明治政府が「植民地化」を恐れ「野蛮批判」を恐れて自国の性規範の欧米化に躍起になった結果・・

      
実は、村社会・地域社会の絆とも言える身内感覚(共同体意識)を支えた「おおらかだった庶民の性意識思想」を変えたのは明治維新に拠る新政府が、
     
近代化を図る為に「文明開化(欧米文化の導入)」を行い、
     
キリスト教の教えを基にした欧米型の精神思想を啓蒙、
     
また国家の統治の要として儒教・儒学(朱子学)の精神思想を採用、広く庶民に啓蒙した事に拠るものである。
     
     
この事が、徐々に庶民の村社会・地域社会の身内感覚(共同体意識)を失わせた。
     
おおきなお世話だが、ぺリー提督の黒船の後に来日して初代駐日公使となり、日米修好通商条約を締結させたタウンゼント・ハリスが民衆の生活を見聞し、 日本の性規範の大らかさに驚き「軽蔑した」と言う。
     
これを持って明治維新政府は、「野蛮批判」を恐れて自国の性規範の欧米化に躍起になる。
     
「黄色い猿真似」と揶揄(やゆ)された鹿鳴館外交もそのひとつで、まずは形から入って欧米化を進めたのである。
     
勿論当時の世界情勢を見れば「植民地化」を恐れての事で、理解は出来るのだが・・。
     
      
言わせてもらえば、キリスト教徒の中にはフーリングが合えば「神の思(おぼ)し召し」で浮気不倫をする者も居る。
     
そしてそれが間違いなら、「懺悔(ざんげ)」をすれば赦される仕組みになっている。
     
キリスト教徒と言えども人間だから、時には悪魔に惑わされる事も有る訳である。
     
浮気不倫は勿論、合法非合法の別は国に拠って様々だが、現実に「売春・買春」もキリスト社会に存在する。
     
何だ「性に対する柔軟性は一緒じゃないか」と思うだろうが、実は大きな違いがある。
     
ここでキリスト教徒が日本の性規範(性意識)を批判したかった決定的な違いは、キリスト教徒の場合は「フーリングが合えば」と言う「個の感性」が基本と言う点である。
     
その「個の感性」を基本とする欧米個人主義に比べ、一方日本の明治維新当時のおおらかな性習俗は、「寝宿制度」、「夜這い制度」、「暗闇祭り」と、言わば群れ社会の性規範、「集団婚(群れ婚)」の名残である集団的性規範を、「民族性の違い」にも関わらず自分達の感覚と比べ「信じられない」と批判したのである。
     
      
一方日本人は、全てに渡って集団共生社会(村社会)だった。
     
つまりこの「個」と「集団」の違いは民族性の違いで、実は基本的カップルの相手以外と性交する点では余り変わりは無い。
     
それを欧米諸国は、自分達の感性と違うから明治維新当時の日本は「性に乱れている」と批判し、その批判に文明開化を急いでいた明治政府がバカバカしい事に慌てて、「寝宿制度」、「夜這い制度」、「暗闇祭り」に禁令を出したのである。
     
ところが、庶民の根底の所で永きに渡って根付いていた共生意識は深層心理として残っている。
     
簡単に言ってしまえば、「皆で渡れば怖くない」式の集団意識は庶民の間で根強く残っていて、これが現代日本の欧米化、戦後の米国型個人主義化とは意識の中に「個」と「集団」の違いの「ねじれや歪(ゆが)み」となって時折世の中に噴出して来る。
     
つまり戦後社会は「個」に重きを置いた社会を標榜し、教育も「個」に重点に置いてして来たのに、社会生活意識の合意は相変わらず「集団」を重きにおいている矛盾を抱えていて、そのハザマで育ち苦しんでいる若者が多く存在するのである。