母淫MILF
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まつもとかつや

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祖母と若叔母とオジサンとおれと


土地によっては、恥ずかしがるばかりが女性の作法ではなくて、むしろ恥ずかしがらないのが作法、ということもあると知らされた。
      
      
昭和の時代、小6の夏休み。
母の生家は農家で、その日も歩いて20分くらいの水田の雑草取りを手伝わされて、汗と泥まみれになった。
祖父母、叔父(母の弟)、K子さん(嫁さん)と4人で、帰りには生家近くの水路で農具の泥を落として、手足の泥も洗い落とすのだが、その時のことだ。
      
大人がみんな、その場で裸になって汗を拭き取るんだ。
すぐ横には自転車や原付もよく通る細道があり、そういう場所で素っ裸になって。
その日は郵便配達の自転車が通ったけど、慣れた感じで振り向いただけだった。
        
おれも素直に裸になって、K子さんの目が気になったが、開放感かな、脱いだら気が楽になった。
「あんたも拭いて」と手拭いを渡してくれたK子さんの若い裸が、目の前に、眩しくて一瞬目をそらした。
       
そのすぐ横には祖母もいて、こっちは黒々と茂った陰毛が目に入って。
全身の筋肉はまだまだ引き締まってて、現役で農作業をしてる体つきは年齢を感じさせなかったほど。
だが、背中やお腹の皮は少したるみ始めてて、横スジも少し目に入った。
       
祖母はさておき、若くて皮膚も輝いてるようなK子さんの裸だよ。
大腿筋が引き締まって、くびれた腰から背スジが真っ直ぐに伸びて、肩の筋肉も引き締まって、おっぱいも形よくて、かっこいいと思ったな。
その薄く伸びた陰毛を、おれは吸い込まれるように凝視してた。
目線に気付いたK子さんだが、(いいのよ)とでも言いたげにイタヅラっぽく笑いかえしてくれて、それがすごく嬉しかった。
       
祖父と叔父は手早く汗を拭き終え、たくましくむけたイチモツは仕舞って、農具を抱えてさっさと納屋に向かった。
ちょうどその時だ。
近所の50過ぎくらいのオジサンが通りかかって、祖父と叔父が一言二言挨拶した。
オジサンはそのまま草むらに腰を落として、表情も変えずご近所の会話を始めたんだ。
     
祖母と叔母も、裸のままで平然とオジサンの相手をしてたので、おれはちょっとビビったな。
K子さんはかいがいしく、ヤカンに残った水を注いだ茶碗と菓子を両手に持って、裸のままオジサンに歩み寄って差し出してた。
屈んだ時に、当然乳房が下に垂れて、K子さんは平然としてた。
暑い盛り、お互いの目線は意識せずに普段通りに対応する、それがこの地域の近所の作法なのだと、徐々に俺は解釈した。
恥ずかしがるのは不作法、それがご近所や親戚との付き合い、ここでは昔からそうなんだろうと。
       
でもまあオジサンは明らかに、祖母やK子さんの下半身のその一点を目で追ってたよ。
普通にエッチ目線で、堂々と何度もアソコを見据えてたな。
みんな平静な表情で、でも一日の労働を終えた2人の体は、そういう女性のオーラを発していて、お互いにその刺激を楽しむのだろう。
そういう雰囲気につられて、おれも勃起してしまった。
小6ガキのボッキ反応は、これも大人にとっては面白いらしく、3人はこっちを振り返ってニヤニヤしてた。
俺は全身固まってたが、何かの気持ちをこらえてたような記憶がある。
      
祖母はぼちぼち笑顔が消えて、服を着るのも手早かった。
そしてポツンとK子さんに言った。
「いつになりゃ鎌使いを覚えるのやらねえ」あ、嫁いじめのセリフだろうか?
(はじまったか・・)おれも緊張したよな。
       
