俺は男だ!


人生にとって一時の成功が全てではないし、失敗も終わりではないと近頃は思うのです。
生きていれば色々な体験をするものですが、それらに真剣に向き合う事で初めて経験が自分のものとして人間の厚みになるのではないでしょうか。何処にでもありそうな下らない話ですが、薄っぺらに生きてきた私には貴重な勉強となりました。

私は、そこそこの大学を卒業し、全国区ではありませんが一様地元では名の通った企業に無事就職しました。
俗に人の言う苦労知らずの道を歩んでいたのだと思います。自分なりには挫折も味わったつもりですが人に言わせると、そんなのは世間知らずの甘ちゃんだと冷やかされてしまいます。
人の痛みは10年でも我慢出来ると言いますが、私もそんな感覚で自分の悩みは大した物で、人の悩みは小さな物にしか感じられない俗物なのだと自覚しています。
そんな私が25歳で3年後に入社した今の妻と職場結婚したのです。
入社当時の妻は野性的な美人でありながらも、個性的な雰囲気がその風貌をより強いインパクトにし、男性社員からかなり人気がある存在でした。
職業柄、女性社員の多い職場で、これ程人気の出るのも珍しい現象でしたが、私は私でまぁまぁの容姿で遊び人でしたから、派手なのがいるなと思うくらいにしか思わず、それほど気に掛けるでもなく過ごしていました。
彼女は多数の男性社員からデートの申し込みを受けていたようですが、食事を付き合う程度で誰とも真剣な交際に発展せず、身持ちの堅い女で通っていました。振り回された男達が高ビーな女だと悔し紛れに言って回っているのを耳にした事も何度となくあります。
その結果が、今の私の変わった幸せ?に結び付くのですが・・・・・
しかし、ここに至るまでに、これまでの人生観が変わってしう経験をしてしまうのです。

妻とはあるプロジェクトで同じチームとなり残業続きで帰りが遅く、
一緒に食事や飲みに行く機会が増えた事でお互いに親密になって行き
ましたが、私にとってはガールフレンドの一人にしか過ぎません。
ましてや同僚達が言うように身持ちの堅い女なら、それ以上の深入りは私が恥を掻くだけと思い、ある程度の距離を取るのが賢明だろうと
思っていたのです。私はプライドだけは高いものですから。
そんなある日、珍しく酔った彼女の口から意外な言葉を耳にします。

「私は貴方にちょっと興味が有るんですけど、先輩は如何ですか?」

「えっ?僕に?」

「・・・そうです。何か不良ぽっくて、でも仕事をしている時は真剣で、アンバランスな所に魅力をとっても感じます。
今迄いい男はいっぱいいたけど、先輩みたいな人は凄く年上の人にしかいなかったわ」

さりげなく言ってのけるのです。
まさか彼女からそんな事を言われるとは思ってもみなかったので、かなり驚いたのでした。
若かった私は怖いもの知らずで、納得の行かない事であれば上司にも食って掛かるのも日常茶飯事、その代わり仕事には真摯でした。
当時そんな若者も少なかったので、女子社員に支持されたのだと思います。この時の妻も異質な雰囲気が気に入ったのかも知れません。
気の強そうな顔をしているだけあって、こんな時は積極的なのでしょうね。
それでも私は男です。
「それは光栄だな」等と格好を付けていましたが、鼻の下は伸びていた事でしょう。
男ですから、そんなことを言われて嬉しくない分けはありませんが、これを機に交際したいとも思わなかったのは、それなりに交際相手が多かったからだと思います。
意識していた訳ではなかったのですが、そんな態度がクールに映ったのかもしれません。
それが女心を掻き立てると計算はしていませんでしたが。

それからと言うもの、彼女からお声掛りが頻繁で、それまでのガールフレンド(セックスフレンド)とは少しずつ疎遠にならざるおえません。
そんな彼女の押しに負け、付き合いが始ると同僚達のやっかみも多かったですが、それは私のプライドをくすぐるものでしかありません。
しかし彼女への風当たりもそれなりで、庇うのに一苦労したのを思い出します。
そんな事もあって、結婚を機会に退職させました。と言うよりは、夫婦での勤務は認められずらい古い習慣がある職場であったのが大きな理由でしたが。
少し早い結婚ではありましたが、同じ年齢の他会社に務める者よりも少し給料も良く、贅沢をしなければ食べて行けるだろうと思い決断したものです。
それでも、厳しい生活だったなぁ、あの頃は。
何年も経たないうちに2人の娘にも恵まれ、それなりに幸せでしたが予想以上に勝気な妻の性格に手を焼き幾度と無く、離婚になりそうな喧嘩もしたものです。
何せ予想はしていたのですが、こんな凄いのは経験がありません。
何とも表現のしようがないのです。
それは私が世間知らずだからと言われれば二の句も出ないのですが、とにかく参ったのは、どんなに私が正論を言おうと自分の考えを絶対に曲げない事です。
今となっては妻からのアプローチではなく、私が熱烈に言い寄ったのが結婚の理由だと当り前のように言ってはばからないのです。
一事が万事この調子ですから想像して頂ければ御理解い頂けないでしょうか。一般的にそんなものですかね?
理論的に話しても理解しようとしない態度は、宇宙人と暮らしているのかと思ったものです。
そんな妻との生活ですが、それなりに幸せも感じていた私は、遊び人の面影もなく平凡な生活を送っていたのです。
何せ結婚事態経験がないので、こんなものだろうと思い込んでいたものでした。
妻の強気な性格が私には苦痛に思える時も多々ありますが、幸せそうな顔をしている他の夫婦も裏側までは分かりません。
性格的には合わないかもしれないが、人前に出して自慢の出来る容姿を持っている妻はそうはいない。
私は人生経験が浅かったのでしょうね。そんな事で自分を誤魔化していました。
しかし妻はそんな生活だけでは、満足していなかったようです。
ある日、妻が専業主婦に飽き足らなくなったのでした。

「貴方。仕事を始めてもいいかしら?千秋が勤めてる会社で人を募集してるの。貴方が良かったら社長さんに推薦してくれるって」

千秋とは妻と同期で入ってきた社員で、やっぱり結婚を機に退職した女性ですが、その後離婚し1人で子供を育てている妻の今も続く友人です。

「仕事かぁ?生活に困っている訳じゃないんだ。生活に歪が出来るようなら認められないぞ」

「大丈夫よ。残業はないって。5時に終るからどんなに遅くても6時には帰れるわ。それから夕食の用意をしても、充分に貴方には迷惑を掛けないと思うの。ねぇ、子供達も手が掛からなくなったしいいでしょう?
私このまま糠みそ臭くなりたくないの。御願い。いいでしょう?」

その頃、まだ娘達が2人とも高校生です。短い時間の仕事ならまだしも、9時から5時迄のフルタイムなら影響はないのか?
女は家の中の仕事をしていればいいとは言わないまでも、古臭い考え方がないと否定は出来ません。

「子供達の世話は如何するんだ?」

「あの子達には、もう許可を得てるの。かえって私が四六時中居ない方がいいみたいよ。勿論、誰にも不自由はさせないわ。だからいいでしょう?」

それ迄、習い事のサークルに参加したり、娘の学校の役員をしたり、積極的に社会に関わって来てはいたのですが、上昇志向の強い彼女には
物足りない生活だったのかも知れません。
確かに子供達は高校生ではありますが過度の干渉はしないが、全ては自己責任と言う教育が行き渡り、問題を起こす事もありませんでしたし、親にも好きにしたらと言う態度でした。
こんな子供達に育てたのですから、今迄よくやってくれていたのでしょう。それを思うと私は今迄通り家庭を守っていて欲しかったのですが、妻の望みに反対する事が出来ませんでした。
勤め始めた妻は生き生きとし、私が内心では反対した事を申し訳なく思いもしました。
約束通り、帰ると食事の用意も出来ていて、今迄と何も変わりない生活を送る日々でした。
それから1年程経って、微妙な変化が訪れます。

勤めてから暫らくは私より早く帰り、夕食の用意もちゃんとして、職場での話しも私が煩いと思う程していたのすが、1年位経った辺りからあまり話したがりなくなりました。
私が妻の職場の話を振っても、曖昧にはぐらかすのです。
それどころか、帰宅時間も遅くなる事が増えてきたのです。
私も早く帰れる方ではありませんが、それよりも遅い事がしばしばす。
当然、夕食の用意もしてありません。
子供達が不満を漏らすのも無理ないでしょう。
遅い帰宅時の妻は、私と目を合わせる事を避けるようにまず浴室に向かいます。
『何か変だな。何か有るかもな』当然、疑念が湧き起ります。
ある時、堪りかねた私は妻に問い掛けました。

「初めの約束と違うんじゃないのかな?仕事をしていれば遅くなる事もあるだろう。しかし、こう頻繁では。
子供達が文句を言うのも当り前だと思う。家事に差し支えるようなら考えてもらわないと」

私の問いに、妻は勝気な性格を垣間見せます。

「私はこれでも会社で重宝がられてるの。言っちゃなんだけど、その辺の無能な男よりは仕事が出来るのよ。
確かにこの所遅くなる事が多いけれど、子供達にはちゃんと連絡してあるわ。
貴方だって妻が会社で必要とされていのを喜んでくれてもいいじゃないの」

そう言う妻の顔は、般若の面を連想させるものなのです。
こうなると何を言っても水掛け論になってしまい、気まずい思いをするだけでしょう。
これまでに何度となく経験してきた妻の嫌な一面です。

「・・・約束は約束だ。なるべく早く帰って来いよ」

「貴方に言われなくても分かってるわよ!」

気が強いのにも程があります。何時もこの通り自分の意見を曲げません。
情けない話し、私はそんな妻と議論するのが嫌で大半の事は避けていました。
何処の夫婦もこんなものだろうと自分に言い聞かせて来てはいましたが、これからの長い夫婦生活を考えるとストレスとなっていました。
私もけっして温厚な方でなく、どちらかと言えば我侭なだだっ子だと自覚しています。
『この結婚は失敗だったかもしれない』
こんな時、心の片隅を占める正直な気持ちです。何度そんな事を考えただろうか?
子供達には申し訳ないが、自分達の考え方の違いも語り合えないで、このまま時が経てば必然的に会話のない冷たい関係になってしまうのではないだろうか?いや、もうそんな夫婦なのかもしれません。
それが子供達にとって本当の幸せなのだろうか?
しかし、私の疑念は少しだけ晴れたような気がします。幾らなんでも、妻が不倫に走っていたなら、あんな言い方は出来ないだろう。
甘いですか?甘いですよね。私もそう思います。
でもその時は、それならそれでいい。その時は私の腹は決まっている。
そうなのです。私はこの結婚を失敗だと、もう心の中では結論を出していたのです。
私には少し抜けているところがあっても、もう少し優しい女性が合っているのだと思っています。
私はある決断をしていました。子供達が高校を卒業したら、離婚も含めたこれからの話し合いを持とうと。

私のそんな考えを見透かすように、次の日は私が帰宅すると妻は既に家に居て、珍しく頭を下げてきます。

「貴方、昨日はあんな言い方して御免なさい。悪いとは思っているの。でも、私は素直に認められないのよ。
分かっているんだけど出来ないの。貴方に嫌な思いをさせてると思うわ。本当にごめんね。
それで、昨日の事なんだけど、なるべく残業はしないようにする。今日、部長に御願いしたら了解してくれたの。
でも水曜日だけは残業してくれって。貴方、週に1日だけは許して」

そんな妻の態度に面食らった私は、またしても妻のペースに乗せられてしまいます。

「週に1日くらいならしょうがないな。後の日は俺にはまだしも、子供達の事はちゃんとやってくれよ」

「分かっています。任せてちょうだい。貴方は仕事に打ち込んでね」

週に1度残業で遅くなる。それを許可した私。
もしも妻は私が疑念を抱く様な事をしているのなら、それを了解したのも同然でしょう。
間抜けな話しです。しかし、水曜日の残業と指定されたのなら、証拠を掴むのも容易になったのが事実です。
まあ、機会が来たらそうしよう。疑念がまた頭をもたげますが面倒臭いのです。
離婚と言う言葉が頭に浮かんだ時から、何事にもこんな感じで後回しにしてしまいます。
こんな私に、あの妻はどんな感情を抱いているのでしょう。
きっと、面白みのない情けない、ものぐさな男と映っている事でしょう。
でも初めからこんな男だった訳ではありません。私も言う事は言っていたのです。
しかし、その結末が私の望んでいるものとは違い、気持ちが疲れてしまったのでしょう。
こんなところを他人が見たら、きっとうだつの上がらない駄目亭主に映るのだろうなと思います。
子供達にも、もっと男らしく遣り合えばいいのにと言われるほどですもの。
でも疲れた。本当にそんな事に疲れた。
何時かそんな時が来たら俺も男だ。きちんと落し前は付けると思っていても、中々そんな時は訪れませんでした。
いや、そんな時もきっと逃げてしまうのだろうとさえ思ったものです。

妻の残業の水曜日がやって来ました。
やはり、帰宅は私よりも遅いようです。食事は娘達が用意してくれるので困りはしません。
私は帰宅後の妻の様子を細かく観察してやろうと思っています。
10時をとうに回って妻は帰宅しました。
やはり、私には視線を合わさず浴室へと向います。

「食事はすんだのか?少し話しでもしないか?帰るそうそう風呂でもないだろう」

「後にしてくれる。汗を掻いて気持ち悪いのよ。シャワーを浴びてくるから少し待ってて」

「そんなに汗を掻く季節でもないだろうに」

私は妻に疑われているんじゃないのかと思わせたかったのです。
どんな表情をするだろうか?

「そんな事言ったって、気持ち悪いんだからしょうがないでしょう。
すぐに出るわよ」

妻はその時も私と視線を合わせようとはしません。
シャワーから上がった妻に職場の事を聞くと、やはり余り話したがりません。
勤め初めと違い、今は仕事は楽しいけれど、それだけ責任も持たされて家庭では仕事の話しはしたくないそうです。
男が言うような事を言っています。それにしても、勤めて1年足らずでそんなに責任のある仕事を任されるもなのか?
会社にも色々あるでしょう。ましてや、妻の務め先はそんなに大きな会社ではありません。
自分で言うように、男以上の仕事をするならそんな事もないとは言えませんが。
でも私は疑っています。
そんな目で妻を見ているのですから、それからも言い争いは幾度かありました。

あからもう4年が経ちました。
娘達も大学に通うようになり、私が以前から心に決めていた時期が来ているのです。
妻はと言うと、娘達に手が掛からなくなったのをいい事に、週1回の残業の約束を全く守らなくなっています。
その事を切欠に、妻と互角に向かい合う覚悟を遂に決めました。
残業で遅くに帰宅した妻に私は声を掛けます。

「もう、仕事を辞めてもいいんじゃないのか?俺ももういい年だ。家に帰って自分で食事の用意をするのはきつい。
約束通りに週1回の残業で済まないなら仕事は考えてくれないか?」

「食事の用意なら、あの子達にしてもらえばいいじゃない。あの子達ももう大人なんだからそのくらいさせてよ」

「あいつらにも事情があるだろう。バイトで遅かったり、勉強も忙しい。そう毎回頼んでもいられないよ」

その時妻は言わない方がいい事を口にします。

「そんなに私が仕事をするのが嫌なら、別れてもいいのよ。子供達ももう大学に入ったし理解してくれるわ。
私は離婚してでも仕事を続けたいの」

「そうか。俺達の生活よりも仕事がそんなに大切か。分かった。考えてみるよ」

「えっ?」

妻は私がこんな反応をするとは思ってもいなかったのでしょうか?
さすがに私の目を唖然とした表情で見返しました。
私はそんな妻を無視して寝室に向かいます。
私の表情は妻とは逆で、満面の笑みが浮かんでいる事でしょう。
私から言わなければならない事を妻が口にしたのです。私は何一つ面倒な事をしなくていいのです。
もし、このまますんなり離婚となっても、慰謝料だの何だのと煩わしい事もあるでしょう。
その時は、少しでも有利な立場に越した事はありません。
妻が私が疑っているような事をしているのなら、証拠を掴む事も必要です。
その事については、1ヶ月前に興信所に頼んであります。1ヶ月分ともなれば、かなりのお金も掛かりますが、そのくらいのへそくりは持っていました。
多額の慰謝料を払わずに、まして相手の男から慰謝料を取れる事を考えると安いものでしょう。
私は翌朝、何か言いたげな妻を避け出勤しました。帰りに興信所に寄るのが楽しみです

仕事もそこそこに定時で退社した私は興信所の椅子に座っていました。こんな場所に居る事が心臓をバフバフさせています。
その結果は、残念な事にと言うのか、予想通り見知らぬ男とホテルに入るところと、出て来た現場が写真に写されていました。
セックスの現場が映っている訳ではないのですが、妙に嫌らしい写真なものですね。
妙に腹が立つのを不思議に思います。私は非常に不愉快にな気分です。

「この男は、奥様の会社の部長です。当然この年ですので妻子持ちです。まあ、ダブル不倫と言う事ですか。
言いにくい事ですが、大分前からの関係なようですよ。詳しい事は調書に記載されておりますので」

調査員は淡々と話します。こんな事は日常茶飯事なのでしょう。
私は不思議と笑みがこぼれました。しかし、その笑みは妻が離婚を口にした時とのものとは違い、背中に冷たい汗が流れるような不快なものです。
きっとプライドの高い私は、この調査員の前で冷静な男を装いたかったのでしょう。
思い通りの結果でしたが、何故かショックなものです。それも思いの他大きなものでした。
こんな感覚を覚えるとは思ってもいなかった。何処かで、妻の事を信頼していたのでしょうか?
そんな事はありません。私は可也前から疑念を抱き、そのまま何もしないでほったらかしにしていたのですから。
私の食事の仕度も週に半分もしない、夜の営みも妻が残業を口実に帰りが遅くなるようになってから、片手にも満たない位しかないのです。
疑わない方が可笑しなものですよね。
それでも私は妻が不倫をしていようがいまいが、如何でもいい事だったはずです。
そんな生活でしたので、私も出入り業者の女性社員と飲みに行ったりして楽しんでいました。
深い関係では有りませんが、これからの人生を共に過してみたいと思う女性です。離婚歴はありますが、子供は居ない30歳をとうに過ぎた人です。
年よりも若く見え、可愛らしく、何せ性格が明るい。
一緒に居て気持ちの暖かくなる女性です。
妻と別れた後は、この人と真剣に付き合いたいと思うのです。
そんな感情が、吹き飛んでしまう程の感情が湧き起ろうとは、全く思ってもいなかった事でした。
気持ちを落ち着かせるために、目に入った喫茶店に入りました。
あれこれ考えていると、気持ちも大分落ち着いて、冷静になる事が出来ました。
私の出した結論はこうです。
男である以上、幾ら予想はしていたとは言え、妻の浮気の現場を目の当たりにすれば、それなりにショックを受けるのは当り前。
確かに妻には物足りない夫であったかも知れないが、私は独身時代とは違い、何一つ家庭に後ろ暗い事をしなかった。
それなのに、私を甘く見て裏切り行為をこんなに長く働いていた妻への怒り。
当然、共犯者への怒りもあるのです。
結局私は内面が良すぎたのです。会社ではそれなりのポジションで充分に厳しい檄も飛ばします。
そんな私を甘く見て馬鹿にした妻達に、プライドを傷つけられた事への怒りが納まらないのでしょう。
ただ離婚するだけでは済まさない。私が負った傷以上のものを相手にも味あわさなければ納得出来ません。

帰宅すると、昨日の強気な私の態度が気になったのか妻が先に帰っていました。
妻が激しい言葉を口にした次の日に限って、帰宅が早いのは、相手の男の入れ知恵なのかも知れません。
前日の私との出来事を、不倫相手とどんな顔で話し合っているのでしょう?
そうだとすると、私に不倫が知れるのを恐れているのでしょうか?
と言う事は、相手も家庭を壊す気持ちはないのだと推測出来ます。
妻はそれを承知で付き合っているのだとしたら、また同じ考えなのでしょうか。
ただ、どんなシュチュエーションで、前日の私との出来事を話し合っているのでしょう。
ベッドの上でなのか?まあ、勝手にしてくれと言うしか思い浮かびません。

「お疲れ様でした。今日は残業しないで早く帰って来ちゃった。ねえ貴方。昨日言い過ぎたわ。ごめんなさい」

妻は素直に謝罪して来ます。
何時もはこの妻のペースに乗せられてしまう私ですが、今日はそうは行きません。
しかし、昨日別れてもいいような口振りだったのに、何で一夜でこんな事を言い出すのか。全く面倒くさい。

「幾ら夫婦でも、昨日のあの場では言うべきじゃなかったな。お前は感情に任せて軽く口をついたのかも知れないが、
受け取る俺はそうではなかったよ」

内心私は困っています。昨日の続きの話しなら、なんぼか気楽なのに。
そんな私の気持ちとは裏腹に、妻は神妙な表情で俯き加減に答えます。

「本当にごめんなさい。私も仕事で疲れていたものだから、つい感情的になってしまったわ。勿論別れるつもりなんかないの。
私にとって貴方は仕事より大切な人だもの。反省しています」

何が仕事で疲れていただ。男との戯れで疲れたのだろう。この神妙な顔も、裏では舌を出しているに違いない。
結婚後、自分の性格の甘さで妻に舐められて来た。例え浮気をしても、この馬鹿亭主なら気付かないと高をくくっていただろう。
確かに私は事なかれ主義の一面もある。しかし、ここ一番ではやる事はやる男でもあると自負している。
だから会社でも今の地位に居るのだ。

「仕事を持っている以上、疲れもするだろう。それだけ責任のある仕事を任されているのは、俺にとっても嬉しいよ。
だけど、俺の収入で何とか食っては行ける。子供達の学費だって、大変ながらも如何にかなるはずだ。
贅沢は出来ないが暮らして行けるだろう?違うか?それが、お前の仕事で家庭がおかしくなって行くのは話が違うと思わないか?
ところで、そんなに疲れる仕事ってどんな仕事だ?」

この時、妻の表情が硬くなったのを見逃しません。
私は、会社での面接試験にも参加しています。
人の表情を見るのは、ある意味プロなのです。

「・・・どんな仕事って・・・・・」

「お前は会社の事を話したがらない。俺も本当に疲れた時はそうだよ。だけど、愚痴の一つも言いたい時もある。
だって、俺の事を本当に理解してしてくれているのは家族だろう?だから愚痴も出るんだよ。
お前はそれすらない。お前には家族以上に理解してくれる人間がいるのか?だから仕事の愚痴の一つも漏らさないのか?
その人が、全て聞いてくれるのか?」

この言葉に、妻の表情がますます硬くなって行きます。
半信半疑ながらも、浮気している事がばれたのではと思っているのでしょうか?

