本当の夫婦


 私が初めて彼に会ったのは、ある運送会社の事務所でパートで働いていた時のことです。
事務所の受付で、向かい合わせに立った彼は背が高く、体格が良い人で、私は見上げてしまいました。
私を見つめるサングラスは、一瞬「怖いおじさん」を連想させます。
私が怖がっていると思ったのか、すぐにサングラスを外しくれました。目元が涼しげで穏やかな印象です。
「やあ、可愛い姉ちゃんやね、俺、此処初めてやねん、これから定期的に来るからよろしくな!」と
受けた印象とは違って、少し甲高い声と軽い感じの話し方で、親しみ易そうに思えました。
「まあ!お上手ですね、何も出ませんから、おばさんですけどよろしくね!」と答えておきました。
それから毎週、一度か二度やって来るようになり、私が出勤した時には、彼のトラックは来ていました。
私が車から降りると、トラックの窓を開けて、手を振ってくれ、私も手を振ってそれに答えました。
事務所に入ってくる時は、必ず何か飲み物とお菓子を差し入れてくれ、
たまには「事故品」だと言って、野菜や果物の箱を私の自動車に積んでくれることもありました。
私が彼にできる事と言えば、荷物の積み下ろしを優先的に手配する事ぐらいで、申し訳ないと思っています。

 半年近く経ったある日、会社の指示で近くの病院で健診を受けました。朝から昼過ぎまで掛かり
病院を出たのは2時過ぎで、そのまま家に向かっていました。前のトラックのナンバーを見ると
なんと彼のトラックです。きっと、会社で荷物を積み終わり、遅い昼食でもするのだろうと思い
後に付いて行きました。思った通り、郊外の大きな駐車場のある食堂に入っていきました。
私が付いた来た事を知ると、びっくりし、すごく喜んでくれました。職場以外で逢ったのは初めてです。
彼は食事をしながら、私はコーヒを飲みながら、ゆっくり話ができました。
彼は九州K県の生まれ、名前は大木光男(40歳)独身、福岡の運送会社の社員
今は長距離に乗っていると話してくれました。私も名前は野村麻紀(31歳)既婚、子供無し
運送会社のパートで働いている事を話しました。そして、お互いの携帯とメアドを教え合いました。
それからは毎日のようにメール交換し、みっちゃん(彼の事を「みっちゃん」と呼んでいました)は
その日あった事、思った事を書き込んで送ってくれました。私の事を「まきちゃん」と呼んでくれます。
たまには「まきちゃんと寝てみたい」とか「今度、一緒にラブホに行こう」とメールを送ってきます。
私も負けず「私と寝る時は、朝まで眠らせないからね」などと冗談なメールを返信していました。

 しかし、その冗談が本当の事になるとは思いもしませんでした。
数カ月経ったある日曜日、主人が月曜日から一週間、出張するので準備をしていた時
私は念のためにと思って「出張から帰った次の日、実家の法事に出席してくれるよね?」と確認しました。
「お前の実家の事はだから、お前一人で行けばいいのだ」と言って、取り合ってくれません。
私は腹立たしくなって、出張の準備を途中で放り出してしまいました。
月曜日の朝、お互いに気分を悪くしたまま、それぞれ出勤しました。
会社に着くと、みっちゃんがトラックの窓から手を振ってくれました。私も同じように手を振りました。
しばらくして、事務所に入って来ると「まきちゃん、おはよう!今日の午後、仕事にあぶれちゃったよ」と言い
「この近くで、どこかビジネスホテルないかなあ?」と聞くので、ネットで調べてあげました。
事務所を出る間際、「まきちゃん、今夜、食事付き合ってくれない?、俺、奢るから」と言います。
私は(今夜は一人なんだと思い出し)「いいよ、五時に仕事終わるけどいい?」と答えました。
みっちゃんはびっくりしたような顔して「マジ、いいのかよ!!」と、再度尋ね直してきました。
「いいよ、五時過ぎにビジネスホテルに迎えに行くからね」と約束しました。

