昔、群れて生きる人類にとって、交流とは性交をすること


    
基本的に、人類は「群れ社会」の動物である。
人間の行動の全ては、生き行く事の恐怖心から始まっている。
    
食料の確保、外敵、傷病、全てが生き行く為の恐怖に繋がっているから群れて「共生」して来たのである。
    
人類は群れて生きる共生動物だからセッション(交流)が大事で、そのセッション(交流)の最たる形態的象徴が
    
性交を手段とする誓約(うけい)である。
    
誓約(うけい)のそもそも論は「対立の解消」にあり、その究極の証明形態が契(ちぎり/性交)に拠るコンプライアンス(要求や命令への服従)の実践で、
    
後に恋愛感情に発展する事は有っても初期の段階では恋愛感情とは全く別のものである。
    
   
 (中略)  
     
    
今日のスワッピング(夫婦交換)プレィと日本各地に存在した村落公認の「夜這い制度」におけるセックス・セッション(乱交)は筋が違う。
    
あくまでもこれは、集(つど)いて行為の時間を共有するセッション(共演/協議)である。
    
セッションには(協議や会議)の意味もあり、言わば「語らい」である所から、性行為を通じて親近感を醸成し「意志を通じ合う」と言う意味もある。
    
つまり「夜這い制度」や「寝宿制度」に拠るセックス・セッション(乱交)は、群れとして解り合える為の究極の手段なのである。
     
この国には、二千年の永きに渡り特殊な性文化が存在した。
    
元を正すと、縄文末期に日本列島に数多くの征服部族が渡来して縄文人(原住民・/エミシ族)を征服し、それぞれが土地を占有して小国家を打ち立てた。
    
その征服部族の出身が、中国大陸から朝鮮半島に到る極めて広域だった事から、被征服者の縄文人(原住民・/エミシ族)を含めそれぞれが対立したこの環境を、
     
武力を背景にした強姦や性奴隷化ではなく、双方の「合意に拠り創り出す知恵」が、誓約(うけい)だったのである。
    
太古の昔、人間は小さな群れ単位で生活し、群れ社会を構成した。
    
その群れ社会同士が、争わずに共存するには性交に拠る一体化が理屈抜きに有効であり、合流の都度に乱交が行われて群れは大きくなって村落国家が形成されたその事情が、仲間として和合する為の誓約(うけい)の性交を産みだしたのである。
    
弥生期初期の頃は、大きく分けても本来の先住民・蝦夷族(えみしぞく/縄文人)、加羅族(からぞく/農耕山岳民族)系渡来人、呉族(ごぞく/海洋民族)系渡来人の三つ巴、その三っも夫々(それぞれ)に部族集団を多数形成していた。
    
つまり最大の政治(まつりごと)は、それらの勢力の争いを回避する手段の発想から始まり、その和解の為の最も実効があるツール(道具)が誓約(うけい)の性交に拠る血の融合だった。
    
そしてその誓約(うけい)の性交は、新しい併合部族の誕生を呪詛(祈る)する神事と位置付けられて、主要な「祀(祭・奉)り」となった。
    
語呂合わせみたいな話だが、祀(祭・奉)り事は政治(まつりごと)であり、政治(まつりごと)は性事(せいじ)と言う認識が在った。
    
直前まで争っていた相手と急激に互いの信頼関係を構築する証としての方法は、性交に拠り肉体的に許し合う事をおいて他に無い。
    
つまり日本民族は、日本列島に流入してきた異民族同士が現地の先住民も巻き込んで合流し国家を作った。
    
    
    
  <引用元> http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=291357
    

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