「そっそんな事はないわ。・・・ただ仕事で疲れて帰って来る貴方に、私の愚痴を聞かせるのが申し訳無なくって」

物は言いようです。何時もなら、ここで『そうか、分かった』と引き下がるところです。
だけど今日は違うぞ。いや、待てよ。一寸からかってやるか。

「そうか、分かった。気を使ってくれていたんだな」

妻の表情に明るさが戻ります。馬鹿め。

「そうなの。私は私で気を使っているのよ。そりゃあ愚痴を溢したい事だってあるわ。だけど、そんな事してたら貴方に仕事を辞めろって

言われかねないし」

「久し振りに話してみろよ。今日は幾らでも聞いてやる。アドバイスできる事が有るかないかは分からないが、これでも
俺も管理職の端くれだ。参考になる事があるかも知れないぞ。俺から辞めろなんて言わない。お前がどんな責任のある仕事を任されて、どんなプレッシャーに耐えているのかが知りたい」

私は底意地が悪いとは思っていません。しかし、その日はは妻をタップリと意地悪く甚振りたくなりました。
妻は言葉に詰まります。当然でしょう。そんな責任を持たされた仕事等していないのでしょうから。
きっと妻の頭の中は、どんな言い訳をするかでパニックになっているのではないでしょうか?
生半可な答えなら、私の突っ込みがある位分かっているはずです。

「・・・・どんな仕事って・・・色々有って一口では言えないわ。確かに貴方と関係した仕事だけど、私の居る会社は
大きくないから雑用も含めて大変なの」

「ふ~~ん。人数の少ない会社は大変だよな。それは疲れるな。あんな時間迄、責任のある仕事を任されているのに雑用をさせられたらそれは疲れる。帰ってから直ぐにシャワーを浴びないといられない程汗をかくのもこれで分かった。
話してくれると色々と不思議に思っていた事が理解出来た。なあ雅子。たまには夫婦の会話も必要だな。
正直に白状するとな、俺はお前が浮気しているんじゃないかと少しだけ疑っていたんだよ」

妻の顔がその瞬間険しくなりました。人間は本心を突かれると怒り始めるものです。

「貴方、私をそんな目で見ていたの。確かに仕事はしたかったわ。専業主婦は社会から遠ざかるのよ。
近所の奥さん達だって、話しと言えば子供のことばかり。嫌になるわ。でも、少しでも家計の足しになれば、貴方にいい服だって買ってあ

げれるし、子供達にだって・・・・・そんな事を思われてたなんて・・・・
私悔しいわ。私、貴方を信頼出来なくなっちゃう・・・・」

終いの方は涙声にさえなっています。役者です。私の思っていた以上の役者です。
妻は何時からこんな事が出来る女になったのでしょう。
私に言い寄って来た、あの若い雅子がもうこんなに役者だったのかも知れません。
内心自分の浮気が発覚したかもと思っていたのかも知れませんが、今はその恐怖から開放されているのでしょう。
女は本当にしたたかな生き物なのでしょうか。私は女の本性が今でも分かりません。

「それは悪い事をした。申し訳ない。本当は反省してないよ」

私も腹の中で舌を出しました。

「・・・・分かってくれて・・・えっ?何ですって?」

妻が一瞬呆気に取られた表情を見せました。

「うん。反省してない。俺は今の生活に嫌気がさした。仕事を取るか家庭を取るかどっちかにしろ。二つに一つだ。それ以上の選択技はない」

私は、今の男と子供を含めた私達の生活のどちらを取るのだと聞いたのです。
その真意が妻に伝わったかは分かりませんが。切り札はまだ使いません。
まあ、私的には妻の選択は一つしかないのです。家庭を選んだとしてもこの家に妻の居場所等ないのです。
気分は良く有りませんが、男と今の仕事を選んだ方が幸せなのかも知れません。
しかし、男が誠実な人間ならと言う条件が付きますが。
私は、相手の人間性をこの時は何も分かっていません。
そんな事は如何でもいい事で、今はじっくりと御話しさせて頂きましょうか。
女房の尻に敷かれていた人生を、ここらで逆転と行きましょう。

「どっちかにしろと言われても・・・・・私には今の仕事も大切だし・・・・」

妻は言葉を詰まらせています。
当然でしょう。部長とやらとこんな関係になって何年経つのか?
男と女がこれ程長く関係を持って、そう簡単に切れるものではないでしょう。
愛が有るのか如何なのかは別として、それなりの情はあるものだと思います。
常識的に愛情がない男と、こんなに長く続くなんて考えられない事です。

「俺は昨日のお前の言った言葉が忘れられない。仕事を捨てられないなら別れるしかないんじゃないか。
だって、今の俺は独身と何ら変わりがないじゃないか。確かに、お前の収入分だけ生活が楽なのかも知れないが、その分俺達の生活は如何

なんだろうか?子供達に手が掛からなくなって、二人だけの時間がたっぷり持てるものだと思っていた。しかし、今の状況は全く逆だ」

私も興信所の報告書を叩きつければいいものを、ぐたぐたと何を言ってるのでしょう。
自覚はなかったのですが、きっとサディストなのかも知れません。
じわじわと妻を甚振りたいのか?
それとも、『愛しているのは貴方だけ』なんて言葉を期待しているのでしょうか?

「・・・別れるしかんないって・・・そんな事言われても・・・・」

妻は何を焦っているのでしょう?
今だって、男と逢いたくてしょうがない気持ちを抑えているだけなのかもし知れないのに。

「お前が言い出した事じゃないか」

「・・・・それはそうだけど・・・・本気で言った訳じゃないの。貴方だって私の性格位分かっているじゃない。
かっとすると思ってもない事が口から出ちゃうのよ。だから今日こうして謝っているんじゃないの」

何を言いやがる。心にもない謝罪なんて意味がありません。自分勝手もいい加減にしてもらいたい。

「別れるつもりはないと言う事か?」

「えぇ、そんな気持ちはありません」

「それなら仕事は辞めるんだな?俺は仕事か、家庭かと言ったはずだ」

「・・・・・・・・・」

「俺とは別れないけど、仕事は続けたいと?」

「・・・えぇ、そうしたい・・・」

全てを知っている私には、妻の言い分が勝手過ぎて腹が立って来ました。我慢の限界が来てしまいます。

「俺とも別れたく無いし、男とも別れたくないと?随分勝手な言い分だ。二兎追う兎は一兎も得ずと言うぞ。
お前は大丈夫か?さようならだな。話しはこれまでだ」

私は妻が用意した食事にも手を付けず、一人寝室に向かいました。

「貴方!貴方!何を言ってるの!」

背中に妻の声が聞こえましたが無視です。
ベッドの上に身体を横たえ、これから如何なるのかと考えます。このまま、すんなり事が進むとは思えません。
『面倒臭いな』
それにしても妻が後を追って来ません。
普通こんな場面では私の後を追って来て、真意は何かを問いただすのではないでしょうか。
その時の為に、興信所から持って帰った報告書を用意しておこう。
しかし、それをカバンごと居間に忘れて来てしまっています。
しょうがなく私は居間に戻りました。
音を立てずに引き返したつもりはなかったのですが、ドアの向うで妻が誰かとの話し声が聞こえて来ます。
話しに夢中なのか、私がドアを一枚挟んでそこに居るのも気付かないのか小声で話してます。
相手は不倫相手の部長でしょうか?
私は聞き耳を立てました。

「・・・・だから何か感ずいているようで・・・・そんな事言ったて・・・・・言ったじゃないですか。
こんなに遅く帰る日が多いと幾ら家の人でも疑い出すって・・・・それはそうですけど・・・・
えぇ・・・何とか誤魔化しますけど・・・・」

やはり電話の相手は部長のようです。
私の言葉に不安になって相談の電話を掛けたのだろうと思います。
『馬鹿共が。何が幾ら家の人でもだ』
腹も立ちますが、いい転回でも有るのです。
私はそっとドアを開けました。
妻は私に背を向ける体勢で携帯を握って、すぐには入って来た事に気付きません。
余程話しに夢中なのでしょう。
私はカバンを取りに進みます。やっと、私の存在に気付いた妻は慌てて口調を変えます。

「あっ!そっそれではまた連絡いたします」

「仕事の電話か?忙しいんだな」

「そっそうなの。嫌になっちゃうわ。家にまで電話なんかして欲しくないのに」

「仕事をしてるとしょうがないよ。だけどお前から電話する事もないだろうに。本当に仕事が出来る人間のする事じないと思うぞ」

「私から電話なんてしてないわよ。貴方何を言ってるの?」

私は妻に近づきます。履歴を消してしまう時間を与えたくありません。
もう、先送りはよしましょう。
妻が持っているピンクの物体に手を伸ばします。

「ちょっと何なのよ!」

素早い私の行動に妻は付いてこれません。
妻の携帯は私の色違いです。表示の仕方は分かっています。
思った通り、履歴は妻から男に掛けたものです。
私は妻の目をじっと注視し送信ボタンを押しました。

「あっ!」

妻が素っ頓狂な声を上げますが、そんなのは無視です。
妻の携帯を使ったのですから、当然相手は無用心です。

「如何した?細かい話しは明日にしてくれないか」

「明日はないよ」

思わぬ声の主に相手は返事も出来ないようです。
私もこんな時には勇気が要るのです。足に震えを感じました。

こんな時に勃起してはいけない事はよく分かっていたのですが隠せるものではありませんでした。
妻が私を興奮させるために話したのか、いつか話そうと思っていてそれがたまたま私を興奮させたのか・・。

「・・・・すごい、いっちゃった・・・」

オルガスムから戻ってきた妻が、いつもよりも重そうに身体を起こします。

両肘をついて上体を起こして、いくときにきつく私の頭を挟み込んだ太腿を緩めました。
私はまだうつ伏せのまま、妻の股間でクリトリスに吸い付いたまま、勃起を隠していました。

「・・・・・」

つい今しがた2人が口にした言葉の数々が波紋となって少し長い沈黙を作りました。

「・・・ねえ、怒ってない?」

「大丈夫・・・。」

「ごめん・・・」

「正直に言ってくれたから・・・」

「ごめんね」

「ううん・・・」

妻は興奮に駆られて明かし過ぎた、過去の浮気の告白を少し後悔しているような雰囲気でした。
私も同じでした、調子に乗ってあれこれ聞き過ぎました。
聞きたかったのは事実ですが寝取られて興奮する性癖は内緒にしておきたかったのです。
どうしても、あの会話の後で急に勃起したことを隠したくて、うつ伏せで収まるのを待ちましたが、こんな時に限って一向に萎えません。
妻のクリトリスも大きくしこったままです。

「アアン・・吸わないで・・また感じてきちゃうって。
今度は美歩が舐めてあげるね。
ほら仰向けになって。」

私の頭を置き去りにして、私の脇に移動しました。

「いいよお、もう疲れたでしょ。」

「大丈夫、大丈夫、ほらァ・・」

妻は妻で、照れ隠しのような気持ちもあったのかも知れません。
ああ、言い出すタイミングを失ってしまった。
私が勃起しているのを知って妻はどう思うのだろう。

「ほーらー、早くー。
もう、コチョコチョ。」

脇をくすぐられて、思わず、うつ伏せから側臥位のようになってしまいました。

跳ねるように飛び出した私の勃起が、妻の目に写りました

「あれ?たーくん立ってるー?」

「・・・・」

「すごーい」

「・・・うん・・・」

妻は私のリアクションが悪いことの理由が初め分からなかったようでした。
そんなに隠すべきではなかったのかも知れません。

発見したときの無邪気に喜ぶような表情が、意味を計りかねたような顔になりました。
そして次の瞬間、状況の意味が妻の頭の中で繋がったようでした。
それまで見たこともないような顔をしました。

「・・・ふーん・・・」

「・・・・」

「ねえ、たーくん、それってさー・・」

「・・・別に・・・・違うよ・・・」

「ねえ、そういうの好きなの?」

「・・・そういうのって・・・別に・・・」

「そういうのたーくん好きなのかなって思うことあったんだけど。」

「どういうのか分からない・・・」

「分かんなくないよー・・・
たーくん、美歩が西脇君と浮気したときのこと話したのが凄く興奮したんでしょ?」

「そんなこと無いよ、やだもん。」

「えー、だけどちょっと、・・・・やっぱりって感じかも。」

ついさっき謝る側だった妻が今度は私を追及するような雰囲気になってきました。
この時開き直ってしまえれば良かったのですが、またしても出来ませんでした。
苦しい言い訳で状況を悪くしていました。

「たーくんがいいならいいけど・・・でもなんか・・」

そうこうしているうちに、勃起はいつの間にか消え去っていました。
妻もそれ以上は言わず、

「とにかく勃ってよかったね。
美歩心配しちゃってたもん。
明日は出来るかな。」

そんなことを言いながら寝てしまいました。
出来ればもう一度フェラで立たせて貰い久しぶりに挿入したかったのですが、妻は自分がいってしまうと、挿入に対して急に冷淡になります。
フェラもいつの間にか、なしになったようです。

私の頭の中では、何度も繰り返し

「生でいれられた・・・すごかったのお・・」

という妻の言葉がこだましていました。

思い出せば、彼女が浮気した後のサークルは本当につらいものでした。
相手は頻繁に顔を合わせる同学年の男です。
もともと、同級が20人もいる人数の多いサークルですし、西脇とは会えば「やあ」などと挨拶する程度の関係でした。
西脇から何か言ってくるわけでもなく、自分から何か言い出す事も出来ませんでした。
言い出せたとしても、一体何と言えばよかったのでしょう。
レイプでもなく彼女が浮気しているのですから、私には西脇を責める資格があるかさえ疑わしいものでした。

しかし、美歩と私が付き合っていることは西脇も含めサークル内で誰でも知っている事だったので、さすがに、西脇も言いふらしたりはしなかったのかも知れません。
ただ、飲み会の後で西脇と2人で消えた美歩が、西脇にやられたであろう事はすぐに噂になり、誰もが知っていたのだと思います。
西脇も親しい友人に聞かれれば、口止めしながらも答えたのでしょう。

ある日、私の親友に「美歩ちゃんと別れないの?」と聞かれ、ああみんな知っているんだ、と実感しました。

そう、別れなかったのです。
別れられなかったのです。
初めて付き合った女性です。
初めてセックスしたのも彼女でした。
愛していました。
ここで別れることは負けを認めるているような気がしました。
こんなに好きなのに、たった一回の酒の上での過ちのために、彼女を失うことは出来ない。

しかし実際は、そのたった一夜のセックスで私は限り無くみじめでくやしい思いをしました。
巨根で遊び人の西脇に彼女をやられちゃった男。
それでも、別れない未練がましい男。
そう自分を卑下しながら、彼女と別れられないでいるのでした。

そして、そのたった一回の浮気は、何千回も私の頭の中で繰り返されました。
ありとあらゆる体位で美歩は西脇に犯され、犯される彼女は思いつく限りの淫らな言葉を吐き、私を狂おしい嫉妬で苛みました。
そして数え切れないほど私はオナニーをしました。
みじめな学生生活でした。

「明日はないよ」

相手も声が出ないが、私も次の言葉が出せません。
ちょっと勢いに任せて張り切り過ぎましたが、しかし俺も男だ、後戻りは出来ないのです。
慌てた妻が私から携帯を奪い取ろうとしましたが、私に突き飛ばされ尻もちをつき、見上げるその表情は流石に蒼白で唇がわなわなと震わせています。

「そうだな。今日はもう遅い。あんたの言う通り明日話し合おうか。
俺があんたらの会社に御邪魔するよ。
逃げずに待ってなよ。あっ、そうだ。俺が誰かは分かるよな」

「・・・はっはい・・・御主人でいらしゃいますね・・・・」

男は会社に来られては困ると言いたかったのでしょうが、そんな相手の気持ち等お構いなしで、一方的に電話を切っていました。
その後の私の心臓の高鳴りはドクドクと妻に迄聞こえそうな勢いです。
私も気の小さな男で、全く情けない。
そんな事を妻に覚られるのが嫌で、カバンを持って寝室に引き返しました。
ただ居間を出る時に一言だけ妻に声を掛けます。

「そう言う事だ。もう俺達駄目かもしれないな」

妻がどんな表情でその言葉を聞いたのかは、背を向けた私には分かりません。
しかし、身動き一つ出来ない妻の気配は伝わります。
寝室に入り、興信所で渡された報告書を開いてみると、そこには男の
名前、住所、家族構成等が記載されています。

『子供が1人か。家の子達より年下なんだ。これから金が掛かるのに、女にうつつを抜かしている場合じゃないだろう』

妻と男との写真、報告書、私の武器は揃っています。
これから、この2人を如何料理するかですが、こんな経験のない私には、今一つ自信がありません。
ベッドに疲れた身体を横たえた時、妻がドアノブに手を掛けたようですが、私は鍵を掛けていました。

「貴方、開けてくれないかしら。何か誤解してると思うの。話を聞いてちょうだい」

どんな悪知恵を思いついたのか?まさか男に教えられた通りに話そうなんて思っているのじゃないだろうな。
興味の有るところではありますね。
私は書類を簡単に片付けて鍵を解放しました。

「貴方、何か勘違いしてないかしら。私から電話したのに嘘ついて悪かったわ」

寝室に入ってくるなり、そんな事を言い出します。
子供を育てた女は怖い物知らずです。あの初々しかった若き頃の妻はそこには居ません。
気性の荒い女ではありましたが、こんなには図々しくはなかった・・・

「残業を減らして欲しいと部長に頼んでいたの。でも中々許可してくれなくて・・・・・・
その結果がこれじゃない。だから部長に如何してくれるって文句の電話を掛けたの・・・・・
何か貴方に誤解されてるみたいだから、つい嘘をついちゃって・・・」

