夜這いはおおらかな日本の性文化の象徴

      
昔、「夜這い」と言う、ロマンチックな響きを持つ性風俗が日本の農漁村のほぼ全域にあった。
      
いや、その昔の上代の頃には貴族社会でさえ「夜這い」はあった。
      
夜這いこそ私の愛したおおらかな日本の性文化である。
      
「夜這い」や「寝宿(ねやど)制度」などに代表される当時の身内感覚(共同体意識)の「村落共同体的性規範」を、現在の倫理観で安易に評価して決め付けないで欲しい。
      
村落の者が「村落共同体的性規範(夜這いや寝宿制度)」を行っていても、妙見信仰から始まった信仰行事の一環から始まった事で、宗教的な戒めの考え方が無い常識の範疇であり、そう異常な事には思われなかったからである。
      
人類は基本的な本能として他の生物同様に「生存本能」を備えている。
      
この生存本能の発露が「食欲」であり「性欲(種の保存本能)」であり、二次的なものとして危険を避けたり危険に立ち向かう為の「恐怖心」や「闘争心」なども無視出来ない右脳的な生存本能である。
      
そうした右脳的な生存本能の一つとして、人類はその種としての生い立ちから、「恐怖心」や「闘争心」を共有する事で生存率を上げる為に「共に生きる(共生意識)」と言う強い「帰属本能(群れ意識)」を持ち合わせて生まれて来る。
      
つまり人類は、「帰属本能(群れ意識)」を満足させないと、精神的安定を得られない。
      
そしてその「帰属本能(群れ意識)」は価値判断や心(精神)の安定に影響を与え、良きに付け悪きに付け「人生」と言う固体の一生に影響する。
      
実は、「帰属本能(群れ意識)」を裏打ちして保障していたのが、同じく「生存本能」に関わる「性欲(種の保存本能)」の結果とも言うべき「性交」と言う行為だった。
      
「性交」と言う行為は、「恐怖心」や「闘争心」とは好対照に位置付けられる「癒し」や「信頼の」共有に繋がるからである。
      
つまり日本に於ける村社会の性規範は、「帰属本能(群れ意識)」に起因する共生主義の磨き上げられた珠玉の結晶だったのではないだろうか?
      
今回「夜這い」を取り上げたのは、現在の社会が「本当に豊かに成ったのか?を、問う鍵に成る」と考えたからである。
      
物質的には、なるほど目に見えて豊かになった。
      
その代わり、私権だけが飛びぬけて主張されるようになり、人と人の繋がりと言う「精神的な豊かさ」を、数多く失っては居まいか?
      
ばかげた事に、私権を中心に発想する事しか考えられなくなり、国、地域、近隣、と破壊が進み、家族と言う最小単位でさえ破壊の危機に直面しているのではないだろうか?
      
戦前の日本社会は子沢山が一般的で、親が余り一人の子に愛情を注げなかったが、それでも子供達は「まとも」に育った。
      
それに引き換え、戦後の日本社会は少子化で親はタップリ愛情を注げる筈なのに、子供達が「まとも」に育たない。
      
我輩に言わせれば、その「まとも」に育たない原因は、戦後日本が採用した米国型自由主義化に拠って「群れ社会」から「孤独社会」に悪変してしまったからに違いないのである。
      
昔は、私権を中心に発想していたのは「権力者階級」だけである。
      
庶民は物質的には貧しかったが、互いに信じ合え、皆助け合って、素朴でやさしい庶民生活が営まれていた。
      
村社会、それは共用権的な生活意識であり、根本的な共生主義で成り立っていて、その原点にあったのが、「夜這い」の精神である。
      
日本の性文化の原点は、「誓約(うけい)神話 」の伝承から始まる神事である。
      
「誓約(うけい)神話 」は、桓武天皇の御世に編纂された「古事記・日本書紀」の根幹を為すもので、つまり性交は異部族を一つの群れに和合し、新たな命を生み出す神聖な行為と捉えられていて、けして憚(はばか)り秘するものではなかった。
      
元を正せば、集団婚(群れ婚)だった縄文人(蝦夷/えみし)の原始信仰に、渡来して来たエロチックな教義の妙見信仰が習合した物である。
      
だが、それが平安時代に花開いて都市部では「妻問婚(つままこん) 」、「歌垣(うたがき)」や「暗闇祭り」の風習となり、村落部では、「夜這い(よばい)」や「寝宿(ねやど)制度」の風習となって、実質として村落部での日本の性文化は「おおらかな集団婚(群れ婚)状態」が永く続いたのである。
      
      
      
      
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