美人妻の壮絶な生い立ち


私は結婚して6年の41歳、妻は35歳で、本人も意識して似せているほど深田恭子さんソックリの美人妻です。
私達は、今時珍しいお見合い結婚です。
7年前、30歳過ぎても独身の私と、アラサー独身の妻が無理やりお見合いさせられました。

私は、27歳の時に4年間付き合った女性にプロポーズして、まさかの振られを味わって以降、結婚への希望を失い、手近な人妻を次々口説いて不倫ばかりしていました。
一方、母子家庭で貧しかった妻は、その美貌と豊満な肉体を活かして、大物政治家の愛人をして、支持者への性接待もこなしていました。
27歳の時に政治家の政界引退で、妻も8年間の愛人生活に幕を下ろしたそうです。

「お前のような遊び人には勿体ないくらいの美人だぞ」
伯父の勧めで見合いして、見合いの席で驚いたのは妻の母親を見た時でした。
妻の母親は私の不倫相手の一人でした。
オロオロする私を見て、ニヤニヤしていたところを見ると、妻の母親は初めから私と知っていたようでした。
妻と二人きりになった時に、愛人経歴を聞かされました。
「男は、多分20人以上は知ってるかな。でも安心してね。相手が相手だけに生では絶対しなかったし、定期的に検査も受けていたから。」
と言われました。

お見合いから一週間後の初デートで、妻から、
「どうします?味見なさいます?私と母を比べてみますか?」
完全に全てが仕組まれたお見合いだと気づいて、覚悟を決めて妻とホテルへ行きました。
初めて見た妻の裸体は、思ったよりも豊満ではなくなかなかのスタイルで、ただ、乳房がDカップあるからそう見えたのだと気づきました。
妻は恥じらいも無く股を開き、
「かなり使い古されてますけど・・・・」
と言ったとおり、陰唇は割目からハミ出て灰色に近い紫でした。
陰唇を開くと、ピンク色の陰核はプックリ膨らみこれまた皮からハミ出ていました。
膣口の周りの小陰唇は、まるで花びらのように開いていました。
まるで人妻のような陰部をクンニするとたちまち濡れて、敏感そうに膨らんでいる陰核を転がせば、色っぽいこえで喘ぎ、
「クンニ、お上手ですね。母が言ったとおりだわ・・・あ、結婚してくれるなら、生でもいいですよ・・・」
母娘にロックオンされた私は、観念したように生挿入で妻を抱きました。
私の腰をグイグイ引き寄せながら、可愛い顔で大喘ぎして乳房をプルンプルンさせました。

妻は高校卒業直後に政治家に100万円で処女を捧げ、8年間で20人以上の大口支持者の慰み者になっていました。
毎週2,3回、金で男に若い身体を弄ばれ、凌辱し尽くされ、変形して変色した妻の陰部は、いろんな男の陰茎を咥え、掻き回されたのです。
吸い尽くされた陰核は、肥大してプックリと皮からハミでています。
妻の陰部をしゃぶる時、妻を慰み者にした男たちは、妻の陰部の味、ハミ出した陰唇の色、陰核の具合を覚えているのか、もしかしたら写真に収めていまでも楽しんでいるのではないか、などと思っています。
「23歳くらいまでは、セーラー服を着せられて縛られたり、輪姦されたり、写真を撮られたりしたわよ。ほとんどAV女優と一緒ね。素晴らしい出来だと言われてもらった写真、何枚かあるわよ。」
そう言って見せてくれた写真は、セーラー服がとても似合って本物の女子高生のように可愛い妻が、縄で足を青竹に縛られて陰部を全開にし、膣口に数本の花を生けられている「セーラー服マンコ生け花」や、全裸のまま大の字に縛られた妻に背後から立ちバックで男の巨根が突き刺さる「オブジェ風緊縛」など、こんな美形の女がなぜ?と思える写真でした。

そんな妻は、今では可愛い美人妻と評判です。
でも、夜は歪んだ変色陰部で淫乱に咲き乱れるのです。
そして、来年還暦を迎える義母も私の精液を欲しがるので、私は毎日休む時間が無いのです。
私の陰茎を取り合う母娘、そんな写真でも撮ってみようかと思います。

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