白々しい。

「そうか。そんな話をしていたのか。ちゃんと言ってくれればよかったのに」

私は薄ら笑いを浮かべながら、妻に興信所の封筒を渡しました。
何気なく受け取り、それが何を意味するのかを悟った妻の表情が凍り付いたのは言うまでもないでしょう。
嘘がばれたら極まり悪いのは誰しも同じです。ただこの嘘はたちが悪い。
その位の感情は、幾ら厚顔無恥の妻でもあったみたいですね。

「中を見てみろよ。面白いぞ」

妻は封筒の中を見る事が出来ません。
当然その中から何が出て来るのかは分かっているでしょうから。
暫らくの沈黙の後、妻が問います。

「如何して?如何してこんな事を?」

意味不明な言葉を口にしましたのは相当焦っているのでしょうね。

「如何してって何が?如何もこうもないだろう。疑っていたからに決まっているじゃないか。
まさか俺が何も気付いていなかったと思ってるのか?俺はお前が思う程馬鹿じゃないよ。
自分からこんな不潔な事を止めてくれるのを待っていたんだぜ。
その時は怒るだろうけど、しっかり話し合って、お前が望むのなら許してやろうと思っていた。
しかしそんな日は来なかったな。もう許す段階じゃない。お前だってこのまま終りにしたいと思ってるだろう?」

心にも無い言葉が口から出て来ました。私は初めから許してやろうなんて思っていません。
でもそんな事を言ってしまうと、あたかも本心のように思えて来るから不思議です。
私は取引先の彼女の顔を思い浮かべていました。と言うより、何時も頭の中にいるのです。
彼女がその気があるのなら、今すぐ妻と別れて一緒に暮らしたいとも思っています。
それが実現すると、現実が幸せなのか如何なのか。私には分かりません。でもこの年になっても女は新しい方がいい。
惚れて惚れて結ばれた結婚ではありませんでした。将来を真剣に見詰ての結婚でもなかった。
世間知らずゆえ、自尊心を満足出来るものであれば誰でもよかったのかも知れません。
だからこそ、今は真剣に若気の至りを後悔してるのでしょうね。
おっとりとして優しい女を私は求めている。
勝手ですが求めている。あの人が今こんな状況だから恋しい。
今だからこそ恋しく思える。
しかしそんな事を告白した訳でもなく、私が勝手に思っているだけです。
私がそんな話しをしたなら、彼女は何と答えてくれるのか?
『御免なさい』が関の山でしょう。単なる私の夢です。
勝手なものでこんな時は、子供達の立場等眼中にありません。
そんな思いを心の中で思い巡らせている間にも、妻からの返答がないのです。
私はいかにも悲しそうな態度で寝室を出ました。
『さあ、これから如何やって苛めてやろうか』
悲しく等ありませんが、何故か嬉しくもありません。私はこんな面倒くさい時間が大嫌いなだけです。
しかし今は悲しそうにした方がいいのでしょう。ドラマだってそんな描写をするはずです。
『我ながら上手い演技だ。怒り散らすのもいいが、この方が信憑性が沸くだろう』
私は作り笑いを浮かべました。

居間に行くと、何時2階の部屋から降りて来たのか、長女がソファーに座っています。
娘は私に小声で話し掛けます。

「お母さんは?」

「寝室だよ。もう直ぐここに来ると思うぞ」

「そうなの。それじゃぁ不味いわ。実はね、お父さんに話があるんだ。お母さんには聞かれたくないの。私の部屋に来てくれるかな」

何の話かは分かりませんが、娘に付き合わない訳には行きません。
二人で階段を上がります。
滅多に入る事の無い娘の部屋は、思いのほか綺麗に整理されてます。
この辺は私ではなく、妻に似たのでしょうね。
そこには次女も私を待っていました。
二人でベッドに腰を下ろし、並んで座ります。何か若い頃の妻が隣に座っているような感じでがします。
当然ですよね。この子は妻が産んだ子供なのですから。
そんな娘が窓の方を見詰ながら話し出しだしました。

「お父さんとお母さん大丈夫なの?」

「大丈夫って何が?」

私は妻の帰りが遅いのを、娘達の前で愚痴らなかったと思います。
また、夫婦の言い争いも子供達の居るところでは避けていたつもりですが、それなりに伝わってしまうものなのでしょう。
娘達の話しの内容は、私よりも早く帰宅した時等よく電話をしているが、如何も相手が男のようである。またその内容を娘達には聞かれたくない様子である事。決定的に疑われたのは、私が出張の時は必ずと言っていい程に妻も外泊をしていると言う事がでありました。
娘達には『私もたまには羽を伸ばしたいの。お友達のところに行って来る』と、お決まりの台詞を言うようです。
私は家に電話を余程必要がある時以外は入れないのです。
電話が来ない事をいい事に好き放題です。
妻にとって、この子達がまだ幼い子供なのでしょう。
しかし、私達が思う以上に充分な大人になっています。
上手く誤魔化したつもりでも、もうそんな事では通じません。
『そうか、外泊までしていやがったか』
ここのところ出張がなかったので、興信所の報告書にもそこ迄は記入されていませんでした。
私は無関心過ぎました。無関心だったからこうなったのかもしれませんね・・・・・
妻もこんな事をしていれば、流石に娘達にも疑われると言う事ぐらいは考えるべきでした。
そんな理性も働かないほど、男と一緒に居たいと言う事か・・・・・

「言い難いんだけどさぁ、お母さんに男の人が出来ちゃったんじゃないのかなぁ。もしよ、もしそうだったらお父さん
如何する?離婚する?」

「お父さんと、お母さんが別れたら如何する?」

「・・・・・私達は嬉しくはないけど、お父さん達が決めた事ならしょうがないと思うしかないわ・・・・」

そう言って寂しそうに俯いている表情に、妻の面影が漂います。

「お父さん。もっとしっかりしないと駄目よ」

明るく笑って言いましたが、その笑顔は自然に湧き出たものとは違います。
この子達も、何時かは好きになった人と結婚して子供を産むのでしょう。その時は、私達のような夫婦でなければいい。
それでも長い生活のには晴れもあれば雨の日もある。そんな経験を積んで、今の私達の関係も理解できるのかも知れません。
しかし今はまだ若い。そこ迄は理解出来ないのが当たり前です。
私達の子供としての目で見ているのです。
私にはこの子達が居るんだなぁ。自分の事しか考えていなかった。
いっぱしの大人面をしていましたが、私は子供なのです。
私達の行動が、この子らの心に不安を与えてしまった。まだ浅い不安であろうその傷を、埋めてやるのが親としての努めなのか?
大人って責任を持たなければいけない生き物だって、せつないですね。

「こんな時間に誰かしら?」

長女の言葉に我に返ります。
私はきっとあの男が来たのだろうと推測しました。
職場に来られるのは厄介な事でしょう。幾ら子供の私でも、その事が何を意味するのかは分かります。
もしあの男で有るのなら、男は会社での立場が大切なのです。奥さんと離婚する気があるのか、ないのか迄は分かりませんが、社員との不倫が知れると不味いと思っているのでしょう。
おそらくは、離婚なんて考えていないのだろうな。妻との愛を貫き通すつもりなら、男なら男として貫き通さなければならない誠意があり
ます。
全てを失っても、守らなければならないものがあるのです。

「変な事を言うようだけど、暫らく下には降りて来ないでくれるか。
・・・聞かれたくない話しもある。
お前達も大人だ。そのところは勝手だが察してくれ」

何て罪な事を言うのか。何でこんな事になったのか。
この子達に責任は何一つありません。
私が階段を降りようと部屋から出ると、妻の声が聞こえて来ました。
妻も誰が来たのか分かっていたのでしょう。私より早く出なけでばならない理由もあるのかも知れません。

「入って下さい」

その妻の声が聞こえた時には、私も玄関に居ました。
思った通り、来訪者はあの男でした。私は妻にも失望です。この位の男と一緒になって、家庭を壊すかも知れない火遊びをしたのですから。

「入ってもらっては困る。子供達が居るところで修羅場もないだろう。その位の誠意は示せよ。さっき言った通り話はお前達の会社でしよう。
岸部さん、あんたも部長だ。会議室くらい調達出来るだろう。
俺も流石に怒鳴り込むような事はしない。
ただな、社長さんは同席してもらいたいな」

「少し時間を取ってあげて。申し訳ないけど私達、会社でそんな話は困るの」

『何が私達だ!』

「そうだろうな。困るだろう。知ってて言ってるんだ。なぁ岸部さん、あんたがどんな仕事をして来たのかは分からないが、会社には営業
マンも居るだろう。ここぞと言う時は、相手の望む条件を提示するだろう?それは弱いところを突くと言う事でもあるよな?
俺もそうしているだけだ」

岸部は私の顔をまじまじと見詰ています。その表情は好戦的ななものではなく、弱気な情けないものです。

「こいつから言われて来たのか?それとも自分の意志で来たのか?」

「あのう・・雅子・・・いや奥様から電話があって・・・・・なくても私から来ました・・・・・」

「お前、懲りもせずまた電話したのか。いい加減にせいや。
・・・俺は今日話すつもりはない。
これからの相談をしたいなら二人で何処かで勝手にやってくれよ。
明日その結論を聞こう。おい、お前!覚悟しておけよ!
生半可な結論は出すな。人生終るかも知れないぞ。雅子、お前もな!」

最後の『おい!お前!覚悟しておけよ』かなり気合を入れました。
部下を叱咤する時の私の気性がよく出たと思います。相手が如何感じたのかは別ですが。

「ご主人。申し訳けありませんでした。誤解させたのは私の不徳です。奥様から残業を減してくれと言われてましたが、ついつい甘えてし
まいました。雅子・・・いや奥様から聞きましたが大変な勘違いです。如何か離婚なんて思い留まって下さい」

何て浅はかな男なのか。今来てるのは妻からの電話を受けてからです。
もうその内容は聞いているでしょう。それでも私を言い包めれると思っているのでしょうか?
それも人の妻を『雅子』等と2回も口を滑らせる。何時もは『雅子』と呼び捨てか?
こいつも子供から脱皮していません。余りにも私を舐めている。
世の中そんなに甘くない。
子供ならば相手に不足はありません。弱い者には強い私ですから。

「誤解なんかしていないよ。もうこいつから聞いただろうが、証拠が揃っているんだよ。どんな言い訳も通用しない。
さあ帰ってくれ。こんな所で話してると子供達に聞こえてしまう」

もう娘達には聞こえているでしょう。取り返しの付かない事をしてくれたものです。

「貴方、話しだけでも聞いてちょうだい。会社に来るなんて言わないで。お願いだから上がってもらって」

「うるさい!お前ら二人とも出て行け!」

私は妻と男を叩き出すように外に追い払いました。
妻は靴を履く暇もありません。
ドアの向うで、妻の泣き声と男の声がします。
おそらくあったとしても私には関係がない事です。好きにすればいい。
これからホテルに行く気分ではないでしょうが、そうしたいならそうすればいい。
そんな時、2階の窓から長女が妻に掛けた声が聞こえました。

「お母さん不潔!」

そう言うとガシャンと窓を閉めたようです。
妻の泣き声が一段と大きくなりました。
娘達にも知れてしまった。ひょっとすると近所の誰かが聞いていたかも知れません。
妻の立場はもうありません。でも、私の立場も微妙です。朝、近所の人に顔を会わせるのが怖いです。
私は居間で一人煙草に火を点けると、娘達が入って来ました。

「お父さん、ここで煙草を吸ったら駄目でしょう。お父さんが止めないから、お母さん迄吸うようになっちゃたのよ」

次女の声は強いて明るく取り繕ったものです。
それにしても、あいつも煙草を吸うのか。そんな事さえ気付いていなかった。

「ねぇ、お父さん。私達の事は考えなくてもいいのよ。お父さんの思うようにしてね。私達は大丈夫だから。
たださぁ、学費はちゃんと出してよね」

そう言うと、ペロリと舌を出して2回に上がって行きました。
娘達の優しい言葉に涙が出ます。
この子達の事も考えて行動を取らなければ行けない。私一人の満足を満たすだけでは行けないのです。
さて、私にそんな器用な事が出来るでしょうか。それでも妻と別れられる事を内心喜んでいるのだから困ったものです。
誰かに相談したらいい知恵もあるのでしょう。そんな相手が居なくもありませんが何と切り出したらいいのか。
そんな事を漠然と考えていると、またチャイムがなりました。
まだ居たのか。モニターを見るとそこには妻だけが映っています。

「貴方、入れて下さい。あの人は帰しました。だからドアを開けて」

入れてやるべきなのか、このまま放っておくべきなのか迷います。
このままにしておいて大きな声で叫ばれようものなら、それこそ隣近所に好奇の目で見られてしまいます。
こんな時でも他人の目を気にする私は、冷静なのか、ええ格好しいなのか。
私は鍵を開け妻を家の中に入れましたが、完全無視を決め込みます。
どれ程の沈黙が流れたでしょうか。そんな空気にたまりかねた妻が口を開きました。

「・・・・謝って済む事じゃないと思うけど・・・・・申し訳ありませんでした・・・・」

どんな顔をして今更そんな勝手な事をのたまっているのか、私は妻の顔をまじまじと見入ってしまいます。

「その話は明日だと言っただろう。俺は何も話す気になれない。だがな、あの子達にはちゃんと謝ってこい」

妻が2階の子供達の部屋に行くよりも先に娘達が下りてきました。
何かを言おうとした妻よりも先に、娘達に罵声を浴びされました。私には庇うつもり等微塵もありません。
一通り言いたい事を言った子供達が部屋に戻ると、妻はテーブルに泣き伏せましたが、私は何も声を掛けずに寝室に入り鍵を掛けました。
『お前達の地獄はこれからだよ』
また子供達の事が頭から抜けてしまいました。

この出来事が、私が本当の大人になる最後のチャンスなのかとも思います。
この子らに返す言葉がありません。
複雑な思いが交差し考えあぐんでいると、目覚まし時計の音が聞こえました

翌日は予想通り妻が誘ってきました。

私は立たなかったときに言い訳できるように、わざわざ遅くまで残業してから少しだけ飲んで帰宅し、かなり飲んできた振りをしていました。
出来れば初めから勃起してくれることを祈りつつ。
しかし、やはり、インポなのです。

立たないことを隠すように、またうつ伏せで妻の股間に顔を付けたまま舐めました。
空いている方の手で自分で擦っても妻のあそこを舐めてもダメなのです。

妻は、私が丹念に舐めていると、次第に大きなよがり声を出すようになってきます。

「ねえっ、立った?
アア、ねえ、もう入れられる?」

「・・・・」

「もう欲しいのっ・・・ねえ・・・・・」

無理は承知で、まだ全然勃起しないペニスを当ててみましたが、全然入れられません。
妻も気付いたようでした。

「ごめん、やっぱ・・・まだみたい。」

「アアン、もう大丈夫かと思ったのにー・・・・」

男の生理を全然理解していないのです。
せっかく挿入されれば昇りつめそうになっていた身体をだるそうに起こします。

「じゃあいつものね。」

堂々と私の顔の上に跨ります。
インポになってから慣れてしまい、当然の体位になってしまっていました。

「ちゃんと舐めていかせてね。
今日はたーくんのおちんちん、久しぶりに入れるんだって思って、昼間からすっごいエッチな気分になっちゃって溜まってるんだからー。」

フェラをするわけでもなく、軽く私の縮こまったままのペニスにキスをすると、
また、あの意味深な微笑を含んだ少し意地の悪い表情が妻の顔に浮かびました。

「それとも・・・」

股間越しに私の顔をのぞき込みながら言いました。

「・・・ねえ、また西脇君と浮気した時のこと、話してあげよっか?」

「いいよー。」

そう言いながら、私の心の中にも暗い欲望が頭をもたげます。
浮気したときのこと・・・
これだけで、私の心がざわめき始めました。
しこったクリトリスに吸い付きます。

「ゥウウン・・・いい・・・ァアアッ・・」

クリから陰唇の間を通って肛門の方まで舐め上げます。

「ヤア・・ンッ・・・だけど、昨日美歩が西脇君と浮気した時のこと話したら勃起したじゃない?」

「それはたまたま。別に美歩の浮気とは関係ないって。」

きっぱりとはねつけるような態度は取れません。
聞きたがってもいけないと思いながらも、聞きたいし、勃起したいのです。

顔の上では股を開いて膝立ちになった妻のあそこがとろけきって開いています。
このいやらしく熟れて濡れる性器を前にすると理性が飛んでいきそうになります。
舐めるだけではなく、自分の固くなったモノを入れたい。

「昨日、たーくんも聞きたがってたよね。」

「そんなんじゃ・・・」

「西脇君ね、ここに入れる前に美歩にお願いまでさせたんだよ。」

妻は強引に続けます。
多分前の日から1日中、私がまた勃起しなかったらどうやって興奮させて勃起させるか考えていたのでしょう。
前の日の私の反応で、またこれで行ける、と判断したのでしょうか。

「初めはね、美歩、ゴム付けなきゃだめって言ってたんだよ。
だけど、西脇君、堂々と、俺ゴムしない主義なんだって言うの。
それでもね、危ない日だからゴムしてって頼んだら、じゃあ、入れないであそこで擦って気持ち良くなろうか、って言われたの。」

「素股ってこと?」

もう妻のペースです。

「そうかも、自分で膝を抱えさせられて、あそこが上向いた状態で、ビラビラの間におっきいの挟んで行ったり来たりするの。
すっごい気持ち良かった。
たーくんとは、そういうのしたこと無いでしょ。
あの時の格好してみる?」

そう言って、私の顔に跨った位置からするりと降りると、仰向けに寝ました。

「こういうの。
ねえ来て。」

両手でそれぞれ膝を抱えて、あそこを晒します。
私も起きあがってそこにむしゃぶりつきます。
その時、西脇に巨根をなすり付けられていた、浮気をした妻の性器です。
生々しく欲情した性器です。

「ごつごつした裏筋とかエラがね、ヌルヌルって生で勢いよくクリを擦るの。
アッ、そこ・・・つぶして・・・」

妻はクリトリスへの刺激はかなり強くしてもその分だけ感じるというほうです。

「ずーっとあそこヌルヌルのまま入れないで、ビラビラの間に押しつけられてクリも一緒に擦られてた。
結構長い時間だった。
そのあいだ、恥ずかしいことずっと言うの。
「クリちゃんおっきくなってるね、むけて飛び出てきてるよ、気持ちいいでしょ」とか。
むけたクリにおっきいちんちんの下側をあててグリュって押しつぶすの。

そう、そういう感じに・・・アアアンッ・・・

もう無理矢理でもいいから強引に入れてくれちゃえばいいのになって思ってた、危険日だったけど欲しかった。
外に出してもらえばいいやって思ってた。
大き過ぎてちょっと恐かったけど、入れて欲しかった。
だけど西脇君も分かってたと思う、美歩が生で入れられてもいいって思ってるの。

だけど入れなかったの。
枕で美歩の頭を起こしてあそこ見るように言われたの。
大きいのを見せつけるみたいに、太くて長いのをなすり付けるだけ。

イイゥ・・・ァアッ・・もっと強くして・・・

「先っちょだけ入れてみる?」って聞かれて、もう、すぐ「うん」って言っちゃった。
だけどね、すぐ入れてくれないの。
美歩が入れて欲しがってるの認めさせただけなの。

すっごいおっきいくて固いので、クリトリス、ベチベチ叩いたり。
「ほらーここまで入るよー」って、ちんちんの根元のところクリに擦りつけながら、美歩のお腹の上にちんちん乗っけると、亀頭がすごいとこまで来てた。
「おっきいでしょー、入れたら気持ちいいよー」って言うの。
おへその近くまであるの。」

「どこらへん?」

舌を差し込みながら聞いてしまいました。
あいつのが勃起するとどんなに大きいのか知りたかったのです。

「・・・ここぐらいかな。」

あそこから顔を離して、見ました。
妻の指さしたところは、とても私のモノでは全然届かない、想像できないような場所にありました。
私の顔にはどんな表情が浮かんでいたのでしょうか。

