り返り、
あっけに取られて私を見つめる赤ら顔の中年サラリーマンと視線がぶつかってしまう。
ドクンと緊張した心臓が苦労して鼓動を刻んだ。
「なんだ、アンタ‥‥コスプレ?」
おかしいと気づかれた‥‥思わずのけぞり、よろけた拍子に私はギジッっと太ももを
強くこすり合わせていた。股縄がいやな感じにねじれ、大きく擦れあう。
その振動がストレートにクレヴァスの底へ叩きつけられて‥‥
子宮の底へキュウウッと収斂するようなエクスタシーは、まえぶれなく襲ってきた。
見ず知らずの中年男性に一部始終を眺められながら、私は、イッてしまったのだ。
浮遊感の直後、理性と同時に気を失いそうな羞恥心がこみあげてきた。
目を見開き、身を翻してあわてて小走りにその場を逃げだす。
「オイオイ、なんだありゃあ」
酔っ払いの声が、追い打ちのように背中から追いかけてくる。
ヒドい、こんなのあんまりだ‥‥
盛り場のど真ん中で、むりやりバイブに乗せ上げられ絶頂を極めてしまうなんて‥‥
革マスクからのぞく顔がみっともないくらい熱く紅潮しているのを感じながら、私は
必死になってその場から逃げ出していた。
わななく呼吸も心拍数も戻らず、震える膝で、おぼつかない足取りを刻みながら走る。
見開いた視界に映る、酔った人、人、人。
すべての視線が私を観賞しているかのようで裸身がギリギリたわみ、いたたまれない
羞恥が被虐の喜悦をなお深々と胎内で噛み締めさせていく。
「くぅ、ンッ、んんンンン‥‥!!」
ウソ、うそよ、ありえないのに、そんなインランなはずないのに‥‥
よろめき、人波をさけながら、めくるめく狂乱の波濤に飲み込まれて裸身が逆海老に
たわみ、うなじがチリチリ総毛だっていく。十字にオッパイを割っている細縄が乳首
をコリコリ揉みほぐし、ほんの薄い生地一枚をへだてて狂おしく高まっていく。
惨めな裸身が、奴隷のカラダが後戻りできぬ快楽の階段を駆け上がっていく。
イヤ、いや、嫌ぁぁァ‥‥!!
イキたくないのに、バイブが、私をおかしくしていっちゃう‥‥ッッ‥‥!
自由を奪われて、縛られて、汗まみれで‥‥イクッ‥‥っっ!
強く噛み締めたボールギャグは、口腔からほとばしる苦鳴を吸い取っていた。
かろうじて身を隠すコート一枚の下に、マゾ奴隷の熟れた肢体を隠したままで‥‥
「‥‥」
下腹部から突き上げるような絶頂に、息がとまりかける。
緊縛された裸身はギチギチ痺れ、非力な指がこちこちに突っ張ってしまっていた。
ぞくり、ぞくりと、繁華街のただなかでイキ狂った裸体が余韻にひたりきっている。
恥ずかしい‥‥
ホントの、マゾなんだ、私は‥‥
やましさと後ろめたさに心がおしひしがれ、周囲の様子をうかがうことさえできない。
ネオンに星明りをかきけされた漆黒の天を仰ぎ、私はブルブルと痙攣した内股に流れ
だす愛液のねばついた不快感をひたすら感受するほかなかった。
「‥‥‥‥」
やっとの思いで目についた裏通りにとびこみ、私はふうっと一息ついた。
ビールの空ケースやベニヤ板が立てかけられた細い路地は、とりあえずの恥ずかしい
痴態を人目から隠してくれる。
寄せては返し、ぐいぐいとカラダを引っぱっていくバイブのリズムに逆らって、私は
おそるおそる足元をたしかめ、暗い路地へと歩きはじめていた。

