以前にもお話させていただきました者です。昔は本当に貧しく大人数の家族で暮らしていました。きょうだいケンカは日常茶飯事、歳が近いきょうだいは食べ物の取り合い、お下がりの服の使いまわしなんて当たり前。上の子は下の子の面倒見ることは当たり前。だからこそ家族助け合うことの大事さ、ものを大切にする心ありがたみ、父親を中心に家族の団結が培われていました。女性は男性を敬い、恥じらいの精神を忘れないというとこも根底で教えられましたから。本当によくあの人数で生活できていたのが今考えてもすごいと思います。今のように個人が尊重される時代がうらやましいです。あの時代、大家族の中には家族の名前すら憶えられていないひともいたくらいです。
田舎暮らしも自然を相手にしていますから、それに影響されてました。特に夏は虫刺されや植物由来のかぶれに悩まされ、冬は凍てつくなかで春の農作業に必要な準備とかありました。
でもほかの季節に比べ、比較的作業が少なくなる冬。娯楽が少なくなるのでやっぱり秘かな楽しみってアレなんですよね(笑)。たぶんですけど、点々とした各家で【あの営み】がなされていたと思います。私達子供たちもたびたび人気のない小屋などで大人たちが抱き合っている場面もちょくちょくみかけました。父親から大人の人のことはあまり言わないようにと釘を刺されてたのでただ、淡々と見てたようです。(不思議と気持ち悪かったし、嫌な印象でした。)
近所の子供たちの誕生日が夏の終わりから秋にかけて多かったのは当然だったのかも(笑)
私の家はやはり父を中心に生活が回っていました。だから性交もそうでした。父は母を主に抱いて性欲を満たしていましたが、母が年齢的に厳しくなると、私を含め実の娘たちにも手を出していました。父のおこぼれを兄や弟、祖父がもらい受けひそかに家族間で交わっていました。実際に家族がほかの家族同士の交わりをみても注意すらしてませんでした。ただ暗黙の了解みたいなとこはあって、交わるときは他人の目の届かないところで!という感じでした。
大っぴらに交わることは建前上、大家族の団結にとって不都合だったからだと思います。
「あ~お父さん…」「はぁ、はぁ、はぁ…」農作業小屋や物置小屋では誰かの妖しげな喘ぎ声や荒い息づかいが漏れ聞こえていました。そして失敗もあって孕んだ子供はどこへともなく里子に出されていったのです。