 みっちゃんは私の車に乗り込むと「まきちゃん、何が食べたい?遠慮なく言ってよ」と尋ねてくれました。
冗談半分に「うーん、ステーキがいいなあ」と答えると「おお、それは良い、俺も食べてみたい」と
冗談のつもりが本当になって、ある高級レストランに入りました。みっちゃんも私も要領が分からず
適当にヒレステーキとワインを注文しました。料理は最高に美味しく、ワインもよく合ってました。
私は酒に強くない方で、少しのワインに酔いを感じていました。その後、商店街の通りを手を繋いで歩きました。
ブッティクの前で、みっちゃんが可愛いワンピースを指さして「まきちゃん、きっと似合うよ」と
ハンガーから外そうとするので、慌てて「だめよ!私なんかより、ずーと若い人が着るデザインよ」と止めました。
みっちゃんはちょっと気分を悪くしたようでした。次は婦人用品のお店で、店頭に色鮮やかなタンクトップや
キャミソールなどが並んでいました。その中で、一際エロくて可愛い感じのベビードールを見つめながら
「ねえ、まきちゃん、一度でいいから、俺の前で着てみてよ」と私の耳元で小声でささやきました。
「えー、私がみっちゃんの前で着るの?恥ずかしいよ」言いながら、でも、みっちゃんが喜んでくれるならと思い
「じゃあ、買ってくれる?」と続けて口から出てしまいました。みっちゃんは喜んで買ってくれました。
ビジネスホテルより、ラブホテルの方が雰囲気がいいと言う、みっちゃんの提案に従い、ラブホテルに入りました。
部屋に入ると、私たちはずーと昔から恋人であったかのように、自然にキスをし、互いを求め合いました。
でも、やはり、みっちゃんとは初めてであり、買ってもらったばかりのベビードールを着ているのを
みっちゃんに見て欲しい気持ちから、しばらく待ってもらってバスルームに入りました。
シャワーを浴び、体を丁寧に洗ってから着替えて、ベッドに戻ると、みっちゃんは目を輝かせて
私を迎え入れ、強く抱きしめてくれました。その時、私のすべてを奪って欲しいと思いました。
みっちゃんの明日の仕事の都合もあり、日付の替わる頃まで4時間程でしたが、二人の愛を充分に確かめ合いました。
と同時に、主人から得られなかった本当の意味での女の喜びも味わう事ができました。その時から、みっちゃんは
私の事を「まき」と呼び捨てにしてくれます。(二人だけの時)二人の仲が一歩近づいたような気がします。

 会社の事務所でこそ、すぐに会えるのですが、二人だけで逢える時間はほとんどありません。
彼が私の勤める運送会社に来た日のうち、月に2回、私が会社を早退してデートすることにしました。
15時過ぎから18時までの、3時間足らずですが、二人にとって貴重な時間です。
お互いに精一杯燃え、愛し合いました。その後、彼のトラックが去って行くのを見送るのは辛い事でした。
ある日、みっちゃんが「俺のおふくろに会って欲しい」と言うのです。
その訳は「息子が40歳になっても独身である事をおふくろが心配している」からだそうです。
みっちゃんは私なら、おふくろが気に入ってくれ、安心してくれる、と思ってるようです。
出来る事なら、みっちゃんの希望を叶えてあげたいと思いますが、私には主人もおり、九州まで行くのは無理です。
はっきりした返事をできないまま、数カ月が過ぎました。みっちゃんも強くは要求しませんでした。
梅雨が明ける頃、主人が夏季休暇の事で相談してきました。毎年、8月11日から16日まで主人の実家に行きます。
8月11日と16日の二日、休暇願を出しておくようにと主人が言います。私は前回の実家の法事の件があったので
「今年から,あなたの実家には行きません、一人で行って下さい、11日は仕事しますから」と答えておきました。
主人はすごく怒り、殴りかかってきましたが、私は譲りませんでした。みっちゃんの希望を叶える時と思ったからです。
8月11日朝、私はいつも通り出勤しました。そして15時過ぎ、家に戻ると主人はいませんでした。
急いで旅行の支度し、みっちゃんが待つトラックまで車で行きました。福岡の会社までトラックに乗せてもらうのです。
渋滞に巻き込まれ、予定の時間より大幅に遅れ、とっくに日付が変わってから到着しました。
そこから、みっちゃんの車でK県の故郷に向かったのですが、二人とも疲れて、ラブホテルで一泊しました。
目を覚ますと昼近く、とりあえず、朝のキスだけして、再び故郷に向けて出発しました。
みっちゃんの生家は、山また山の中の一軒家でした。頭が真っ白になったお母さんが私たちを出迎えてくれました。
私はみっちゃんの婚約者として挨拶し、みっちゃんが用意したお土産を手渡しました。
お母さんは大変喜んで「今夜はここでご馳走するから、ぜひ食べて欲しい」と言い、「しかし、家が狭いので
近くの温泉に湯治宿を予約してるから、息子と二人そこで泊まって欲しい」と言われました。
宿と言っても、物置小屋と変わらない建物でした。お盆と言うこともあって、管理人もいません。
キッチンはあるので、食材だけ買ってきて、適当に食事を作りました。
13、14の二日間は買い物とお母さんの所へ用事で行く以外、ずーと二人きりでした。
私もみっちゃんもお互いを心行くまで楽しみ、愛し合いました。もう彼から離れたくないと思うようになっていました。
でも、15日なると、みっちゃんは予定通り会社に戻らなくてはなりません。
私も16日、主人が帰るまでに家に帰り、あくる日から仕事が待っています。
みっちゃんのお母さんの昼食をご馳走になり、挨拶をして故郷を後にしました。
そして、夕方福岡の会社からトラックに乗り、私は座席後ろのみっちゃんの体臭のする寝台で横になっていました。
乗り心地は良くないけど、横になっていると体が楽です。そして、みっちゃんとの出会いの日から
今日の日までを振り返ってみました。私はみっちゃんの婚約者なんかではない、本当の夫婦なんだ
主人は法律上、夫婦であって、本当の夫婦なんかでないと思う。
そうだ、私は主人と離婚して、みっちゃんと結婚しようと決心しました。

 

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