昭和の時代は自宅の風呂がないのは普通だった。まあ、銭湯に行くのも楽しみで、小学生時代は女湯に入れるので、女の裸見放題だった。それはよい意味での性教育だったのではないかと思う。一方姉ちゃんも小学生時代は父親に連れられ、男湯もしばしば入っていた。生育が早かった姉ちゃんはおっぱいもお尻も大きくて、毛も少しだけ生えていたので、皆ガン見していたようでした。
それはそれで良かったが、俺が中学生になると大人料金四人は毎日きついので、住宅解体現場から父親が手に入れた湯船と風呂釜で、掘っ立て小屋の風呂場を台所の勝手口と繋げて作った。
そこからが問題だ。着替えスペースなど無いので、台所で素っ裸になり、風呂場に向かうのだ。母親と姉ちゃんも台所で素っ裸になるんだ。特に姉ちゃんは高校生だったから、すごいキレイな裸だったので、目のやり場に困った。
その頃から覚え始めたオナニーのおかずにさせてもらった。姉ちゃんが風呂に入るときと出るときはしっかりと見てから、目に焼き付けて、あとでオナニーをした。結局姉ちゃんが25歳で結婚して家を出るまで、ずっとそのことを繰り返していた。