「ね、大きいでしょ?」

また妻が、私の心の中を見透かしたような笑みを浮かべました。

「それに・・・倍以上・・太いんだよ。」

「ほら、お休みしないで舐めて。
べろ・・あそこに・・入れて・・・。
っそう・・・いい・・

ちゃんとおねだりしなきゃ入れてあげないよって。
先っちょでね、あそこの入り口を突っつくんだけど入れてくれないの。
あ、そう、そこに亀頭あててたの。

あの頃、たーくんと、あんまり出来なかったでしょ。
それで、おちんちんに飢えてたんだと思うの。
もう我慢できなかった。」

私が不甲斐ないせいだと言うのです。
私が妻の性欲を満足させなかったから、いけないのだとでもいう感じです。
毎日のようにはしていませんでしたが、その前の週にはしていました。
回数ではなくセックスの質がもの足りなかったのでしょう。
そんな言葉にも興奮は増すばかりです。
私のセックスで満たされていなかった妻の若い肉体を西脇が好きなようにもてあそんだのです。

「絵里先輩とか他の女の子と同じように簡単にやられちゃうっていうのくやしかったし、たーくんにも悪いなって思ったし、・・・だけど、もうだめだったの。
生は心配だったけど、入れて欲しかった。
もうどうでもいいから入れて欲しかった。
飢えてて淫乱みたいだから、言いたくなかったけど・・・。」

「お願いしたの?」

「・・・うん・・・
入れて下さい、って言った。
何をどこに入れるのかちゃんと言ってって言われた。
生の西脇君のおちんちん、美歩のあそこに入れて下さいって言わされた。
あそこじゃだめで、オマンコって言い直しさせられたの。
何度も何度も言わされた。」

目覚まし時計が鳴ってます。
時計をセットしたのは覚えていますが、その後の記憶がありません。
あんな事があったものですから、歯も磨かずに寝てしまったので口の中が気持ち悪い。
洗面台に行くには居間を通らなければなりません。
きっとそこに妻が居るでしょうが、顔を会わしたくないのです。
何時もと変わらぬ状況なのに、不倫の証拠を突き付けただけでこんな気分が変わってしまうものなのか?
私はそこ迄、妻との生活に息苦しさを感じていたのか?如何もこの建売住宅は使い勝手が悪い。
居間に入るとやはり妻が昨日のままの格好で、テーブルに伏せて眠っています。
私の気配に目を覚まし、腫れた目で声を掛けて来ました。

「朝食の用意をします。・・・・・今日仕事を休んでいいかしら?」

「好きにしたら。俺はお前が行こうが行くまいが如何でもいいよ。だけどさ、今日行かないと明日も行けなくなっちゃうんじゃないか?
行っても結果は同じかもしれないけど、社会人として責任は回避しない方がいい。遅刻してでも行く方がいいと思うよ。
それと朝飯はいらない。これからも飯は作らなくていいよ。
勝手気ままにやっていく。あんたも今迄通りに好きにすればいいさ」

人生の多くを共に歩んだ情が絡むと面倒です。そんな事で自分を言い含めるのは真っ平です。
私とて俗物的な人間ですから、今迄の思い出が山ほどあり妻への感情が何もないとは言えません。
それは仕方がない事でしょう。人間なのですから。
それでも私は新たな一歩を踏み出したい。
仕事での緊張をほぐしてくれる心休まる家庭が欲しい。
そんなものが有るのか無いのか私は知りません。
だって、そんな経験がないのですから。
思い起こせば親父も家では無口でした。
あいつも私と同じ人生を歩んでいたのかな?

「女に理屈は通じない。言うだけ疲れる」

親父がよく私に言った言葉です。その結果、母は我侭な女でした。
もちろん妻のように不倫に走った訳ではありませんが。
言いたい事を言い合える関係でありたい。父と母のような夫婦にはなりたくない。
そう思っていたのに今は親父と変わらぬ人生です。
それでも何処かで変えたいと思っていました。
『俺は親父とは違う』
親子でも価値観は違うのです。離婚が罪悪な時代ではありません。
子供達の事ばかり中心で、自分を犠牲にするなんて時代錯誤もはなはだしい。
今がそのチャンスだ。子供達にはあの子らの人生がこれから一杯ある。俺の人生はその半分もない。
間違っている考えかも知れないですが、勝手ながらそう思いたい私です。
それにしても、妻のあんなに腫れた目は何なのか?
私をこれ程ないがしろにして来て、不倫がばれたからと言って泣く必要があるのか?
こんなに長い男との付き合いで、愛情は私によりもあの男に強く感じているのではないでしょうか?
証拠が出た時点で、何時ものように開き直れば済む事だと思います。
男に帰る家庭があって、自分になくなるのが辛いのか?それは彼女の勝手です。
好きな男と私の目を気にせずに会えるのは都合がいいと思うのですが。
きっと子供達に自分の不貞を知られてしまったのがショックだったからなのかも知れませんね。

手際よく身支度を整えて、何時もよりも早い時間に家を出ました。
妻に口をきかせる隙を与えたくなかったのです。それと敵陣に如何攻め込むかもう一度考える時間も欲しい。
さあ、今日は決戦です。
時間を潰してから朝一で妻の会社に行こうかと思いましたが、踏ん切りが付かず少し早く出勤してしまいました。
ディスクに座りボーッと考えていると同期の男が声を掛けて来ます。

「おい今日は早いな。何かあったのか?朝から深刻な顔をして如何した?」

この男は大学は違いましたが入社当日から妙に気が合い、その仲は今も変わりがありません。

「嫁さんとちょっと揉めてな。頭に来て早く出て来たんだ。お前も経験あるだろう?本当に腹が立つよなぁ」

「雅ちゃんも気が強いからな。何があったか分からんが、お前さんが頭を下げた方が無難だぞ。
へそを曲げられて、飯の用意もしてくれなくなったら目も当てられん。早い内に機嫌取りをしておけ」

同期の境は相談するに与いのある男です。同期ですから妻の雅子の事もよく知っていますし、お互いに子供が出来る前は家を行き来していたものです。
しかし今、唐突にそんな相談も出来ませんし、夫婦円満を演出していた私には、とても口には出せません。
相談相手を思い浮かべていた時に、1番に頭に浮かんだ男ではありますが、見得が邪魔してしまいました。
『えーーい、なるようにしかならない!俺一人でやってみるさ!』
相談するチャンスを逸した私は決めました。
今の今迄、心の中で誰かを頼りにしていたのですが、自分の事位は一人で受けて立ちましょう。
昼食を終えて会社に戻った私は、部下に外回りに行くと嘘を言い妻の会社に足を向けました。
敵陣の前に立ち、一旦は躊躇しましたが止らずにドアを開けます。

「岸部さんを呼んで貰えますか」

この規模の会社に受付等はありません。直接女性事務員に声を掛けました。
昨日玄関で小さくなっていた男が、慌ててこちらに向かって来ます。
この男、この場を何とか取り繕おうとしてか、私を外に連れ出そうとするのです。

「おいおい、俺は会社で話し合おうと言ったはずだぞ。そんな真似をするならこの場で話してもいいんだ。」

わざとに大きめの声で言います。当然男は慌てました。

「そっそうでしたね。こちらの応接室にどうぞ」

部長自ら私を応接室に通すのですから、余程重要な客だと思ったのでしょう。
私が声を掛けた女性事務員が怪訝そうな表情をしながらも、直ぐに立ち上がり最敬礼しているのでした。
オフィスに薄いドア1枚で隔たれた狭い応接室で、私は男に横柄な物言いをしました。

「雅子は出て来てるか?居るなら直ぐに呼べ。それと社長もな」

「奥様はお得意様のところに行ってもらっています。直ぐに連絡して呼び戻しましょうか?それから社長には何の関係もありません。
あくまでも個人的な話ですからね」

昨日とうって変わって横柄な態度に出てきます。
男は社長をこの席に着かせるつもりはないのでしょう。反対の立場なら誰だって避けたいものです。
そりゃぁ嫌でしょう。そんな事は私も重々承知です。

「あいつ居ないのか。逃がしたんじゃないだろうな?まあ呼び戻すって言うんだからそんな事はないか。
社長は居るんだろう?まさか社長迄居ないと言うんじゃないだろうな?それなら俺が電話で呼び戻してやろうか?」

「だから社長には関係のない話しでしょう」

「そんな事はないさ。会社での不祥事は長の責任でもあるだろう」

「・・・・関係はないさ・・・・」

「その判断はトップにしてもらおう」

ソファーから立ち上がる私を見て、男は立ち塞がりました。

「まぁ、落ち着いて話し合いましょう。それで納得してもらえなければ私から社長を呼びますよ」

妙に不敵なこの態度は何処から来るのか?此処は相手のフィールドで、私にはアウェイなのですから、相手は気が大きくなっているのかも
しれません。でも今はひるむ訳には行かない!だって、この男に対して私は何の落ち度もないのです。

「何か勘違いしてないか?俺はあんたと刺し違ってもいい覚悟やよ。
昨日言っただろう。明日はないって。
社会的に見たって俺の立場は強い。その位はあんただって分かるだろう?出る所に出てみようか」

「・・・・・・・・・」

こいつは圧力に弱い男だと一寸した気配で分かってしまうのは、私だって伊達に年を取った訳じゃないからです。

「・・・男と女の不祥事は何処にでも転がっている話しだ・・・内々の話にして貰えないだろうか・・・」

「冗談じゃない」

男を押し退けて応接室を出ようとする私の腕を掴むその顔は、昨日と同じ情けないものでした。

「済まないが座ってくれ。落ち着いて話し合おう」

形勢逆転!
此処からは私のペースで話を進められると判断し再度ソファーに腰を下ろしました。

「申し訳ない」

男も座り、テーブルに付きそうな位に頭を下げています。
臭い芝居をしやがって!きっとこの場を何とか乗り切る事しか考えていないでしょう。
何時もはそれなりの顔をして居るであろうこの男の惨めな姿を、この薄いドアを開けて社員に見せてやりたいものです。
こんな男を上司と仰ぐここの社員達は、この姿を見ても会社の為に必死で頭を下げている尊敬すべき上司に映るのかも知れません。
そんな事があるはずはないと思ってはいるのですが、孤立無援な敵陣に殴りこんだ私には、全てが相手の援軍と感じてじまいます。

「社長を呼ぶ気になったのかな」

私も結構やるじゃないですか。人間追い詰められると自分でも分からなかった性格が顔を出すのでしょう。
窮鼠猫を噛むと言うところかな。この感じは完全に私のペースに乗ったと思っていいでしょう。
男は深々と下げた頭を上げようとしません。

「部長さん。何でそんな事をする。あんたが言ったように私が誤解しているだけなら、もっと堂々として居ればいいじゃないですか。
流石にそれでは通じないと理解されましたか?おい!この落し前、如何付ける!
俺はヤクザじゃないが、鬼にはなれる。あんた、悪い男の女に手を付けたな。俺は執念深いよ。
金なんか要らないが、お前の人生を食ってやる。倍返しが心情だ。命以外は全てなくす覚悟をしておけ!」

『食ってやる』か、何か凄い言葉を言ってしまった。
『駄目にしてやる』より迫力があると思うのですが?
乗って来ました。『命以外に全てをなくす』そこ迄は幾らなんでも無理だと思っています。
不倫なんて、この男の言う様に何処にも転がっている話です。普通はうやむやになってしまうのでしょう。
あくまでも嫌がらせの台詞ですが、それでも男は無言で頭を下げています。

「とにかく社長を呼んでもらおう」

此処は一気に、こいつが嫌がる事でこの場は攻めましょう。ただやり過ぎると免疫が出来てしまいます。
開き直れる男なのか、そうではないのか、今は分かりませんがセオリー通りにこの線で行きましょうか。
私がW不倫をしてこんな立場に立たされたら如何するのでしょう?パニックでしょう。
私とて、そんなチャンスがなかった訳ではありません。あ~~しなくてよかった。

どの位そんな時間が過ぎたのでしょう。きっと大して経ってはいないのでしょうが、こんな時は随分と長く感じるものです。

「なあ、頭を上げろよ。幾らそんな真似をしても無駄だ。お前達やり過ぎたんだよ。あんまり人を舐めてるからこんな事になるんだ。
2人で随分と楽しんだろう。その報いはしなければいけないな。それが大人としての責任の取り方じゃないだろうか。
お前も子供が居る。子供は親父の背中を見て育つと言うぞ。だからそんな見っともない真似はするなよ。
やった事は如何言い訳しても許されるものではないと思うが、責任を取るんだろう?ならば、もっと毅然としたら如何だ」

この男に毅然とされたら堪ったものではありませんが、私はこの場の成り行きで言っているのです。

「いや御主人。私にそんな権利はありません。ただ私にも家庭があります。大した会社ではありませんが、何とかこの地位まで来る事が出
来ました。社長の信任も得ているつもりです。・・・・昇格の話しもありまして・・・・・この事が会長に知れると・・・・
この微妙な時期に問題は起こしたくはないのです。勝手な話をして大変申し訳ありません・・・・・
勝手な事を言ってるのは重々承知しております。ですが・・・・
この場は何とか納めて、別な場所でお話しさせて頂けないでしょうか」

こいつ、本当に馬鹿です。急に敬語を使い自分の弱みをさらけ出して如何するのでしょう。
私に付け入る隙を与えるだけです。私を泣き落としの通じる間抜けだと思っているのでしょうか?
私はそれ程甘くはないつもりでおりますが。
それにしても会長とは?いずれにしても可也厳しい人のようですが・・

「本当に勝手な話しだな。今の話しの中に、少しでも俺の立場を思いやる言葉が入っていれば、まだ考えてやってもと思う余地があるのか
も知れないが、自分の事しか言っていないじゃないか。そんな話が通じると思うか?
お前が俺の立場なら如何だ?はいそうですかと言うか?きっとお前はそうやって人を踏みつけて、その地位まで来たんだろうな。
お前の部下は堪ったものではなかっただろう。如何なるかは社長判断だが、格下げにでもなれば、喜ぶ奴らが多いんだろうな。
解雇なんて事になれば、みんな祝杯を上げるんじゃないのか?」

この男が、私の気持ちを思いやろうがなかろうが、許すつもり等ありませんが、こんな時は売り言葉に買い言葉、自然とそんな都合のいい
台詞が出て来ます。
ペースを完全につかんだ事で余裕が出た私は、もっと痛烈な言葉はないかと浅知恵を絞っていると、ドアがノックされます。

「失礼致します」

入って来たのは妻でした。
取って付けた様に、お茶を持って来ています。普通は私が応接室に入ってから、もう少し早く誰かが持って来るものです。
そうでなかったと言う事は、妻は外出等していなかったのかもしれません。
状況を見ていて他の者が運ぼうとしたお茶を、あたかも気を利かせたように自分が持って来たのじゃないでしょうか。
その辺の事は分かりませんがこの感性の鈍い女でも、頭を下げている
上司を見てその場の状況を悟ったのでしょう。
茶を乗せたお盆をテーブルに置くと、私の前で土下座しようとするのです。

「おっと、そんな臭い真似はよしてくれ。雅子、お前はそこのソファーに座れよ。あんたもそんな事を幾らしていても
俺の気持ちが変わらないぞ。時間の無駄だ」

穏やかに、時には厳しく、部下を使う鉄則だと私は思っています。
この時、此処が敵陣だと言う事等、何のハンデにもなっていないのです。私の勝利です。
二人が並んでソファーに腰掛けたのを見て私は喋ります。

「二人が別れたからって元の何もなかった生活を送れるとは思っていない。そんな事は考えられないだろう。
雅子、如何したい?俺達に明日なんてないよな?お前とはもうこれ以上やっていけない。いずれはこんな日が来る位の
覚悟をして俺を裏切って来たのだろう?それ位の覚悟を決めていたから、こんなに長く俺を欺いてきたんだよな?
そんな女とは暮して行けないだろう。岸部さんもそう思うだろう?あんたの奥さんがそんな女だったら許せるか?
なぁ雅子、子供達にも、もう言い訳は出来ない。俺も庇うつもりはないよ。今日から帰ってこなくてもいい。
本当は何時もそうしたかったんじゃないのか?
それから岸部さん、覚悟は決めろよ。金なんか要らないぞ。俺はゆすりたかりじゃない。
責任は社会的制裁で取ってもらう。穏便に済ませる気なんて初めからないんだよ。
どんなに頭を下げられても気持ちに変わりはない。
だから社長さんに聞いて貰いたいんだよ。社長の下す結果が如何であれ関係ない。俺の思う通りにさせてもらうよ。それだけだ。」

この男、煮え切りません。それでも、うな垂れるだけで動こうとしないのです。業を煮やした私はドアを開けました。

「申し訳ないが、社長さんを呼んでもらえませんか」

私は近くに座っている社員に声を掛けドアを閉めました。
振り返ると、男は唖然としています。
『ざまあ見やがれ、馬鹿野郎!』
妻も妻で声を殺して泣いていますが、興奮している私はアドレナリンが出っぱなし状態で、自分の行ないが正しいのか正しくないのか判断
も付かない状態です。
私の言っている事に間違いはありません。ただ、こんな方法が1番最良だったのかには自信が持てないでいるのです。
しかし今はイケイケでしょう。自分を抑える必要を感じません。
馬鹿どもを冷ややかに睨み付けて社長の登場を待っていると、ドアがノックされ初老の男が入って来ました。この男が社長なのか?

「失礼するよ。岸部部長、何かあったのかね?」

異常な雰囲気に初老の男は私への挨拶も忘れ、岸部に声を掛けています。
『まずは俺に何かあってしかるべきだろう』
この会社はこの程度なのか?私の職場では絶対にあり得ません。
こんな所に限って社長に面談を求めると、偉そうに「アポはお取でしょうか?」等と、のたまいやがる。
どれ程の者と勘違いしているのか!
私は立ち上がり、初老の男の目の前に名刺を突き付けました。

「これは失礼致しました。私、黒田と申します」

黒田と名乗る男が慌てて名刺を出しながら頭を下げるのでした。
名刺には取締役専務と記入されている。この男は社長ではない。

「家内がお世話になってます。その事でお邪魔しました。少し複雑なお話です。問題が問題なので社長様にお会いしたい」

黒田専務は私の名刺をまじまじと見詰ています。

「あぁ、こちらの御主人でしたか。それはそれは此方こそお世話になりまして。それでどんなお話しなのでしょうか?
代表から私が用件を受け賜るよう言われて来たものですから・・・・」

この場の雰囲気を察した専務とやらは、岸部と妻の状況位は理解出来たでしょう。
いや、この程度の規模の会社の中での出来事は、噂に上らないと思えません。
知っていて惚けている公算が大です。誇大妄想なのかも知れませんが、私はやはり敵陣に居るのです。
社長自らが逃げているのかも知れませんし。

「大変失礼だが、貴方は私の話しを聞いて責任を持って処理出来ますか?御社も責任も感じて頂かなければならない
と思っているのですが」

専務が妻達の方を見るのと同時に、岸部がばね仕掛けの人形のような動きで立ち上がりました。

「申し訳ありません」

専務に深々と頭を下げる。

「お前なぁ・・・・・頭を下げる相手が違うだろう」

この専務、少しは常識を持っているようだが、この短い会話から妻と岸部の関係が耳に入っていた事が推測出来ます。
結局は同じ穴のムジナなのでしょう。
『旦那にばれたら大変な事になるぞ。女遊びも程々にしておけよ』
所詮そんな事で、お茶を濁していたのではないのでしょうか。
ひょっとしたら酒の席で、私達夫婦を酒の肴にしていたのかも知れませんね。
人の痛みは何年でも我慢出来ると言います。これが自分に降り掛かった火の粉なら、こいつらは如何アクションを起こすのでしょうか?