どのくらい経ったのか、時間の経過はひどくあやふやだ。
ただ歩きながら、どうしようもなく追いつめられてさらに二度、住宅街の街中でイカ
されてしまった記憶はぼんやりとある。電柱に身を預けて懸命に深呼吸を繰り返した
記憶、不意に人がやってたのであわてて自販機の前で立ち止まり、背を向けて口枷を
見られないようにした記憶。さらには、おののきつつ歩く道行きの、苦しいばかりの
快楽をも。
気づいた時、私はマンションの前にいた。もうろうとした、あたかも高熱で倒れた時
のような頼りない意識のままにノロノロと階段を一段ずつ踏みしめ、永遠とも思える
時間をかけて、ようやく、じわじわと遠のく自室の前にまで‥‥
へたりこみたい誘惑をこらえ、いつものようにわずかに開きっぱなしの扉にヒールの
先を押しこんでこじあける。防犯上危険きわまる行為だが、出かける前の用心が役に
たってどうにか私は部屋に転がりこんだ。
だが‥‥
(それで、私は、どうしたらいいんだろう‥‥)
コートの中でふたたびモゾモゾと上半身をくねらせ、たちまち、肌をみちみちと喰い
締める縄の魔力に侵されて絶頂への階段を一段おきに駆け上らされていく。
「ん、くぅ、ンフフフンー!!!」
こらえる間もなくぱぁぁと閃光がはじけ、ぐじっと腰が収縮して、私はくたくたその
場に横たわってしまっていた。
あまりにも残酷で、膚なき縄掛けの魔性が私を狂わせ、嫌がる絶頂へ連れ去っていく。
しかも、これほど身悶えイキまくって暴れているのに、全身の動きは半分以上コート
に吸収され、残りも固く緊まった縄目に吸われてゆるむ気配さえ感じ取れないのだ。
コートの下で手首をひねってみる。
やはり相変わらず手首は動かせず、手の甲がコートの裏地にくっついたままだ。
これでは、コートの生地ごしにハサミをつかむことさえできない‥‥
どうしたら、どうしたら良い‥‥
帰ってくればどうにかなると思っていた。けれど、これではむしろ誰の助けも借りる
ことのできない牢獄に戻ってきたようなもの‥‥
「‥‥ッ、‥‥ン、フッ」
完全な無力。手の自由のないコケシにされてしまった戦慄は、じわりと心をむしばみ
だしていた。ムダだと、体力を温存すべきだと分かっているのに、恐怖と焦りだけが
加速していき、パニック寸前の裸身をピチピチ跳ねさせてしまうのだ。
ローヒールをどうにかぬぎすて、部屋の奥へ進もうとして、そこが限界だった。
くたびれ果てたカラダに、めくるめく被虐の喜悦とふきこぼれんばかりの快感がドク
ドクと流し込まれていくのを感じながら、今度こそ私は意識を失ったのだ。
断続的な意識の中断。
それがしだいに、眠気と疲労と混濁し、その中でも私はもがき続け‥‥
つかのまの休息は、休息の意味をなさなかった。
うつらうつらと床の上で眠り、身じろぎに苦しんで目覚め、無理やりのアクメの快感
を呑まされてのたうち、ふたたび脱力して意識の遠のく、果てしのない悪循環。

浅い眠りの中、私は一夜をすごした。

             ‥‥‥‥‥‥‥‥

鈍色の気怠い夢から、ゆっくりと意識が浮上していく。
全身が痛い。
目覚めてすぐ感じたものは、ふしぶしの鈍い痛みだった。
なぜか玄関前の靴箱が視野の隅にある。ここは、一体‥‥昨夜の記憶がうっすらよみ
がえってきた。たしかSMバーに行き、初めての緊縛の味をかみしめ、そして‥‥

‥‥そして!?

「ンンーーーー!!!!」
悲鳴が、まごうことなき恐怖の悲鳴が喉の奥から絶叫となってふきあがった。
全身をみりみりと緊めあげていくおなじみの感触。すでに一晩慣れ親しんだ、縄の、
緊縛を施された感触。自由を奪われた奴隷だけがむさぼる、快楽の証。
私は、依然として、縛りあげられたままだったのだ。
パニックがみるみるわきあがる。
このまま、このままでは、本当に衰弱して、私は死んでしまう‥‥
縛られたカラダのまま立つこともできず、食事も排泄もできず、閉ざされた部屋の中
でじわじわと気が狂っていくのだ‥‥
「‥‥おふっぅ!」
ばくんと魚のように跳ねた四肢は、不意に生々しい快楽の源泉をむさぼっていた。
ひりひりだるい疼きのしこった下腹部。そこになお弱々しく動く、バイブレーターの
振動が、私の肌をざわりと粟立てたのだ。
この感触‥‥私はずっと犯されつづけて一晩を過ごし、ほとんど電池を使い果たした
バイブが未だに私を犯しぬこうと動いているのだ。
戦慄。
恐怖。
歓喜。
おののき。
果てしのない焦燥。
そして‥‥
肉の塊のように力を失った躯の芯で、つぅんと何か、火花のような快感が弾け‥‥

何度目にイったのか。
たてつづけに、夢の間も含めれば何度絶頂を迎え、体力を奪われてしまったのか。
いまや革マスクの下の口枷もだるく噛みしめているだけだった。濡れそぼったボール
ギャグの水分が蒸発し、乾燥しているはずの口の中を潤している。この特殊な口枷は
そのためのものだったのだ。
‥‥もう、私には、なんの手段も残されていない。
のろのろ起き上がり、遠い意識の中で気づいたことがそれだった。
限界だ。バーテンの奴隷になる。彼女のモノに、ペットに堕とされていく‥‥
それしか、ないんだ‥‥
知らず知らずつうと涙が頬を伝い、顔を上げた私はリビングから廊下に伸びてきた朝
の光を目にしていた。もう人目なんかかまわない、体力が少しでも戻ったらその足で
あのビルに向かうのだ。私は、私自身のために、あの人のモノになるのだから。
さしこむ曙光を影がさえぎる。
「ェ、ン」
テトラ? 呼びかけた声はマゾの喘ぎにしかならなかったが、雑種の子猫は飼い主を
見分けたようだった。いつものようにミャーと声を上げ、とことこと近づいてくる。
多分エサをおねだりしているのだろう。
しまった‥‥
この子のエサ、朝は上げられないじゃない。困ったな‥‥
私も子猫ちゃんとか呼ばれていたっけ。あのバーテンからしたらそんなものかな‥‥
「ミャーー」
かろうじて苦笑を漏らした私のコートに爪をかけ、テトラがしきりに引っかきだす。
不自由な裸身に乱暴で甘やかな刺激が加えられ、私は吐息をこぼして首をのけぞらせ
ていた。

