処女を犯し続けた昭和のあの日 前篇

昭和30年                                                        今から60年以上も前の出来事です。                                       その頃は国道さえも舗装されず 時々 自動車が通ると土煙りが上がり 家にはテレビはおろか   冷蔵庫も無くてご飯は麦と白米の半々をカマドで炊いて洗濯板で衣類を洗つていた  今では考え  られない様な時代でした。                                              終戦後10年だつた。                                                 巷にはこどもたちが溢れていたが貧しくて育てられず やむなく 施設に送られる子も多くいた。    若狭地方の漁業で生計を営む町にある施設の寮長の頃 次々と中学女子児童を犯し続けた私の  告白です。                                                        ここの寮には男女合わせて40人 小学生から中学生までを収容して中学を卒業と同時に退寮と   定まつています。部屋は3つあり 男女混合は小学生で中学生は男女別々に分かれていました。  私の部屋はその隣でした。                                              事の始まりは夜中に腹痛を起こした私が                                     「 おーい 誰か 腹痛の薬を持つて来てくれ・・・ 」                               眠そうな顔をしてきたのは中3になる明子だつた。                                横になつていた私を起こそうとかがんだ時 露わになつた寝巻きの胸元から乳房が覗いた・・・・   思わず欲情し 腰紐に手をかけ解いた パラリとはだけた裸体には木綿の白いパンツだけだ     乳房はピンク色の乳輪をつけている 急いでパンツを脱がして足を拡げると女陰に舌を差し込んだ  突然 変貌した私の行為に驚いたのか 明子はなすがままだつた。                                                     まつたく男を知らぬ生娘であるのは歴然としていた。                             堅く口を閉ざした秘貝はなかなか口を開かず 私は両手を使い拡げると唾を流し指を入れて    かき回し 布団の下からコンドームを取り出し装着した。                           ジワリジワリとゆつくりと明子の中に沈めてゆく  苦悶の表情を浮かべながらも私にしがみつき  処女を捧げ様としている中学女子に堪らず果てて逝く私だつた。