実はK子さんは、3年経ってまだ跡継ぎの兆候がなくて、何かと気まずいらしい、そういう大人の会話が前から耳に入ってた。
「すんません・・」と微かな声で、K子さんが。
オジサンがなだめるように割ってはいって「なぁに俺も祖母さんもな、若い頃はみんな、よう覚えられんかったもんじゃろうが」そう言う。
祖母は無言で母家に向かって歩き出した。
       
K子さんの様子が変わって、オジサンに無言で会釈して、目を赤くしてた。
横にいる俺の肩を手で押さえて、おれは背中を拭いてもらった。
振り返るとK子さんの張りのある乳房が目に入る、またムクムク勃起した。
オジサンが声を掛ける。
「わしらはみんな見ちょるよ、あんたようやっちょる」
細い声で「ありが、とう、ござ・・」しゃくり上げてたK子さん。
         
肩を抑える手に少しずつ力がこもったK子さん。
脇の下や胸に手が回って、へそ周りも力を入れて拭いて、そして勃起にも、無造作に触れた。
K子さん、取り乱してはいなかったが、気持ち穏やかではないのだとわかった。
おれは緊張したままで、勃起とか尻すじとか、触られるままになってた。
      
オジサンはさらに気遣う「他にも得物はある、鎌じゃなくても草が採れりゃあいいんじゃろうが」
そういうオジサン、目線はもっとエッチになってきたみたいで。
いまさら思う、オジサンは庇おうと気遣ってる、そのお返しに若い裸を晒すこと、それはK子さんには何でもなかったのだろう。
       
それにK子さん、俺チンにも興味があったんだろうし、それはちょっと俺も嬉しくて、されるままだったし、緊張しつつK子さんの気持ちに添いたい思いもあったし。
オジサンは、面白そうにこっちを見てる。
K子さんは俺チンへの興味を隠さなくて、そういう瞬間をことさらオジサンにも目撃させるということ。
オジサンのショタ趣味も刺激して、それもK子さんのお返しだったのかもしれない。
オジサンは帰る様子もなくて、無言でこっちを見続けて、さらにいい表情に柔らいでたな。
        
日が落ちかかる頃になり、K子さんも食事の支度の手伝いもあるはずだった。
オジサンが言った「男どもも、たまにゃ夕じたくを手伝うもんだろうがよ」これもオジサンの気遣いか、たまにゃサボリな、という。
K子さんは余裕を見せ始めて、笑みで反応してた。
        
母家から祖母が明るい声で叫んだ「ビール冷えてる、うちの男どものお相手でも、どうかな」
当時は家庭に冷蔵庫があるのは珍しく、それは祖母の自慢だった。
「いやぁ、はは、今日は帰らせてもらえんかな」オジサンは立ち上がった。
      
その夜も抜くつもりだったが、疲れか?そのまま寝入ってしまって、おれの不覚だった。
明け方の夢精を布団にこぼしてしまったんだ。
それを拭き取ってくれたのもK子さんで、笑顔で気にするなと言う。
K子さんに背を向けて、濡れ手拭いで自分の股間を拭いていたら、後ろから押さえつけられて、手拭いを取り上げられて、それでまた勃起した。
K子さんが、サオとヘソまわりの夢精を手早く拭いてくれて、耳元で「いいよ」と言う。
あのニコニコ顔と甘い声は、いまだに記憶に残ってる。
       
こんなこと書き込んでる今、みんな他界してしまった、K子さんも、オジサンも、祖母も。

 

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みんなのコメント

1 名前:名無しさん2026年05月28日(木) 00時02分26秒

ところで・・
昭和の終戦後しばらくは日本のあちこちの農村では、いわゆる「夜這い」という風習がまだ残っていて、する方もされる方も、双方ワクワクして楽しんだものらしい。
もしかして祖父、祖母、叔父(母の弟)や、オジサンも、夜這いが日常だった世代かもしれない。
あの水路で見た光景を思い出して、村の(母の実家周辺での)当時の性生活の有りように想像が及んでしまう。
おれの母親も、思春期には村の男どもの夜這いの相手をしてたのか?(笑)
・・・そして、K子さんも、嫁入前の思春期はワクワクして夜這を受け入れるのが日常だったのか?