「専務さん、こんなのと話したってしょうがないでしょう。もう一度お聞きしますが貴方は私の話を聞いて責任を持って対処して頂けますか。そうでなければ、私はこの会社の責任者と話がしたい」

専務は応接室から社長に内線で連絡を取りました。
何十秒かでこの会社の責任者が現れましたが、この男の顔面は緊張で青白く見えます。
やはり知っていたのでしょう。この会社は乱れています。
私は妻と男の関係を、証拠を突き付けて話しました。
当然ですがその場で2人に対する処罰が決まる訳がありません。

「責任を持って対処させて頂きたい。後日きちんとした報告をさせて頂きます」

こんなものでしょう。
この後、弁護士と相談するのか?それとも幹部会議でも開くのか?
私には関係のない事です。後日の報告とやらが楽しみなだけなのです。
仕事を早めに切り上げ、帰路に着きました。
妻はどんな顔をして帰って来るのでしょうか?もしかしたら、帰って来ないのかも知れません。
妻が出て行く事が、私の最終的希望と思い込んでおりますが、今はいけません。
もっと懲らしめてから放り出したいのですから。
家のドアを開けると、妻のパンプスが有ります。もう帰って来ているようです。
居間の方が何やら賑やかですが、決していい雰囲気ではないようです。

「ただいま」

私が帰ったのも気付かない程に、娘達の激しい言葉が聞こえます。
妻は娘達にかなり遣り込められていたのでしょう。流石に勝ち気な妻も今回の事は子供達に言い訳も出来ないのか、神妙な面持ちでうな垂れています。
私の帰宅に気付いた子供達がニッコリと出迎えてくれました。
女は恐ろしい生き物なんですね。
こんな状況で微笑む娘に女の凄ささえ感じます。

「お父さん、お帰りなさい。私達2人でご飯の用意をしたのよ。
お母さんたっらボーとしちゃって何にもしないんだもの」

妻は俯いたまま顔を上げようとはしません。
そりゃあそうでしょう。ここで娘達と和やかにされていたら、堪ったものではありません。
私が何気なくテーブルの上に目をやると、3人分の用意だけです。

「お父さん、先にお風呂にする?それとも食べちゃう?」

子供達の手料理とあっては、まず食事でしょう。
手際よく用意された物を見ても妻の分がありません。
私のそんな思いを察したのか、長女が言います。

「お母さんは勝手に食べるんだって。先に頂きましょうよ」

その言葉に、俯いたままの妻の肩が震えます。
この子達も妻に反乱を起こしたようです。
それにしても、よく帰って来たものです。私なら敵前逃亡間違いなし。

娘達は妻を完全に無視して今日の状況を楽しげに私に話しながら食事をしていました。
そんな状況に居た堪れなくなくなった妻は居間を出て行きました。
それを横目で見ていた次女が、私に声を落とし話しかけます。

「お父さん、これから如何するの?やっぱ許せないよね?」

そう問い掛ける表情が長女同様、若い時の妻によく似ているのです。
妻の遺伝子は私よりも強いのでしょうね。
大学生と言っても、まだ幼さの残るこの子には、大人の世界を理解するのは無理な事だと思います。
この場で『こんな事が起きる前から、お母さんの性格が好きじゃなくて別れたかった』等とは当然に言えません。
子供の何か寂しそうな表情に、静かに微笑む事しか出来ませんでした。
娘達の本心は、出来れば離婚等して欲しくはないのだと思います。
どんな間違いを犯したにしろ、妻はこの子達にとって母親である事に変わりはないのですから。
家庭とは、色々な問題が次から次に襲って来て、それらを必死で乗り切って来た者達に与えられるオアシスなのかもしれません。
だからこそ、何ものにも掛け替えのない所なのだと思うのです。
私は何不自由の無い生活を子どもの時から送って来ました。そればかりに一から創り上げる努力をして来なかったのかもしれません。
いや、創り方を知らなかったのです。
子供達の気持ち・・・私に重くのしかかって来ました。
せっかく子供達が作ってくれた夕食も、砂を噛むように味気のない物になってしまいました。
夕食後、私は風呂に入ってこれからの事を考えましたが、如何しても子供の顔が浮かんでしまいます。
妻と別れる事に何の抵抗もないと言ったら嘘になりますが、痛みを伴うものではありません。
しかし、如何であれ形を成して来た家庭を壊してしまう事には抵抗感がない訳でもありません。
あく迄も何処迄も平凡な男なのです。
それでも、妻のやって来た事が許せないでいます。
浮気をした事を言っているのではありません。
一緒になってからずっと今迄、私の男としてのプライドをないがしろにして来た事が許せません。自分の我を通し過ぎた事が許せません。
共に創り上げて行く家庭と言うものを、独裁者の如く牛耳って来た事に憤りを感じるのです。私に責任がなかったとは思っていません。
そう言う点では、妻に申し訳がなかったと思いもします。
それでも一体感を感じる事が出来ません。
風呂から上がり、髪を乾かして寝室に向かいましたが、妻の気配が感じられません。
居場所がなく、客間で息を殺しているのでしょう。
自分がやった事を深く反省しているのでしょうか?きっと違うでしょう。
反省する位なら、こんなに私達を欺くなんて出来ないはずです。
私が妻の会社を出てから、どんな事があったのでしょうか?
あの馬鹿男と、どんな相談をしたのでしょうか?
私はベットに入りました。ほどなくして、寝室のドアがノックされます。

「貴方、お話があります。鍵を開けてくれないかしら」

妙に声を落としています。子供達に聞かれたくないのでしょう。

「俺は話したくない」

思い切り冷たく言い返します。

「そんな事言わないで開けて」

妻は何の話をしたいのか?どんなに言い訳をしても私の心に届くはずもないのに。小娘ではない妻が、その位の事は分かるでしょう。それでも何故、私に話しがあるのと言うのでしょうか?
妻の口から別れを言い出すのであれば楽なのですが・・・・・
私は妻との離婚を望んでいたのですから、今回の出来事は引き金でしかありません。
それは彼女との生活が苦痛を伴うものだったからに他ありません。
じゃあ何故そんなに苦痛だったのか?
何処の家庭にも不満はあるでしょう。その不満が苦痛と思えるのは真正面から問題に対峙して来なかったからです。
どんな時も事なかれ主義を通し過ぎたのでした。
そうさせたのは妻の性格の厳しさにあったと思うのですが、それは言い訳なのでしょう。
ただ、日常的にそんな不満が蓄積して行ったのは確かなのですが、そこを反省しないで妻の事を拒絶していては駄目なのですよね。
だって、これからも同じ間違いを犯しかねないでしょう?
私は寝室の鍵を開けました。今日は妻と本音で対峙します。

「いまさら何の話がある?まあいい。聞いてやるから勝手に話してろ」

私はぶっきらぼうな言い方ではありましたが、妻の目を真正面から見ながら話しかけました。

「貴方・・・・貴方・・・私何から話せばいいのか・・・・貴方に話さなければならないけど・・・・私、何処から話したらいいのか分からなくて・・・・」

長い結婚生活でこれほど憔悴した妻を見るのは初めてかもしれません。
タカピーを通し続けて来た妻が、何でこの位の事でそんなに弱るのか?
『何時もの様に開き直ってくれよ!そんな神妙な顔をしてくれるな!
面倒臭い事は止めようや』
それが私の本音です。何か企んでいるんじゃないのかと、余計な事まで考えてしまいます。
しかし向かい合いましょう。それが私の最後の誠意です。
それと不思議な感情も芽生えて来ています。今まではさして興味もなかったのですが、妻があんな男と何故に身体の関係を持つようになったのかを知りたくなったのです。

「時間がかかってもいい。言いたい事だけは言ったらいい。ただ駆け引きはするなよ。俺はお前から何を聞いてもやる事に変わりはない。
俺に情けを請おうと思うな。今日の事でそれは分かっただろう?」

「・・・・もう、何を言っても信じて貰えないと思うけど、私は貴方を愛しているの・・・昔も今もその気持ちに変わりはない・・・
でも、今更そんな事を言っても遅いわね・・・・」

何を言ってるのでしょうか。妻はあの男と何年浮気をしていたのでしょう?
この期に及んで『愛してる』なんて言葉を聞こうとは思ってもいませんでした。
私は馬鹿にされているようで、心の中に怒りが大きく湧き上がって来ます。

「はぁぁ!?お前のやった事は、愛している者にする事か?如何したらそんな事が出来るのか聞きたいものだ。
そんな取って付けた事を言っても、誰が信じるんだ!隣の親父に聞いてみろよ。変な話だって言われるから」

私は呆れた言わんばかりの言葉を返します。

「・・・・それは貴方が・・・・だって貴方が私の事を愛してくれなかったから・・・」

妻は小さな声ではありますが、私の目をしっかりと見ながらはっきりした言葉で言いきりました。
確かに言いえているところですが、それは私ばかりに責任がある訳ではないでしょうに。
私が妻との距離を取ったのは、彼女の性格にあると思っていました。
しかし夫婦の出来事に片一方だけが悪いなんてあり得ないのではないでしょうか?
お互いが築き上げて来た家庭に歪が入ったのは、私にも妻にも責任があるのは事実でしょう。
ですから一方的に妻を責めるつもりはないのですが、妻から言われたくはない。本当に今が別れるチャンスです。
その為には今回の出来事をフルに使わせて貰うのが最善の方法だと思っています。
その前に、妻の浮気が原因で離婚では格好が付きません。私も男を見せなければならない。少しばかり色を付けてね!
ただ浮気の原因を知る事は、これからの私の取るべき方法に必要不可欠なものと自分に言い聞かせています。
長年連れ添った妻が、私よりもあんな男に魅力を感じた等とは思いたくないと言うのも正直な気持ちですが、そんな事は私から口が曲がっても言えません。
なんとも複雑な心理状況です。
もう興味をなくし、別れを本心では望んでいる私が、今さら妻が如何して浮気をしたのかを知る等、何の意味もありません。
それが自分に言い訳しながらも、知りたいと思うのは何なんでしょうか?気持ちの何処かに魅力を感じているのでしょうかね?

「俺も愛していたよ。結婚してから一度もお前を裏切った覚えはない。それが証だな。まあ、そんな前の事は如何でもいいさ。
さあ、話したいなら話せや。その代わり、初めからちゃんと話せよ」

『俺は愛していたよ』私も嘘つきです。もうずっと前から愛なんて感じていません。それにちゃっかり、妻から全てを聞き出そうともしています。したたかな所もあるんだなと我ながら感心してしまいます。
こんな私を敵に回した妻とあの馬鹿男は苦労するだろうな。

妻はなかなか話し出しませんが、そりゃあ話し辛いでしょう。
しかし話があると言ったのは妻の方ですから、覚悟は決めて来たはずです。
私が求めるような話か如何かは分かりませんが、こうなったら全てを語ってもらいましょう。
ただ神妙な顔で謝れば、私が許すとでも思っているのなら、それは自分で墓穴を掘ったのです。
あの馬鹿男に浅知恵を教え込まれ、私の機嫌でも取ろうとするならば、私はそれほど甘くないつもりです。

「話が無いのなら部屋から出て行ってくれないか。俺は明日仕事だよ」

私は感情を抑えて言いました。

「・・・貴方が私の立場だったら、そんなに簡単に話せる?私は何から話せばいいのか考えて・・・」

遂に妻の身勝手な性格が顔を出しました。このように全てが自分中心で事を進めてきます。
あの男の前ではどんな女を演じていたのでしょうか?私の前に座る女ではなかったのでしょうね?
長年連れ添った私から見ても、妻の容姿は美しいと思います。
この女がもっと素直であれば、こんな家庭にならなかったのにと、私も自分勝手な事に思いを巡らせます。
その考えは私を苛立たせ声を荒げ妻の話をさえぎります。

「考えなければ話せない事をしたのはお前だろう。それに何だその態度は!もういいから出て行けよ!お前には付き合いきれん。がっかりだ!」

ここでは冷静に相手の出方を見た方がいいのでしょうが、業を煮やした私はキレてしまいました。それでも妻は出て行きません。

「わっ分かったわ。ちゃんと話すから大きな声を出さないで」

滅多に妻に強く出なかった私ですが、どうやら立場は逆転です。
さぞや彼女は悔しい事でしょうが、ポツリポツリと話し始めました。

「あの人との付き合いは知ってる通り随分長くなるわ。御免なさい。
本当に貴方には申し訳ないと思ってる。
でも・・・でもね聞いて。私ね、私は貴方にもっと愛されたた・・・・
・・・・私、何時も男の人にちやほやされてきた。それは結婚するまで続いたわ。
貴方も知ってるでしょう?一緒に働いている時だってそうだったでしょう?
でもね、私そんな男に興味が持てないの。そんな中で貴方は私に振り向かなかった。
何とか振向かせようと頑張ったつもりよ。だって擦り寄って来る男には興味はないけれど、私を見ない男が居るのは気が納まらないんだもの。自分でも勝手なのは分かってる・・・・
そんな性格だから貴方に引かれたの。如何しても私に振向かせたかった。
そのうちに私の方が貴方にハマッタのよ。悔しかったけど如何仕様もなかったわ。
でも貴方は私とデートしている時も、その気があるのかないのか掴み所がなくて・・・だから結婚出来た時は本当に幸せだと思ったのよ。
自分でもあんな気持ちになるなんて不思議に思ったの・・・・
でも貴方は違ったでしょう?貴方は私じゃなくてもよかったんでしょう?結婚が決まってからも薄々とは感じてた・・・・
だから結婚してからも私は必死だったわ。だって貴方に振向いて欲しかったんだもの。
・・・・少しは私の気持ちも分かって・・・私が貴方に強く当ったのもそんな貴方に苛つきがあったんだと思う。
それがかえって貴方の気持ちを遠ざけると分かっていても、私・・・
そんな愛情表現しか出来ないの・・・・こんな女で御免ね・・・・」

妻は泣き声になり、話が続かないようです。

「お前が浮気したのは俺に責任があるように聞こえるな?俺がお前を愛さなかったからこんな事をしたと言うのか?
お前の言う通り俺は距離を置いていたと思うよ。だけど最初からそうだったろうか?お前は何を言っても聞いてくれなかったよな。
そのうちに疲れちまったのさ。努力が足りないと言われればそれまでだけどな。
だから全部俺が悪いと言いたいんだな?それは勝手過ぎないか?そもそも俺はそんな話を聞きたいんじゃない。
如何してあんな男と出来たのかと聞いているんだ。如何してあんな男と一緒にこんなに長く家族を裏切り続けたのか
と聞いているんだよ。そんな自分勝手な話を聞きたい訳じゃない。そんな話がしたいなら聞く耳は持てない」

何を我侭な話をしているんでしょう。親父が言ってた通り女とはこんなものか?
人に少しでも弱みがあれば、出来るだけ自分を有利な立場に置きたい。そこからストーリーを組み立てる小狡さにむっとします。
私はこの妻が不倫をしてショックを受けたかと言うと、正直な気持ちは面白くはありませんが、食事も喉を通らない程に傷付いて等いません。
深層心理までは分かりませんが、心の表面はかすり傷程度だと思っています。
だって私はこんな今の状況でもぐっすりと寝れるのですから。
そうかと言って、妻を寝取られた夫では如何も格好が悪い。その辺がクリアーされれば満足なのです。
そんな私に妻は如何抵抗するのでしょうか?何を言っても馬の耳に念仏だと思いますが。

「分かっています。でも・・・そこを分かってくれないと私の本当の気持ちが伝わらないの・・・・
そう思って私はそこから話し始めたんです。だから腹も立つでしょうが聞いて欲しいの。
私も覚悟は決めました。だからお願い聞いて!・・・・お願いだから聞いて・・・・」

「分かった。手短に話せ」

私は妻の言わんとする意味を理解し始めました。それは私が聞きたくない部分でもあります。
それでも、私が全て責任を負う話しでもないのですが・・・・・

「私の貴方への気持ちは今言った通りです。それなのに、あの人とこんな関係になってしまったのは、私は貴方との恋に疲れたと言うのか、上手く言えないんだけど、あの人は何か貴方に似ていた・・・・
全て話すわ。隠さず話す。もしも・・・もしも、その話を聞いて私を許してくれるなら凄く嬉しい・・・・
でも許してくれないんでしょう?その時の覚悟は出来てる。だって、私のした事は許されない・・・・許されない事だって・・・
その位は分かってます・・・・」

妻の話しが真実なのか嘘で固められたものなのか、じっくりと聞いてみましょう。
私的には如何でもいい事なのかも知れませんが、やっぱり気にかかる所ではあります。
今後の私の人生の為にも避けないで聞いておいた方がいいのだとも思います。いや、怖いもの見たさなのかも知れません。
それにしても、あんな男と私が似ているとは何て嫌味な話しなんでしょう。
あんなのより私はもう少し男だと思っているのですが・・・

妻の話を要約すると、このような内容です。
元同僚の千秋からの話しで入社した妻は、早く会社に馴染むために一生懸命仕事をしたそうです。
そんなある日、歓迎会が催されました。
その中で千秋からの助言は、社長のそばにはなるべく近づくなと言うものでした。
あの頼りなさそうな社長は、酒が入ると無類の女好きに変身するようです。
そんな癖が祟り、女性社員から幾度となくセクハラで訴えられそうになったと千秋から話を聞き、その日はなるべく距離を取っていたと妻は言います。
それでも社長の方から妻に接近し『旦那さんとは旨く行ってるの?』とか『金に不自由はしていないか』等、スケベ心丸出しで話し掛けてきたそうです。お酌をさせ、スカートから出ている太腿に手を置き、その手がそこを撫でるように摩るのに鳥肌が立つ思いだったと言う表情が、
嘘ではないと思わせました。
会社の長である以上、露骨に迷惑そうな顔も出来ずに困っていた妻に救いの手を差し伸べたのが岸部でした。
その後も、それを恩着せがましく言う事もなく何時も通りの態度に、妻は上司として好感を持ったと言います。
後で気付いたのは、社内で社長に意見出来るのは部長だけで、社員からの信頼は可也厚い存在だそうです。
当然女性社員からの信頼もありますがクールを装い、そんな男に憧れにも近い感情を持つ人も居ると言います。

妻の話が本当で有れば、あんな男に憧れの感情を持つ女性が居るとは、つくづく世の中は広いんだと実感してしまいます。
こんなに軽く浅い世の中に誰がしたのか・・・

元々手際のいい妻ですから、職場にも慣れてくると本人の言う通り仕事の内容も濃い物を任されてきたそうです。
そうなると一線で仕事をしている部長との行動も、必然的に増えて行きました。
好感を持つ男との仕事ですから、妻は当然仕事にやりがいを感じたと言います。
そんな中でも男の何も態度は変わりません。妻には単なる社員としての付き合いしか求めませんでした。
そのような所が私に似ていると妻は思ったのでしょうか?
そんな男に惹かれる性質の妻はこの男により一層の興味を持ちました。
しかし独身時代ならともかく、家庭を持つ身である以上そんなふうに思う事を何度も否定したそうです。
ただその恋愛感情にも似た気持ちを煮詰めて考えると、私に対しての物だと気付きます。
夫を愛している。だから私には妻だけを見ていて欲しい。
その気持ちとは裏腹に、私は妻に興味を示しません。
苛立ちは、私への我侭を加速させます。
愛している人に無視にも近い態度を取られる女。寂しかったのですと。

私的には妻の勝気な性格と我侭に疲れ果て、気持ちが離れて行ったのですが、そんな妻の気持ちを無視した態度は反省しなければならないと思いますが、俺も悪かったと言う気分にはなれません。

そのような関係がある程度経った時に

『雅子さんは本当によく仕事をしてくれるな。君が入社して助かっているよ。迷惑でなかったら、お礼に食事でも御馳走したい。
と言っても旦那さんの居る人だからちゃんと了解は取ってくれよ』

信頼する上司から持ち掛けられた始めてのプライベートな誘い。妻の心は女のときめきを感じてしまいました。
この時、妻は何かを予感したのだと私は思います。上司との食事を私に話しても反対されるはずはないのですが、何も話さずに出かけて行きました。
いや話さなかったのは、何も言われないのは自分から気持ちが離れている事を再確認するようで辛かったからだと言っています。
男との食事は巧みな会話術でユーモアに溢れ、あっと言う間に楽しい時間が過ぎてしまいました。
その中で男は、いかに今の会社を盛り上げて行くか、真剣な気持ちが妻に伝わります。
また、家庭を大切にしていて自分が帰ると奥さんが本当に嬉しそうな顔をする、そんな話をする時は会社では見せない母性本能をくすぐる優しい表情が印象的だった。私に言わせれば、人妻を誘い出して、手練手管をもちい落として行こうとしている男を見抜けない女は
馬鹿以外の何ものでもない。妻に下心があったから見ようとしなかっただけだと思うのです。
そんな妻に別れ際、男は意味深な言葉を投げかけます。

