近所に配る初潮お祝いの赤飯は、夜這い「おいで」の合図だった

   
ほとんどの若者たちが「ウソー!」と驚くに違いないが、これが真実なのだ。
例えば一番典型的だった中国山陽地方の集落では、一つの集落で、結婚まで処女を保つ娘は皆無だった。
     
初潮が始まると、親が赤飯を炊いて近所の若者宅に配る。
それが「おいで」の合図となる。
その日から娘は離れの座敷に寝泊まりするのである。
     
これは、山陽地方(西日本の古い農家といってもいい)の古い農家の作りを見れば分かる。
必ず夜這いのための娘の泊まり部屋が設けられていたはずだ。
古い民俗家屋展示を見るときは、昔のこうした光景を見るのだ。
すべての構造に歴史の深い意味が隠されていると知ってほしい。
     
若者の男たち、ときには、なりすましの親父たちも、赤飯の出た家に夜這いをかけて、初々しい少女を抱いて性欲を満足させたわけで、これなら風俗性産業が必要なはずがない。
昔だって男たちに強烈な性欲があった。
それが、どのように処理されていたか? 考えながら、赤線・性産業の由来・必要性を考えるのだ。
     
夜這いの結果、もちろん子供ができてしまうわけだが、生まれた子供が誰の子であっても、事実上関係ない。
子供の父親を指名する権利は娘にあった。
別に実の父親である必要はなかった。
夜這いをかけた誰かの内、一番好きな男を父親に指名するのである。
これが、やられる側の娘の権利であった。
     
夜這いを拒否することは、男にとって大きな屈辱だった。
そんなことをすれば後々まで男に恨まれて「八つ墓事件」のような事態が起きかねない。
津山殺戮事件の裏には、こんな背景も考える必要がある。
     
父親を特定することが意味を持つのは、子供たちに受け継がせるべき財産・権力のある有力者に限られていて、持たざる民衆にあっては、受け継がせるべきものもなく、名もない我が子種を残す必要もなく、したがって、女房が誰の子を産もうと、どうでもよいことなのである。
     
生まれた子供は「みんなの子供」であった。集落全体が一つの大家族だったのだ。
みんなで助け合って暮らし、みんなで子供を育てたのであって、小さな男女の家族単位など、権力が押しつけたタテマエ形式にすぎなかった。
   
     
    
   
ところで  >_<   
   
『神隠し』
   
その実態は何だったのでしょうか?
     
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  口減らし。
     
間引き・子返しだと思います。
「七歳までは神のうち」という言葉は、乳幼児は死亡率が高いという意味だけでなく、出生後の子返しを正当化する意味も含まれていたそうです。
     
生まれたばかりの嬰児を母親が押さえつけて殺す様子を描いた「間引き絵馬」「子返し絵馬」というものが関東各地に残っています。
     
  口減らし。
     
間引きは江戸時代特有の風習ではなく、全世界に見られるもの。
NHKがヤノマミ族の間引き「精霊返し」を伝えるドキュメンタリー番組を制作していますが、過去においては世界各地でみられたこと。
宗教的な理由で堕胎子殺しが禁止されていた中世~近世のキリスト教圏ですら密やかに行われていた。
     
  口減らし。
     
昔の未熟な医療技術では中絶なんてとても危険、
母体の健全のためにも産んでから・・・ということ