震災の後の恐怖から逃れるために


3.11の震災の時の思い出。当時私は高校1年生、妹のユナは小学4年生だった。地震が起きた時、運良く私は定期試験の最終日でいつもより早く帰宅、ユナも学校行事の振替日で休みで2人とも家にいた。
実家は震災の1年前に父が奮発して建てた強固な耐震構造の家だったので無傷だったが、断続的に停電し、何とか連絡の取れた役所勤めの両親は帰宅できない状況だった。少しだけ落ちたものを片付けた後は余震の恐怖でユナと抱き合って布団を被るしかできることはなかった。

気を紛らすことをしないと気が狂いそうだったのでユナと話していると突然ユナが「えっちなことしようよ!」と言い出した。
戸惑ったが他にすることもないので仕方なく首を縦に振った。
ユナは「服脱いじゃお!」と自分の服を脱ぎ捨てたので私も自分の服を脱いだ。
ユナはおませでどこからかエロネタはユナの方が詳しい。
ユナが「ウチのお股にねぇねのお股擦り付けてー」と貝合わせを始めた。
私の動きに満足出来ない妹は「もうウチが動くから!」とヘコヘコと腰を動かした。とにかく新鮮な感覚で私は喘ぐことしかできなかった。
ユナは「ねぇね、良い反応するね!ミオちゃんでもこんなにえっちな声出さないよ!」とご満悦な様子。ちなみにミオちゃんはユナの幼馴染で生まれた時から一緒だった。
小学四年に一方的に責められてだらしなく喘ぐ姿はクラスメイトには絶対見られたくない姿だ。
そして最後に盛大に潮吹きしてイってしまった。
ユナのお腹から顔にかけて私の噴いた潮で汚れてしまったことを詫びるとユナは「ねぇねが気持ちよかったなら良いじゃん」と言って許してくれた。 
親が帰ってこないし、余震が怖いし、停電しているしでとにかく熱中するものを、とユナとの貝合わせをずっと続けて気づけば食事とトイレ以外はずっと裸で抱き合っていた。
両親と連絡が再びついたのは3日後でまだ帰宅できないと言う。
喘ぎすぎて声が枯れているのを誤魔化しつつ両親と通話をし、電話を切るとユナと抱き合った。男女だと男側の精力が尽きればそれっきりだが、女同士なら体力が尽きるまで続けられる。ユナは女子テニス、私は陸上部で体力はある。とにかく快感を貪欲に求め続けられるのである。
停電は5日程度で復旧したので湯沸かしができるようになった。真っ先に5日間裸で抱き合ったユナと一緒に風呂に入り、裸で風呂から出た後は再び貝合わせ、続いてクンニもした。ユナの舌技は巧みで私はイかされ続けた。とにかく快感に支配されていた。 

あれから10年以上経過し、私には彼氏ができることなく今もユナの巧な性技の虜だ。
私のヴァージンはユナが14歳の時にペニバンを着けて貫通された。ユナはミオちゃんとお互いに貫通しあったらしい。私とユナ、ミオちゃんの3Pも経験して新しい扉がどんどん開かれている。

 

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