『私は妻を愛しているし、あいつと築いた家庭は掛け替え無く大切だ。でも、そんな気持ちとは別に如何しても気に掛かる人が居る。
悪い考えだと思うかい?』

妻は返答に困ります。

『世間一般的には許されないんだろうな。だけどね、人の気持ちは理屈では語れないよ。
私も何とか押さえ込もうとしたが如何しても駄目だった。
あっ、こんな話し雅子さんには興味ないよな。御免、御免』

妻の心に小さな波が押し寄せます。所詮、女とはこんなものか。

主婦を落とすのは簡単だと言った友人が居ました。

『どんなに激しい恋愛をして結婚しても、10年も経つと夫は妻に甘い言葉なんか掛けなくなる。
そんな時に、綺麗だ、素敵だ、魅力に目が眩む、女が喜ぶ事を会うたびに言ってやれば、余程嫌われていない限り意識するようになる。
そうなったら、もうこっちのものさ』

私が妻の話を聞いていて、この友人の手口と同じだとなと納得してしまいました。
刺激のない生活を送り、年だけは取って行く焦り。
そこに落ちた一粒の水滴が大きな波紋を広げて行く。
分からない事もないのですが、そんなのは男だって同じでしょう。
お前だけが感じているんじゃないんだ。馬鹿野郎!
男は明かに妻を狙っていたのです。それも時間を掛け用意周到に。
この時に初めてチラリと牙を見せたのです。
ましてや、この男は自分の家庭は壊さないと予め宣言しています。
何かに取り付かれた女はそんな事にも気づかないのか。
所詮、女とは・・・・
何て狡賢く勝手な奴なんでしょうか。こいつは身勝手過ぎる。

妻の話しは続きます。
食事後は男の言葉が気になる妻でしたが、何のアクションも起こしません。
次の日からも何時も通りの態度です。
『気に掛かる人』
それが自分で有れば、厄介な話しになるとは思いましたが、それはそれで自尊心を満足させられるものです。だから、あの言葉が気になる妻でした。
この時に思ったそうです。この人は私に何か似た雰囲気を漂わせていると。

私にして見れば、あの時は若く当然独身だったので、何人かの女性との交際がありました。
そんな状況だったので妻に特別な興味を持つ必要もなく、何かと忙しい私の態度がそう映ったのだと思います。
この男の狡猾な演技とは根本的に違うのです。
しかし自尊心の高い妻には男の存在感が大きくなって行きました。
まして私にだぶらせている男です。
それを理由に妻は気持ちの中で罪悪感はあまり感じなくなっていたと言います。

『私を見てくれない貴方の代わりを、あの人に求めていた気する』

しかし、この妻の言葉が私に予想外の感情を抱かせました。
私は妻を鬱陶しく思い逃げて来ました。
その代償がこんな形で姿を現したのでしょうから、確かに男としての
甲斐性がない。
金を稼いで来るだけが男の仕事ではないと思っています。
家庭を守っていると思っていたのは子供達の事であり、そこに妻の存在はなかった・・・・
夫婦の出来事に、どちらかが一方的に悪いなんてない事くらいは知っています。
そう思い妻に視線を移すとあんなに高飛車だと感じていた姿が、かよわく頼りなげにも映るのです。

その後また男は再度妻を連れ出します。
あの食事後、何時もと変わらぬ態度の男からの誘いに妻の心はときめきました。
この時は確かに家族の事など気持ちの中になかったと言います。
妻は1人の女になっていたのでしょう。忘れ掛けていた、あのときめきが帰ってきたのです。
仕事を言い訳に、私にまた嘘をついて出掛けます。
この時には少しは罪悪感が起きますが、女として見ない私を思うとそれも薄れてゆきます。

しかし、この時の記憶は私にはありません。
妻に無関心な私の姿が浮かび上がってしまいます。。

この時のデートで、男は牙を徐々に剥き出しにして行きます。

「雅子さんとのこんな時間は心が休まる。男は仕事ばかりじゃ駄目だな。
安心していれる人とこんな時間を持つのは明日からの活力になるものだ。
これからも付き合って欲しい。だけどこんなに綺麗な奥さんを誘い出すのは旦那さんに悪いかな?」

男の言葉が、妻は正直嬉しかったと言いました。
暫らく仕事の話や、他愛のない会話の後に男は真剣な表情を装います。

「この前話した僕が気になる人の話し。大して興味もないだろうから忘れたかな?
退屈だとは思うけど少しだけ聞いてくれないか。困っているんだ。
ますます心の中で大きくなって最近は夢にも出る」

妻は思い切って聞きます。

「夢にも出る人って誰ですか?私も知ってる人ですか?」

「知ってるさ。僕の前に居る人だよ。僕には妻が居る。貴女にも旦那さんが居る。こんな気持ちは許されないのは分かっているんだ。
だけど如何仕様もない。こんな事を言って申し訳ない。忘れてくれ」

妻は我を忘れます。もう1人の女でしかありません。

「・・・・私せすか?・・・私も部長にそう言って頂いて嬉しい・・」

こうなると男と女の行き着く所は決まったも同然でしょう。
この日に早くも関係を結んでしまったそうです。男の牙が妻に突き刺さった夜でした。
男とのめくるめく情事の後、言い知れぬ罪悪感を感じましたが、それを自ら振り払います。
こうなったのは私が妻に無関心だったからだと、全てそのせいにしてしまいます。
この夜、恐る恐る帰宅した妻の目に映ったものは、遅い帰宅も気にせずにぐっすりと眠る私の姿でした。
安堵感と同時に切ない悔しさが込み上げたと言います。
自分に理解がないのではなく関心も愛情もない夫。その虚しさは憎しみにも似た感情となって態度で表します。
私への口の利き方が今迄以上にきつくなり、夜の夫婦生活も完全拒否です。
帰りが遅くなったり平気で嘘を言い外出し、それが自分と正面から向き合ってくれる男への操と思い始めました。
家族への食事の用意もうっとうしくなり、男と逢瀬を繰り返したと言います。
妻は男にのめり込んで行ったのです。
不倫相手とのセックスは私とのおざなりなものではなく刺激的で、そんなところでものめり込む理由となりました。

それはそうでしょう。私だって相手が変われば、普段とは違うセックスを楽しむでしょうから。
この男がもしも妻と一緒になったとし、何年かすると私と同じようなセックスしかしなくなるのではないのでしょうか?
不倫関係でいるうちは、何時もと違う自分を表現出来るのだと思います。
その特殊な関係事態が刺激的なものなのですから。

そんな妻でも落ち込む気持ちになる事があるようです。
それは子供達の顔を見た時ではなく、無関心な私の態度に接した時だと言いました。

「よく考えて見れば、貴方に求めていた事を、あの人が満たしてくれたので満足感があったのだと思う・・・
本当は貴方とあんな関係を築きたかったのに・・・・
女は本当に愛している人と一緒に居る時が1番幸せなのよ。私にはそれが貴方だと分かっていたのに・・・・
私って駄目ね。如何しても貴方には素直になれなかった・・・・」

そんな妻の乾いた気持ちがより男へと向かわせます。
私にそんな気持ちを知って欲しい妻は、不倫を働いている事を気付いて欲しいと思う気持ちと、そうなった時に起こるであろう現実に
恐怖を感じていたそうです。
男から自分を取り戻して欲しい。それは私が妻を愛していると言う証になる。
もしも、そうしてくれるのなら素直になって一生掛けて私に尽くすつもりだったと言います。
反対に何も言われず放り出される恐怖感は大きなものでした。
気付いて守って欲しいけれど、反対の結果・・・どちらが自分に訪れるかは分かりません。
ましてや自分の意志で選べるものではないのですから。
また男の立場も気に掛かります。何年も交際が続けば情が移らない訳はありません。
確かに妻は男を気遣う気持ちも生まれていたのです。

「身体の関係って不思議なもの・・・・彼は何時も優しく愛してくれたから特別な感情も生まれてた・・・・
でも私も貴方との生活を失いたくない・・・だからあの人にも家庭を壊しては欲しくなかった・・・
会社の立場も心配だった・・・・でもね・・でも・・・
貴方かあの人かと言うと、私は躊躇なく貴方を選ぶ。でも心の何処かであの人ともと勝手な思いが・・・・」

これは妻の正直な気持ちでしょう。何年にも及ぶ肉体関係。
これで男に愛情が全くないと言うのなら、人間としても失格です。
そんな男と関係を続けられる人間は私は認めません。

この複雑な感情が完全に大胆にはなり切れなく、勝手な行動にも言い訳を考えたと言います。
それでも私への苛立ちが大きい時には、冷たい態度で無口になったそうです。
また逢うつどに愛された妻は、私には身体を許す気持ちになれなかった、いや私も求めなかったのです。
妻の気持ちも分からない訳ではありませんが、そんなものを認めたら多くの主婦が不倫に走るはずです。
あ~~そうか。だから何処でもこんな話題が溢れかえっているのか。嫌な時代ですね。
こんな時代だから妻も流行りに乗ったのかな?いやいや、そんなに私は物分りがよくはありません。此処で一歩も引く訳には行かないのです。

「それで如何したい?男を愛してしまったのなら、愛人にでもなるか?
俺と居るよりその方が幸せになれるかも知れない。俺との生活はきっと切ないと思う。そう言えば、お前達会社では如何なりそうだ?
当てて遣ろうか?そうだな、男とお前の関係は社内で公然の秘密だった。みんな知っていたんだろう?あの位の規模だ。
気付かれない訳がない。男は体裁上降格か?首にはならないな。
社長も知っていた以上、解雇は出来ないだろう。お前は因果を含められて解雇だろう?」

私が言葉を挟みました。

「・・・・さすがね、大半の人は知っていました。社長も専務も知っていたのに止めてはくれなかった・・・・
少し違うのは貴方の言う通り私は自主退社の形で、専務の知り合いの会社に入れてくれるって・・・・
私の口から事実が漏れて、貴方が全てを知って会社を訴えでもされたら困るからだと思う・・・・
私への口止め料だと思っている・・・・離婚になっても困らないように仕事を世話してくれたんでしょうね・・・・」

社長が手を出そうとした女を部長がものにした。
お互い様だからノープロブレム。専務とやらも止めさせはしない。
何を考えているのか。
こんな事は日常茶飯事な馬鹿会社なのでしょうか?
そう言えば以前、この会社は親族会社だと妻は言っていました。
たいして興味もないのでよく聞いてはいなかったのですが、確か社長の上に岸部が恐れる創業者の会長が居て、この人はたまにしか出社しないそうですが、社長の父親で、専務は会長の弟だったと思います。
そんなぬるま湯的な会社に、少々仕事の出来る部長が居る。
あの男は社長親族からの信頼が厚い。そんなところでしょう。
先頭に立つ指導者に恵まれない社員は不幸です。
こんなんじゃ、この会社は先細りだと思いますが自業自得ですよね。

「・・・私に迷いはありません。貴方が許してくれるなら此処に居たい・・・・仕事はしません・・・貴方と子供達の為に尽くします。
子供達にもちゃんと謝る・・・・許してくれるまで謝る・・・・
でも貴方が許してくれないなら、専務の紹介してくれた会社に行きたいと思っています。
だって私も生活して行かなければならないもの・・・・」

妻は何を血迷っているのか。
私は妻の言葉を脅迫だと受け取りました。
私が許せば元の妻に戻るが、許さないなら男との関係は絶たない。
そんな意味に受け取られます。
彼女は私の出す結論をもう理解しているのでしょう。
これだけ長い歳月を共にしたのですから、此方の性格は熟知していると思います。
1人で生きて行くのなら仕事は必要でしょう。年齢的に収入のある程度高い仕事に就くのは難しい。
専務の紹介した所で有れば、その辺は約束されているのだと思われます。
そうであるにしても、此処では言い方が違うのではないでしょうか?
その後は何も決まっていないけれど、とことん私に許しを乞う。それが道筋だと私は思います。
予め線路を引き、こっちが駄目ならこっちに行こうなんて妻のした事を思えば言える内容ではないと感じます。

「そうか。お前はしっかりしてるな。俺が駄目ならあの男とは別れないと言ってるのか?そんな考えなら俺はお前を許せない」

「そっそんなつもりで言ったんじゃないの!」

「お前、両天秤に掛けてるな。俺もこの年だ。気持ちが分からない事もないさ。
何年も関係の続いた男をすぐに忘れるなんて出来ないだろう。
だけどな、俺に許して貰いたいと思うなら全て忘れてからにしてくれ。
幾らなんでも失礼だ。さあ話しはその位でいいだろう。俺は寝るから出て行ってくれないか」

一旦躊躇した妻は大胆な行動に出ます。
私の前で服を脱ぎ始めたのです。
その下からはこのところ見る機会のなかった若い時のような張りは失っても充分に白く綺麗な裸体が現れました。
私には見せないで、あの男に見せていた汚れた裸体が。

「言い訳が通じなかったら今度は色仕掛けか?」

そんな言葉を妻に投げ掛けましたが、あの男にどんな事をし、どんな事をされたのか興味が湧きます。男って生き物も如何仕様もないなぁ。

妻の身体から視線を外せないでいるのをいい事に、ベッドの中に入ろうとします。
私とて男ですから暫らくぶりの妻の身体に息子が反応してしまうのはしょうがない事でしょう。
寝取られ趣味はないつもりですが、あの男に如何抱かれたのか、また妻はそれを如何受けて立ったのか興味が湧くのです。
そんな気持ちが前面に立ち1度はその気になった私でしたが、此処で負けては妻の思い通りですから精一杯の抵抗をしましょう。

「止めてくれないか。俺にそのつもりはないよ。他の男に触りまくられたお前の身体を如何して俺が抱ける?
たとえ何回洗ったとしても全てが洗い落とされる訳じゃない。
そんなの真っ平御免だ。まして気持ちはあいつに残して来ているだろう?嫌々抱かれるのは止せ。
俺もお前も虚しくなるだけだろう。・・・そんなお前を抱くくらいなら愛もなく客に身体を預ける風俗の女の方がまだましだ。
頼むから此処から出て行ってくれないか。まだ話があるなら後で聞こう」

「・・・気持ちを残して来てるなんて・・・」

妻が悲しそうな表情を浮かべました。
服をはおり出て行く後姿も寂しげでした。
今の行動は何を訴えようとしてなのだろう?
男を思い、私を思い・・・・あんなに悲しそうなのは何故なのでしょう?

如何してこんな夫婦になってしまったのだろうか・・・
気の強い妻に嫌気がさして、私は離婚願望に取り付かれていました。人間なんて欠点を挙げればキリがないでしょう。
特に私はその典型です。言い訳をさせてもらえば、夫婦生活は毎日の続くものだけに、ボディブローのようにダメージが蓄積してしまいました。
毎日、毎日積もっていったのです。自分の中の限界を超えた時に妻への拒絶反応が芽生えていました。
もっと戦えばよかったのです。たいして器を持った男ではないのですから。
それを拒否し逃げて来た結果がこれです。
妻の容姿は連れて歩いても自慢の出来るものです。あのきつい性格も私がもっと愛情を注いでやれば何とかなったのかも知れません。
そうしたなら、誰もが羨む夫婦になれたのかも・・・・
もっと私に甲斐性が有れば等と考えているうちに窓の外が明るくなって来ています。
浅い眠りについて間もなく妻の声で目が覚めました。

「貴方、起きる時間ですよ」

睡眠不足のボーーとした頭で洗面台に向かうと、妻はもう身支度が終っていました。

「何処かへ出かけるの?」

「会社に行きます。まだ引継ぎも残っていますし」

当たり前に答える、その言葉にカチンときました。

「正気か?どの面下げて会社に行くんだ?常識で考えてみろ。お前が言った事は嘘か?行くなら行ったらいいさ。
その代わり、もう帰る家はないと思え」

妻の言い分が、男に逢いたいと聞こえてしまうのです。それはそれでいいのですが、何かコケにされているようで腹が立ちます。

「・・・・・・・」

私達夫婦の会話を子供達も聞いています。頭が呆けているのでそこまで気が回らなかった。
長女は素知らぬ顔をしていますが、次女の方は心配そうに妻を見ていました。
妻と気の合うこの子には妻が哀れに映るのでしょう。
可哀想な事をしてしまいました。
そんな日は仕事にも気が乗らないのでした。その夜帰宅すると妻が出向かいに来ます。

「今日会社には行きませんでした。私も貴方の気持ちをもっと考えればよかったと反省してる。もう行かない。
無神経でごめんなさい」

無言で居間に入ると、次女が夕食の仕度をしています。

「お父さんお帰りなさい。今お母さんとご飯の用意をしていたの。お父さんの好きなもの作るからもう一寸待ってて」

如何やら妻は次女の機嫌を取った模様です。
この子は母親っ子でどちらかと言えば妻の見方でした。長女は妻の性格を受け継いでいますが、次女は私の分身です。
要するに甘えっ子なのです。
何とか私達の仲を取り持とうと考えているのかと思われます。これは強敵出現です。
居間に戻った妻は、次女と楽しそうに夕食の準備を再開し始めました。
その姿は何事もなかった、幸せな風景です。
食事時間も長女は降りて来ませんでしたが3人で普通にするのでした。
私は妻とは会話しませんが、次女が何とか話題を共有しようと明るく振舞います。
その姿がいじらしく、私は迷惑とも思いましたが合わさずにはいられませんでした。
そんな時間も何とか乗り切りましたが、食事後も私達を話しに巻き込みます。
夜も更けやっとそんな時間から開放し、自分の部屋に戻ろうとする娘が振り返り私に声を掛けました。

「お父さん、私やっぱり・・・・」

そう言い掛けて言葉を飲み込みます。大きな瞳に涙が溜まっているように見えたのは気のせいでしょうか。
その後の言葉が出ないまま、部屋に戻ろうとする次女を複雑な気持ちで見送るしかありません。

「あの子は貴方に何度も謝れって・・・・謝って許してもらえって・・・・
私のした事は皆を傷つけた・・・本当にごめんなさい。貴方・・・許して・・・許して貴方・・・・」

妻は私の前で深々と頭を下げ涙ぐみます。

「・・・・駄目だな。俺の許せる範疇を越えてる。嘘をついて何か高価な買い物をしたのとは訳が違う。
子供達には悪いが、あの子らにはこれからの人生がある。
何時かはこの家を出て行く時が来るが、俺達はその後如何する。俺は我慢できるとは思えない」

もしも妻を愛していたとしても、私は不倫を働いた女を許せないでしょう。
まして離婚願望の強い私には考える余地もありません。
それにしても、あの子の気持ちを考えると・・・・

「そんな事言わないでもう少し考えて・・・・私に時間を下さい・・・」

妻が食い下がります。私は妻に意地の悪い仕打ちを仕掛けました。

「お前、あいつは会社で降格位で済むと言ってたな。それは都合がよすぎる。それも一時的な降格だろう?
そんなに世の中甘くはないよ。社会的制裁が如何言うものか教えなければならないな。
まずは、あいつの家庭からはじめようか。あいつの家の電話番号を教えろ。奥さんにちゃんと話をしよう。
奥さんに罪はないが、知っておいた方が今後の為だろう。可哀想だが仕方がないさ」

「それは止めて。それは堪忍して。奥さんには何の罪もないの」

相手の奥さんに自分達のした事が分かるのが怖いのか、それとも男を気遣っているのか分かりませんが、それでは妻も甘いでしょう。
男に気持ちを残しているのだとしても私には関係がないと思っていました。でも私にも意地はあるのです。

「あいつを庇うのか?庇っているんなら、あいつにまだ気があるんだな。
まあいいさ。お前が教えなくても俺は知っているんだよ。どんな態度を取るか試しただけだ」

立ち上がり電話に近づくと妻がその前に立ちふさがります。

「辛い思いをするのは私達だけでいいじゃない。関係のない人まで巻き込まないで!あの人の家庭を壊さないで!」

必死の形相でまた無神経な言葉を口にしました。

「大丈夫か?頭が可笑しくなっていないか?関係のない人じゃないだろう。充分に関係者だ。
お前達と違うのは被害者だと言うだけだろう?壊れるか壊れないかは向うが決める事だろうが。
俺も子供達も、お前達とは関係がないんだよ。俺はまだしも、あの子達を傷つけて、関係のない人を傷つけるなとは、よく言えたものだ。
それに辛い思いをするのは私達だけとは如何言う意味だ。私達とは何なんだ!」