              ‥‥‥‥‥‥‥‥

「こ、子猫ちゃんじゃない‥‥そんな、大丈夫? まさか、ずっとその格好のまま?」
「‥‥」
「昨日の夜から、この夕方までずっと、苦しんでいたなんて‥‥どうして強情を」
扉をあけ、絶句したバーテンの胸に私はふらりともたれこんだ。
コートの中は暑く、絶対の支配者に抱きしめられたおののきで足はカタカタと小さな
痙攣をくりかえしている。革マスクの顔を上げると、バーテンは泣きそうな顔だった。
「ゴメン、ごめんなさい、早紀ちゃん‥‥つらかったのね」
「‥‥」
(あぁ、この人は、やっぱり、本質はいい人なんだ‥‥)
こくりと頷きつつ、あらためて私は認識していた。カラダを預けるかもしれない人、
その相手の本心を知りたかったのだ。
それが分かったから。見えたから。だから‥‥
「ゴメンなさい、バーテンさん。でも、本当に苦しかったのは事実です」
「えっ?」
老練な女性バーテンの手の中からするりと抜けだし、私はコートの前を自分で開いた・・・・・・。

テトラの、子猫特有の引っかきグセ。
初めての自縛の時にカギを弾き飛ばし、私にじゃれついてきたあの引っかきグセ‥‥
あれが私を救ったのだった。
床で転がっていた私の上によじのぼったテトラは、コートの胸ボタンをひっかきだし
たのだ。あっと気づき、わざとカラダを揺すってボタンを意識させてやると効果はて
きめんだった。
固唾をのんで見守る私の前で、子猫はどうにかコートの前を一つ開けたのだ。
あとは簡単だった。
リビングでしゃがみこみ、開いたコートの前の部分をタンスの取っ手に引っかけては
立ち上がる動作を繰り返したのだ。力任せの動作で、じきにボタンはポロリと取れ、
ようやく私は用意しておいたハサミで縄を切り、脱出できたのだった。

「そう、でも良かったわ」
詳しく説明はしなかったが、それでもバーテンは顔をほころばせ、今夜初めての客の
ためにオリジナルのカクテルを作ってくれた。
「優しいんですね、バーテンさんは。私はあなたのものにならなかったのに」
「あなたの心配をしていた私を安心させるために顔を見せてくれたんでしょう? 今
今はそれで充分」
「フフ」
微笑み返し、私もカクテルを空ける。
人に戻った安心感が、心地よい酔いに私をいざなっていた。
しばしその様子を見ていたバーテンは、何かを取りだし、つっとカウンターを滑らせ
てこちらによこした。
「ところで、見せたいものがあるのよ。他のお客が来ないうちがいいわよね」
「なんですか」
バーテンがよこしたものを手に取る。しばし、BGMだけが店内をみたした。
沈黙が空気を変えていく。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「ねぇ、ワナは完璧だって、私は言わなかったかしら」
バーテンは静かに微笑む。
私は答えない。
否、答えられなかった。
だって、私の目の前には、彼女のよこした写真に写っていたのは。
被写体の、いやらしい緊縛姿の‥‥
彼女の顔は。
「そうよ、これ、あなたの恥ずかしい奴隷の記録なの。NGプレイのリストに、録画
禁止はなかったものね。ビデオの動画そのものもあるわ」
‥‥うかつだった。あまりにも。
みずから相手のただなかにもぐりこむ。
そのことがどれほど危険なのか、まさしく私は理解していなかったのだ。
甘かったのは、未熟だったのは、私の方。
「勿論、このビデオをショップで売ったりするつもりはないわ。私の願いは一つきり。
何度も言ってきたわよね」
「‥‥‥‥そんなにまでして」
「うん?」
「私を奴隷にしたいんですか」
優しく、ほとんど慈愛といって構わないまなざしでバーテンは私を見た。黙っていて
も、その瞳はまぎれもない肯定の意志を秘め、私を追いつめていく。
「さて、早紀ちゃん、だったわね。私から提案があるのだけど」
「‥‥‥‥」

ただただ顔を青ざめさせ、私はバーテンの瞳から目をそらせずにいた‥‥

                                                                    
                      

 

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