新式かもじ屋


 新式かもじ屋
  
 銀座松坂屋デパート階段下の休み椅子で、毎日々々蒼白い顔をして思案に耽ってゐるスマートな青年がありました。店内掃除人が階段を掃いては貯め、掃いては貯めるごみ箱を覗いてみては、ポケットから小型の手帳を出して何か書き止めてゐる様子が変なので、掃除人は流石に癪にさわりました。
「お前さん一体毎日何をしてるんで。此のわっしの怠惰表でも作ってるんですかい?」
 掃除人は言ひました。と、
「いや、いや……」
 青年はあわてました。
「そんなら……あゝ、うぬれ一体何をしてるんだ?」
 掃除人の眼は怒りに燃えたちました。今にも胸ぐらを取って表へ突き出しさうな見幕です。
「あッ、おぢさん待っておくれよ」
 そこで青年はそっと掃除人の耳へ唇をつけて囁くのでした。「……さういふわけなんだから、おぢさんがまんをしておくれよ」
 云って、掃除人の手に幾らかの銀貨を握らせました。
「な、なーる、こいつは面白い。で、何かい、お前さん、もう三越や、白木屋、松屋の方は済んだのだって……ウム、なーる!」
 掃除人の眼はだん/\細く、面白さうに好色的に変ってゆくのでした。
「よし来た、ぢゃ、今日からわしが代って一まとめにして数へてをいてやらう。太いのもあれば、縮れたのもあり、細いのもある、……此奴は面白い道楽だ!」
 と掃除人は得意になりました。
「だが、おぢさん、近頃は☓☓☓☓をはく女が多くなったんで、さう沢山は集らないぜ、いゝかい、百本で五円だぜ!」
 青年は再び掃除人の耳もとで小声で囁くのでした。
 青年は時代の尖端をゆくかもじ屋でございました。
  
  
   燎原社「エロス・セリーズ」昭和6年発行 から

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