ただ妻を試すだけに言ったのですが、態度を見て気が変わりました。
何とか阻止しようとする妻に嫉妬とは違う複雑な感情を感じます。
いや、それは嫉妬心なのかも知れません。
妻を払いのけ受話器に手を伸ばします。
電話の向うに聞こえる声は、おっとりとした優しそうなものでした。
その声に私は一瞬躊躇してしまいましたが、今更引き下がれないでしょう。

「ご主人は帰られましたか。帰られていなければ奥様にお話ししていいのか如何か・・・・」

男はまだ帰っていないと言います。
もし帰って来ていのなら、まずは男と話を仕様と思ったのですが居ないのらしょうがありません。
これまでの経過をかいつ摘んで話をしました。
無言で聞いていた相手は静かな声を出しました。

「ご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。主人が帰りしだい話をさせてもらいます。本当に申し訳ありませんでした」

私は自宅の電話番号と携帯の番号を教えて話しを終えました。
思いつきで掛けた電話は、後口の悪いものとなり後悔の念が湧き起ります。
男の妻は穏やかで静かな声で受け答えをしてくれました。きっと、大人しい人なのでしょう。
自分がした事のように謝るあの人にまだ聞かせるべきではなかったと反省してしまいます。
私が起こした問題ではありませんが、男の妻の起こした問題でもありません。そんな人を自分が傷付けてしまった気分です。
電話を切り振り返ると妻は呆然とへたり込んでいます。

「お前達のおかげで嫌な思いをした。俺ばかりじゃない。あの奥さんもショックだろうさ。
可哀想に。もっと責任の重さを知るべきだ」

何で私がこんな思いをしなければならないのか。こいつら本当に腹の立つ奴らです。

私から妻には言葉をかけません。どんな行動を取るのか興味があったからです。
人事みたいな事を言いますが、私の心にそんな勝手な意地の悪い自分が存在します。
これが普通の夫婦なら、こんなふうには思えないのでしょう。
想像するのもおぞましい修羅場が展開しているのだろうと思います。
でも私達夫婦の間にはそんな光景はありません。その代わりに冷たい空気が流れています。
その空気は主に私が作り出しているものなのでしょが・・・・・
本当は修羅場を演じている夫婦の方が健全なのだろうと、また人事みたいに醒めた脳が考えていました。
そんな私にとっての楽しい時間がどのくらい流れたでしょうか。
妻の携帯から着信音が聞こえます。
久しぶりに聞く着信音は以前の聞き慣れたものとは違い一瞬何の音だかピンと来ませんでした。
携帯を取って相手を確認し慌てて部屋から出て行こうとする妻に相手が誰だかも知りました。

「此処にいるんだ!隠れる必要はない。此処で話しなさい」

その言葉に一瞬慌てたようです。

「はっはい」

素直に戻り話していますが、私の目を気にして辛そうです。
しかし、その内容からして会話の相手はあの男なのは明白なものとなりました。
男はわざわざ妻の携帯に連絡して来たと言うのは、どんな魂胆があっての事なのか?妻も如何してはっきりと話せないのか?
それは私に聞かれたくない内容だからに他ありません。
此処に及んでどんな悪知恵を働かせたところで、何の役にも立たないのに。
私も舐められたものです。
相手の会社に乗り込んで、あんな行動に出たのに、まだ私の本質に気付かないのは、妻が私の事をよほど見下して相手に話していたのかと思えるのです。
確かに事なかれ主義を通して来たのは私ですから、とやかく言えない立場でもありますが腹が立つのを抑えられません。

「業とらしく聞くけど誰からなの?」

「・・・・・・・・・・」

「誰からなのか聞いているんだよっ!」

こんな時は穏やかにと思ってはいたのですが、苛立っている心を隠せず声に怒気をおびてしまいました。
別に穏やかに接するのが得策な訳でもないのでしょうが、格好を付けたがる私の癖です。
その声に妻が素直に応えたのは、本音ほど相手に伝わるものはないと言う事なのでしょう。

「・・・・岸部部長から・・・・」

口ごもるのは誤魔化したかったからなのでしょうが、出来る訳がないのに。

「お前に何の用事だ?また、お誘いか?お前達は懲りないな」

「そんなのじゃないわ・・・・・」

訴えるような眼差しを投げかけてきますが、岸部は由利絵に何の用で電話をしてきたかくらいは私も想像が出来ます。
そんな事は如何でもよく、少し意地が悪くなっていたのです。

「ふ~~ん。じゃあ何の相談なのかな?もしも俺が奥さんに言ったのにクレームを付けているのならお門違いだと言ってやれ。
お前だって、あいつの思う通りには出来ないよな。文句があるなら俺に言え。くだらない男だな、まったく」

「・・・くだらない人だなんて・・・こんな場合は誰だって・・・・」

私達夫婦が如何なるかは成り行きまかせ。
そんな投げやりな気持ちでも決して愉快な立場にいる訳でもないので、その言葉にカチンときたのです。
この期に及んで相手を庇うような態度に出るのは、とっさの事とは言え妻の本音なのでしょう。

「おいおい、立派な男が人の妻に手を出して尻拭いも出来ないのは何故だ!お前に話す前に俺に詫びるのが順番なんじゃないかっ!
何が、くだらない人じゃないだ!勝手な事を言いやがて!そう出るなら此処から叩き出すぞっ!」

自分でも思っていなかったような大声を出して、携帯を取り上げていました。

「冷静になってちょうだい!私が悪かったのっ!私が悪かったんです・・・・」

妻も必死なようです。

「違うな。お前だけが悪いんじゃない。お前達二人とも悪いんだよ。聞こえてるかい、・・・岸部さん」

おもむろに岸部に問いかけました。

「・・・・・貴方には申し訳ない事をしてしまいましたが、何も妻にまで話さなくても・・・・・」

相手はボソボソト答えてきます。
こんな時の人間の気持ちが分からない訳ではないのですが、随分と勝手な言い分です。

「俺達が壊れるのはいいが、自分達が壊れるのは嫌ってか。甘いな、おっさん。奥さんには何の恨みもないが、あんたのやった事を
知る権利はあるだろう。聞きたくない話だろうが、今後の為にも知っておいた方がいいと思ったのさ。
声だけしか聞いていないが、おとなしそうな感じのいい人じゃないか。あんたみたいな男と一緒になったのが可哀相だよ。
奥さんの為にも男としての責任をきちんと取って出直すんだな。
俺はあんたが思っているほど甘くないぞ。覚悟しておけや。
これからは何か用事があったら俺にしてこい。携帯の番号は奥さんが知ってる。雅子と一緒になるのが、責任の取り方だと言うんなら話は別だがな」

相手の奥さんに話してしまったのは成り行きでしたが、妻とこの男が一緒になるのを反対はしません。
内心は快くはないでしょうが、別れる手間が省けるとも心の何処かで思うのです。
離婚するにしても、そんな方法が私のこれからの人生にプラスにならないのは百も承知です。
でも、このまますんなりと事が運べば、どんなに楽だろうと思ってしまうのです。
携帯を切ってから何か言いたそうな妻を無視して新聞を見ている振りをどれくらい続けていたでしょうか。
家のインターフォンが来客を告げました。
妻が立とうとするのを制しモニターを見ると、岸部が立っています。
わざとらしく問いかけます。

「どちら様ですか」

「岸部です。夜分申し訳ありません」

「誰に用事だ?俺にか?雅子にか?」

「お二人に話があります」

来るだろうとは思っていましたが、いざ来られると面倒臭いものですね。しょうがなく今回は中に入れました。
リビングのソファーに座る男から言葉が発せられません。ただ俯いたままです。こいつ何をしに来たのか。
そんな時、岸部の携帯が鳴りました。その着信音は妻のものと同じです。
男が何気なく出したタバコも妻のと同じです。
この馬鹿嫁は、岸部にどれほど感化されてしまったのか?私も疲れてしまいます。

「・・・・分かった・・・帰ってから話し合おう・・・」

相手は奥さんなのだと思います。何を話し合うのかは分かりませんが関係ないのです。
私はこの状況を早く終わらせて、さっさと眠りたいと思っています。
うつむきながらも深刻な表情で話し出さない男に焦れてしまいました。

「岸部さん、用事があって来たのでしょう?まさか私の顔を見たかったなんて言わないでしょうね?
黙っていたってしょうがないでしょうが。せめて貴方を好きになった家内の前では男らしく行きましょうや」

私の言葉に岸部は視線を上げました。
しかし、何か言うかと思っても言葉を発しません。自分に都合のよい言い訳を考えているのか、男の妻に話した私に恨み事でも言い出そうとしているのか?

「・・・妻は離婚も視野に入れると言われました。私もこの年まで女性関係が何もなかったとは言いませんが、妻に知られたのは今回が初めてです・・・・信じていた分ショックが大きかったのだと・・・・」

重い口を開き始めましたが、また黙ってしまいました。今の電話は、最後通達を突きつけられたものだったのでしょうか?
この男の家庭の内情に興味なんてありません。

「相当うまく遊んでいたんでしょうな。羨ましいかぎりです。
私は妻と一緒になってから一度もそんないい思いはしてないな。
そりゃぁ奥さんショックだったでしょう。それでも冷静になれば許してくれるかもしれないですよ。
何せ、貴方は人の妻をその気に出来るくらいに魅力がある人だ。奥さんも貴方には惚れているんでしょう。
子供さんもまだ小さいし、離婚はないと思いますよ。
でもね、ばれたのが今回でよかったと思うよ。
俺はさぁ、あんたから慰謝料を貰おうなんて思ってないですし。
そんなもの日本じゃ幾らにもならないのは知っていますよ。
それに会社での立場も大した事ないって、こいつから聞いてるしね。
本当にうまくやってるよな。痛かったのは奥さんに知れてしまったくらいか。俺も世渡り上手になりたいな。
まぁ、岸部さんも少しは困ってるようだから、一矢は報いたか」

私の妻も俯いて座っていますが、ときどき男に視線を送っています。
会社での雰囲気と違い情けない男に、母性本能をくすぐられ守ってやりたくなったのか、女の複雑な感情は分かりかねます。
この二人を見ていると、私が岸部の立場なら何を思っているのだろうかと考えてしまします。
妻に密告されて来るつもりもなかった家に来たのは何故でしょう?
会社での立場はもう決まっているのですから、この場合は男の妻との関係修復に少しでも有利な事柄がないかと思って来たのではないでしょうか?私は鎌を掛けてみました。

「俺に金を払わなくてもいいが、責任は取ってもらよ。あんたの家庭が如何なろうと知った事じゃないが、雅子は引き取ってもらう。
離婚になれば本妻にすればいいし、そうじゃなかったら二号さんにでもしたらいい。
あんたの責任は、こいつをちゃんと食わせて行く事だ。それも今日からね。俺の言いたいのはそれだけかな。
雅子、支度をして来い。岸部さん、後は任せたよ」

これは思いのほか効いたようで、黙りこくっていた岸部が慌て始めました。

「そっそんな事は出来ない!私にも生活がある!貴方は無責任じゃないのかっ!」

「そうだよ。無責任さ。俺は高級車には乗れないが、それでも中古車を買った事がないよ。他人の手垢の付いた物は嫌なんだ。
こいつは初めから中古みたいな物だったが、俺には新車だったよ。だけど、あんたが手垢を付けたんだ。
それだけで俺は嫌なんだよな。下取りに出すよ。大切に乗ってやってくれや。中古だが只で手に入るんだ。
文句を言われる筋合いはないと思うがな」

岸部と妻の顔色が変わっています。

「あんたっ!人間を車には例えれないでしょう!雅子さんを、そんなふうに扱っているから浮気をされたんじゃないですか?
雅子は何時も、あんたの事をつまらない男だと言っていた。
女房にそんなふうに思われて悔しくないのか?私なら耐えられない。だけど、そんな事を言う旦那ならしょうがないと思いますよ」

慌てる慌てる。男の慌てぶりが面白くてしかたがありません。

「おい雅子。お前そんな事を言っていたのか?俺を馬鹿にしながら乳繰り合うのは楽しかっただろうな。
好き放題言っていたんだろう?そんな時はベッドの上でだろうな。楽しそうだな。二人の幸せそうな風景が目に浮かぶな。
あっ、そんな二人の間に俺はお呼びじゃないか。これは失礼しましただ。退散するよ。子供達も上にいるし、ここでこれ以上話をするのは勘弁して欲しいだけど俺が言った責任は取ってもらうよ」

私が席を立とうとすると、妻が叫ぶような声を上げました。

「貴方っ!貴方待ってっ!私が悪かったのっ!」

その悲痛な声を背中に、寝室へと向かいました。
さぁ、この二人は如何出てくるか?私はせせら笑っているのです。

寝室に入り何分も経っていませんがドアが叩かれます。
私はテレビにスイッチを入れてはいましたが、上の空で眺めていただけです。そんなに大きな家じゃないので居間の気配は分かって
しまうのです。妻と夜の夫婦生活があった時代には、子供達が居間に降りてこないかと気を使わなければならかったくらいの家ですから。
それにしても、こんなに早く男を帰し此処に来るとは思ってはいませんでした。
男を帰す時には、妻が何か怒っていたようです。何を言っていたのかは分かりませんが。
私は妻があのまま家を出て行くとは思っていませんでしたが、出て行ってくれても構わないと思ってもいます。
それが無理なら、せめて今夜は面倒な事は避けたいのです。きっと明日も避けたいと思うのでしょうが・・・・

「貴方、少し話がしたいの。入ってもいいかしら?私が悪かったのは認めています。貴方の気持ちは痛いほど分かっているわ。
お願いだから話し合う時間を頂だい」

今日、出来る事は今日済ます。決して明日には延ばさない。
そんな生き方をしてこれたなら、こんな厄介な日を迎えなくてもよかっただろうに・・・
それを避けていると何時か付けが回るのは分かっていても、日頃は流れに任せて生きてしまいました。
だけど、こんな日は自分の甘さが身に堪えます。自業自得と思っても、全て人のせいにしてしまいたい。

「何だ。まだいたのか。あいつと一緒に行けと言っただろう。もう話す元気もないよ。悪いけど明日にしてくれないか。今日は疲れた」

また明日に延ばしてしまいます。何才にになっても性格は直らないものですね。

「私達の人生に関わる事よ。そんな話ってないんじゃないっ!こんな時くらい男らしく向き合って欲しいの」

間男に男らしくと言った私が、尻軽女に男らしくなんて言われるのは・・・あ~~~情けない。

私は腹が立ってしょうがありません。別れたいと思っている妻が不倫を働きました。
勝手な思い込みなのでしょうが、その相手も私よりも勝った男だとは思えないのです。
別れたいと思っているのですから、どんな相手と何をしようが如何でもいいはずなのに腹が立ちます。
頭の中は冷静なつもりでいるので、腹が立つ自分に釈然としないのです。
自分の心理を分析してみます。その感情は単に私のプライドを傷つけたからなのだと結論に至るしかないでしょう。
くだらない事ですね。知らないうちに私だって妻のプライドをどれだけ傷つけて来た事やら。
妻が男と逢瀬を繰り返していたのは、何も興信所に依頼する前から何気に気づいていたはずです。
ですから愛情を持てない相手が私に牙を剥いたからと言って、気にしなければいいのです。それだけでのはずです。
でも腹が立ちます。人間の深層心理は複雑です。
自分の事すら分かりません。
今ドアの向こうで、私に問い掛ける妻と向き合う気持ちになれないのは、こんな時はどんな対処方法がベストなのか気持ちの整理が出来ていないからだと思い知らされます。
こんな時にも危機管理がなっていないのは日本人のDNAなのでしょうか?

妻は昨夜、私に『私達の人生に関わる事よ』と寝室の前でほざいていましたが、結局ドアを開けずじまいで眠りに就いてしまったのです。
私はまた面倒を避けて通ったのでしょう。
浅い眠りの中で夢を見ました。夢の中で岸部の奥さんと話していましたが、相手の顔が見えません。
話の内容も記憶していませんが、何かボソボソト話していました。
これは私の潜在意識が奥さんに会った方がいいと言っているのだと思えるのです。

だるい身体をベッドから抜け出させ、洗面台に向かうと妻が何か話したそうな視線を向けてきましたが、私は無言でその横を通り抜けました。
顔を洗い台所に目を向けると、その背中が寂しそうです。
何を思い私は決して口にしない朝食の準備をしているのでしょうか?
私にある程度の責任があったとしても、行動を起こしたのは妻です。その背中に何の同情の念も起きません。
身支度を整えると、接点を持たないように玄関へと急ぎました。
慌てて妻が私の背中に声をかけて来ましたが無視です。
昨夜の男と同じ煙草を吸い、同じ呼び出し音の携帯を持つ女の心に苛立ちが収まらないのですが、そんな自分にも腹が立ちます。
別れを希望しているのなら、そんな事は如何でもいいのに。
私は本当に別れを希望していたのか?
自分の気持ちさえ掌握出来ていないのに苦笑してしまいました。
妻と顔を合わせる事を拒否して出社したので、当然早い時間に着いてしまいましたが、この静かなオフィスに落ち着きを取り戻します。
そんな気分にしたっている時に、同期の友人が声をかけて来ました。
余程、自分の世界に入り込んでいたのでしょう。声を掛けられるまで、友人が入って来たのにも気づかない私でした。

「朝から元気がないな。まぁ、しょうがないか。今夜飲みに行くぞ」

『しょうがないか』と言った意味も分からずに、岸部の奥さんにコンタクトを取る事に気が行っている私は、断りの声を出す前に思いもしない彼の言葉に唖然とします。

「千秋からある程度の話は聞いたよ。今夜行くぞ」

呆然と見上げる私に、友は優しく微笑みその場を後にして行きました。家庭内の実情は他人に知られたくはありません。
しかし、思い詰めている時には話が別なようです。
自分だけで全て抱えるのは辛いものです。それだけ自信を持てない私なのでしょう。
この時、肩の重荷が少し軽くなる感じを覚えた私でした。

生きていると色々な雑念が湧き起こるものるものですが、悲しいかな仕事をしている時だけは忘れていられるのです。
その日も友との待ち合わせの時間まで、ほんの一瞬だったように
記憶しています。
残業も程々に同僚との待ち合わせ場所に向かいました。
その店は何時も通りの賑わいで、奴を目で探すとカウンターでもう日本酒を一杯やっています。

「待ったか?」

私の声にニタリと笑い、

「待った、待った」

その受け答えが私を楽にさせるもので、ほっとしてしまうのです。
お互いに馬鹿話をしながらも、本題を切り出すタイミングを計っていました。
こいつは何気なく話を本題に乗せてきました。

「・・・大変なようだな。武勇伝は千秋から聞いた。お前、やんちゃな所は昔と変わっていないんだな」

「やんちゃって何よ。俺もおとなしいものだぜ。もう年だからな」

どんな行動を言われているのか分からない私は、曖昧な返事を返しました。

「う~~ん。雅ちゃんの職場に乗り込んだって。たいした度胸だ。俺なら出来ないな」

ごく自然に話し掛けてきます。

「そんな事まで知っているのか・・・・俺も少し頭に血が上っちゃてな。思い出すと心臓がバクバクするよ。
挙句の果てに相手の奥さんに電話も掛けたよ。何か女みたいで嫌になっちまう」

友はやはり私達夫婦の出来事を知っているようです。もう格好付ける何ものもありません。

「雅ちゃんの相手は岸部だって?それが以外だったよ。まさか、お前がそんな目に会うなんてな。
・・・・あの会社は、それなりの信用がある。それでも二代目の評判は良くないな。
先代は人望も厚かったそうだから、ここまでの会社になったのに、ぼんぼんは甘いからな」

「岸部を知ってるのか?」

意外な言葉でした。

「何度かうちの会社に来てるぜ。俺は仕入れが専門だから来るたびに会ってるよ。うちと取引をしたっがているのに、お前の女房に
手を付けたら元も子もないな。もう少し、まともな男だと思ったのに」

話によると、二代目社長の人柄と、その方針からも得意先の反感を買い、業績は芳しくなくなって来ているとの事。
それでも、先代の顔で何とか表面上の体裁は保たれていますが、それだって、何時までもは続くはずがありません。
そこで当社に納入し世間的な信用を付けると言う手段に打って出たようですが、流石に同僚は調べ上げていました。

「少し苛めてやるか」

そう言ってニヤリと笑った彼が、どんな方法を考えているのかは分かりません。

「なあ、女の悩みは女で解決するさ。
今夜は昔を思い出して遊ぼうや」

良い酔い方をしていたのも手伝い、その後あまり高くないクラブ等、何軒か梯子をし店の女の子に声を掛けましたが全て失敗。
まあ、おいそれと持ち帰りの出来る年でもないし、身分でもないのでしょう。
それでも久し振りに楽しい夜を送れた事に、友に感謝です。

かなり遅い時間の帰宅だったと思いますが、妻は起きて帰りを待っていました。
酔った頭の中には、女の子と何も出来なかった悶々とした感情があったのでしょう。
『女の悩みは女で解決』同僚のその言葉が『妻の悩みは妻で解決するさ』そんなふうに頭の中を駆け巡り、会話を求めているのも
構わずに強引に寝室に連れ込みます。
荒々しく服を剥ぎ取られ少し抵抗をしましたが、諦めたようです。
しかし、その夜の彼女は私の行為が終わるまで何の反応も示さないよう、じっと耐えているように感じました。
そんな態度に程よい酔いも急に覚め、虚しさが襲うのを抑えられません。

「悪かった。如何にかしてたな」

身体から離れ背を向けると、その気持ちを察したのでしょう。

「私こそごめんなさい」

私の背中を何度かさすり、静かに寝室から出て行きました。
妻の後姿を見る事もなく、私は背を向けたままです。
彼女と歩んだ人生で、後姿をまともに見た事があったのかな。
責任は一人だけに押し付けるものでも、背負うものでもないのでしょうね。
もしも時間を巻き戻せるなら、二人が信頼しあえる家庭を築く努力が出来るのかな?そう、自分に問い掛けてみます。
・・・・答えは出てるよな・・・・妻の不倫を盾に取り、それを責めて離婚に持ち込もうなんて姑息な真似はやめましょう。
それは妻のためでも家族のためでもなく、私自身のためにです。
惰性で生きて行くのはやめ、これからは自分の意志を第一に生きて行こう。人生が終わる時に、後悔がないように。

妻の声に起こされ時計を見ると、もう何時もの起床時間をとうに
過ぎています。横に懐かしい優しい笑顔があります。こんな妻の顔を見るのは何時いらいでしょうか。
そんな事に気付くのは、しばらく後なのですが。

「やばい。遅刻する」

私は飛び起きました。

「貴方、今日は休みじゃないの?」

そうでした。だから昨日はしこたま飲んだのでした。
それに気付いた私は、また掛け布団に潜り直しました。
布団の中で夜の出来事が頭をもたげるのです。
妻の相手が岸部だったら、どんなふうに受け入れたのだろうか?
身体は私よりも馴染んでいる相手です。それなりに燃えたのかもしれません。
そんな考えで素直になれないのは、嫉妬なのかもしれないと思うと不思議だなと思うのです。

「もう少し寝かせてくれ。二日酔いなんだ」

「分かったわ。朝食は何か食べたいものあるかしら?」

「何もいらない。腹が減ったら何処かで食うから気にするな」

もう食べないと決めた以上は断るのです。絶対に食べません。
それが妻への、ささやかな抵抗になるんじゃないのかと思うのです。
私の気持ちが通じたのか寂しげな笑顔で私を見つめながら、掛け布団を直してくれました。

「俺が起きたら話がある。約束があるならキャンセルしてくれ」

強い口調ではありませんが、意思のある口調で伝えました。

「分かってます。私も話があるの」

穏やかな中にも意思を持つ語り掛けです。
浅い眠りでしたが起きるともう昼近くで、ゆっくりとベッドを抜け出しました。
居間で見るでもなくテレビを見つめてる妻がいます。
私の姿に気付き断ったのに昼食を取るかと聞いて来ましたが、返事はやはりNOです。
しかし今の私の姿を彼女は如何見ているのでしょうか。
パジャマ代わりに着ているよれたスウェットに寝癖の付いた髪の毛。
仕事場で颯爽としている岸部を見ている妻には、さぞ魅力のないことでしょう。
でも、男なんて家の中ではこんなものでしょう?あの男だってたいした変わりがないと思うのですが、何か気が引けます。

「昨日は悪かったな。少し飲みすぎたよ」

「私こそ御免なさい。急だったので・・・・」

「いいんだ。あれでよかった。
夫婦と言えども心の絆を無くした者同士が戯れるものじゃないよな。本当に酔っていた」

次に来る私の言葉を断たんとするように妻が声を発します。

「ねぇ、皆で温泉にでも行かない?前のように家族っていいなって思いたい」

さすがに私も、この唐突な言葉に眠気も吹っ飛びました。
しばらく間を置いてやっと声がでます。

「話があるって言ってたのは、その事か?」

「・・・・・・・・・・」

「普通さぁ、家族っていいものなんだよ。
思いたいんじゃなくて普通にいいものなんだ。
お前は如何思っているのか知らないが俺はそう思うんだ。
そりゃあ不平不満もあるだろうさ。それでも掛け替えがないのが家族なんだろう。それについては俺も悪かった。
俺の事しか考えていなかったものな・・・・その反省は次の人生に生かしたいと思ってる・・・・別れよう・・・・勝手でごめんな」

虚ろに見つめていた瞳が潤みだしています。男と女の別れには修羅場が付き物なのでしょうが私は苦手なのです。
その場にしゃがみこみ両手で顔を覆う姿に、ジェットコースターに乗った時のように胃が悶えてしまいます。
妻の頭を撫ぜて、その場に立ちすくむのですが本当はこの場から逃げたい気持ちでいっぱいなんです。

「・・・私が貴方にした仕打ちを思えば、そう言われてもしょうがない・・・でも・・私は皆でここにいたい・・・
少し時間をちょうだい・・・心の準備が・・・」

女はずるいよな。こんな時は泣けばいいんだものな。泣かれる男はたまったものじゃないよ。

「心の準備か。確かにな・・・大変なら俺がしばらく家を空ける。けじめを付けるなら早いほうがいい」

だいたい準備って何があるのでしょう。自分の生活設計か?男との今後の事なのか?
生活なら当初は私が援助してもいいのですが、男との事は関知するものではありません。
これほど長く続いた関係を直ぐに断ち切れるものではないと、この年まで生きた私には分かります。
身体の関係を結んだ男と女は、心の契りも出来てくるものでしょう。

「なるべく早くけじめを付けてくれ」

「・・・・子供達は?何て言えばいいの?」

「もう大人だよ。俺から話すさ。その後はあの子達が決めればいい」

妻はしゃがんだまま立とうとしません。肩が小刻みに震えているのは、まだ泣いているのでしょう。
彼女の気持ちを信じるなら、このままの生活もあるのかもしれない。
でも私は後戻りはしません。如何であれ俺は男だ!そう叫びたい。
これから、まだまだやらねばならない事も山積みですし、一歩も後戻りは出来ません。
この一連の現実は自分自身にも責任があったのでしょう。
しかし、妻と男との関係は長すぎるし、その期間が贖罪であると思う事にしました。
離婚願望が強かったくせに、いざと言う時に躊躇してしまった。情けないとも思いましたが、いくら気持ちが醒めてると言えども今までの夫婦の歴史があります。
当然に情がまったくないわけではないのです。でもいいです。お互いの幸せなんて言いません。これからは私と子供達の幸せだけを考えて行きます。
ましてこれから、如何努力しても彼女との生活は苦痛でしかないと思えるのです。
不倫されたのは当然面白くはありませんが、本当はそれほど堪えてもいない自分がいるのは、愛などはもうないと悟っているのです。
私と子供達が幸せなのが、彼女のためだと思いましょう。

『さようなら。ありがとうね』

心の中で妻に声をかけましが、やっぱり私も涙が出そうです。
何度も何度も期待していた時が近づいたのに、私の心の中は複雑で困ります。

「今は話す気分じゃないだろう?悪いけど少し出てくる。話したい事がまとまったら夜にでも、また話し合おう」

不動産屋にでも行って、家賃がどのくらいするのか見てこようか。また金がかかるな。

ふらりと家を出て近くの不動産屋の前の張り出しを見ると、思っていた以上に高いものです。
その中で何とか手頃な物件がないかと探すと、それなりにあるものですね。
1ルームでトイレとお風呂があれば、如何にか不自由はしないと思います。
今の家庭は非常事態なのですから、贅沢は言ってられませんでしょう。
何軒かの店でこんなものかなと納得した物件を見つけました。
現地に行って見たわけではありませんが、そんな事は如何でもいいのです。少しでも早く行動に出たい。
そこそこ家から近くて、なるべく安ければ助かるのです。
店の中に入り思い切って手付金を払いましたが、恥ずかしい話し5000円だけです。手持ちがそれだしかないのですから情けない限りです。

夕方近く家に戻ると、居間から娘達の華やいだ声が聞こえてきます。
私の帰宅に気が付いた長女が笑顔で話し掛けてきましたが、そこに妻の姿はありません。

「お帰りなさい。お母さんと会わなかった?探しに行くとか言って出て行ったわよ」

私が何処へ行くのかも知らないで、如何探すと言うのか。また探しに来て何をしようと思っているのか。
私には分かりませんが携帯と言う便利な物があるのにと思ったとたんに持たずに出たのに気付きました。
部屋に行き携帯の着信履歴を確認すると、確かに妻からのものが何通もあります。

居間ではまだ話が弾んでいるようで、私が入ると長女が笑いながら話を振ってきました。

「ねぇ、ねぇ、お父さん。この子、彼氏が出来たんだって」

「あ~ぁ!お姉ちゃん!内緒だって言ったのにぃ!」

その話を聞いた私の視線が少し険しかったのか、長女はからかってきました。

「あれぇ、お父さん妬いてるの?」

そうなんです。次女の彼氏に敵意を感じたのです。その感情は妻が男と関係を持った以上に嫉妬したのでした。
妻への感情よりも娘への嫉妬心が強いのはどんなもんなんでしょう?世のお父さん達は如何ですか?

「そっそんな事ないよ。そうか、青春してるのか」

冷静になった時に、自分のそんな時代に思いを馳せますと、私にもそんな時があった。
でも流れに任せて、その場その場で適当に生きてきただけで、本当に心から人を愛した事があったのか?
あの時の彼女らは今、如何してるのか。
私はこの人でなければ駄目なんだと思って結ばれたのか?
惰性の人生が産む結果は初めから見えていたのかも知れませんね。
だけど御見合い結婚で幸せな人生を送っている御夫婦もいらっしゃる。
私は心から愛して、この人のためならどんな犠牲もいとわない。
そんな気持ちで結婚と言う人生の一大事に立ち向かうべきだったのです。
そのへんが大いに欠けた未熟者だったと素直に認めざるおえないですね。

「広く浅く沢山の男友達と付き合って、この人と思うのを探したらいいよ」

良いアドバイスなのかは分かりませんが、一応は親として何かを言いたいと口から出た言葉です。

「いやよ、そんなの!彼は素敵なの!」

次女はむきになって言い返してきました。
はい、はい、好きにしてちょうだい。
今時の子に何を言っても聞かないでしょう。
そんなこんなで賑やかな雰囲気に任せて、私の決意を子供達に伝えます。

「あのな、お父さんと、お母さん、しばらく別々に暮らそうと思うんだ」

「・・・・・・・・・・・」

雰囲気が一変してしまいました。妻の取った行動を、この子達は知っています。
私達夫婦に起こりえる事態だとも感じていたのだろうと思いますが、それでもショックなのでしょう。

「少しだけ?また一緒に暮らすんでしょう?」

長女が次女の気持ちも伝えてきました。

「・・・それはないと思う・・・」

色んな事を伝えたいと思うのですが、それだけ言うのが精一杯です。
そんな時に妻が帰ってきました。私と子供達の話の内容は分かっていないのでしょうが、微妙な雰囲気には気付いたようです。
神妙な表情で私達と同じ席につきました。まずは乗り越えなければならない第一の関門です。
『俺は男だ!俺は男だ!!腹に力を入れて立ち向かえ』
適当にその場を濁して逃げてきた自分自身に言い聞かせます。

家族皆が私を注視しています。

「お父さん、部屋を借りる事にした。今度の休みに間に合えば引越ししたいと思ってるんだ」

子供達の方だけを見て喋り出しました。

「・・・・・・・・・」

誰も口を開く者がいません。私の意思の強さが滲み出ていたからなのでしょうか?
しかし条件が少し変わってしまったのです。

「私が原因だから私が出ます。ただ離婚は少し待って欲しい・・」

子供達も妻が出る事に異議はなく、親の離婚についても心の準備が必要だからと次女が主張するので飲むしかありません。
その次女を嬉しそうに見つめる妻が少々気にはなりましたが・・・
それでも、こうすんなりと事が進むとは思っていなかったので了解しました。
下準備が整っていたとは言え、こんなにスムーズに行くとは思わなかった。それが本心です。
私が決めてきた所でいいのか如何か下見をさせましたが、それでOKだとの事で引越しまでに時間は掛かりませんでした。
出て行こうとする妻に、娘達の目を盗んでこそっと渡した離婚届には、私のサインが書かれています。

「気持ちの整理が出来たら提出してくれ。出したら連絡してくれな」

その言葉に目を伏せ返事はありませんでした。その態度に子供達の了解が出ても第2関門を迎えるのだと覚悟したものです。
あの日、次女を見た嬉しそうな表情と、この日の妻の表情に離婚には中々応じまいと悟ったのでした。
離婚は人生の中でも大イベントだと思いますが、今の時代に珍しい事でもありません。
それに抵抗する妻の真意はいかばかりなものなのか?

妻の居ない生活は、私には日常と何の変わりも感じなかったのですが、子供達には違ったようです。
特に次女は寂しそうで可愛そうに思います。何の罪もないこの子達に辛い思いをさせているのは、明らかに私達夫婦の責任です。
早く帰宅した時に食事の用意をしてくれている次女の背中を見ると、妻と2人で台所に立ち私に今回の事を水に流せと訴えたそうにしていた日を思い出します。

『ごめんな』

心の中でそう呟くしかない。これはこれで結構辛いのです。
ただ居場所も知っているのだから、会いに行けばいいし、もう大人なの君に、お父さんがとやかく言う事はないよ。
しばらく経つと、その通り行き来はしていたようです。私に気兼ねしてか、はっきりとは言いませんでしたが、
出て行ってから1日に1回は必ず連絡を取ってきていた妻から聞いていました。
何もなかった夫婦のように、

「食事はちゃんと出来てる?不便な事があったら何時でも行くわよ」

と新婚当時のような優しい口調が携帯の向う側から聞こえてきます。私も敢えて離婚届の話はしません。
それが尚更電話をしやすくしたのか、次女が会いに行った時には少女のように弾んだ声で嬉しそうに話すのです。
それでも次女しか会いに来ないのがせつないようですが。
それはそれで、まだ家族の絆が切れていないのを喜んでいるのかもしれません。
私は私で羽を伸ばし、帰りが遅くなる日もしばしばです。
たがが外れた私は1人者のような振る舞いでした。
境遇を気に掛けてくれる、あの同僚と飲み歩き、奥さんからクーレムを付けられる始末でしたし、娘達にも小言を言われます。
取引先のあの女性とも合コンまがいの飲み会を何度も催していましたが、ある時に同僚が軽口を叩きました。

「君達お似合いじゃないか。こいつ半分独身のようなもんだ。唾を付けるなら今だぞ」

「ばっ馬鹿言うな。俺はよくても此方に失礼じゃないか。ねぇ、ごめんね」

彼女は微笑むだけです。
この軽口が運を運び、その日のうちに彼女のメールアドレスをゲットしたのです。
それでも結婚以来、妻以外の女性との付き合いがなかったものでメールする勇気が持てなかっのです。
何の連絡もして来ないのに業を煮やしたのか、最初のコンタクトは彼女からです。と言っても、挨拶代わりの他愛のないものでしたが。
それでも何かウキウキするものですね。嬉しかったなぁ。

久し振りに気分よく遊び歩く私に、子供達が釘を刺してきました。

「たまには、お母さんの所へも顔を出して来てね」

この言葉は結構重いんです。すっかり独身になったつもりの私を現実に戻します。
子供が居なければ、このままスンナリと行くかもしれないのに、そうは問屋が卸しません。
しょうがなく妻のアパートに出向きますが、彼女の車がないのをいい事に直ぐに立ち去る私でした。
如何して居ないのかなんて気にも止めないのです。
実はこの頃、例の彼女と交際を出来るのではと予感めいたものを感じていたのが私にそうさせたのです。
あくまでも私の希望的予感でしかありませんがね。
居ないのだからしょうがないと自分に言い訳をしても、子供達には納得が行かないようです。
男との繋がりを連想させてしまうからなのでしょうが、それは妻とのやり直しを望んでいるからなのかと思うと重い気持ちになってしまいます。
口には出さないまでも、離婚届を少しでも早く提出してくれればと望んでいるのですから。
そんな中途半端な日々を送っていた時分に、携帯に見慣れない番号の着信がありました。

「・・・岸部の家内でございます・・・突然お電話して申し訳ありません・・・今よろしいでしょうか・・・」

言いにくそうに話す相手に、私も頓珍漢な受け答えをしてしまいます。

「あぁ、どうも。ご無沙汰しております」

もう少し気の利いた事を言えなかったものか。

「・・・こんな事を、お願いする立場じゃないのは、重々承知しておりますが・・・」

「何かありましたか?」

岸部が会社での立場が危うくなり、今度の事を何とか穏便にすませて助けてくれないか。
そんな内容の事を申し訳なさそうに、おどおどしながら懇願するのでした。
助けてくれと言われて私が納得したところで、はいそうですかと岸部の立場が好転するとは思えないのですが・・・・
世の中には示談が成立し刑が軽くなったなんて話をニュース等で耳にしますが、今回の件はそうは行かないのではないかと思います。
しかし岸部の奥さんにしてみれば、何かしないといられない気持ちなのだろうと予想出来るのです。
これまでは、ある程度の収入があり不自由のない生活を送っていたものが全てなくなってしまう。
幼い子供を抱えて、これからの人生に不安を感じるのは当然です。
まして岸部の年齢を考えれば、今以上の収入を得るのは不可能でしょう。
それでも一生懸命働けば何とか食べて行けると思うのですが、人は今の立場に見合った生活を送っているのです。
その生活が一変してしまうのは誰だって不安なものだと思うのですが・・・・・

「申し訳ないが、今はそんな気持ちになれないのです。それに私が水に流すと言ったところで御主人の立場が変わるとは思えない。
普通の会社は、そんなに甘いものではないと思います。本当に申し訳ない」

私の言葉にたいそう恐縮しながら電話は切れました。
前回同様に後味の悪い思いをしながらも、岸部に何があったのか気になります。妻も知っているのか?
おそらく同僚の画策なのではないかと、内線を繋ぎました。

「俺だ。岸部のかあちゃんから電話があった。あいつ、危ないんそうだな。何かしたのか?」

「そうか。そんな話になっていたか。今そっちに行くよ」

程なくしてやって来た奴と休憩室に入り情報を交換します。
私は奥さんとの電話での内容を話し、それを聞いてから、これまでの経過を伝えてくれました。

「岸部はうちに飛び込みでやって来たんじゃないんだ。俺は部長から引き継いだので事情にうとかった。
その辺はお茶を濁されてたんだが、ある業者の紹介なんだよ。そこが部長とじっ魂なんでな。詮索はしたくないが何かあるんだろう。
それでな、お前の名前は当然出さないが、こんな話があると言ったんだよ。部長は以外といい男だぜ。あんまり好きな奴じゃなかったけど親分肌だな。
うちの社員を馬鹿にするのは許せんって電話してたぜ。そんな事なら紹介者だって立場がないさ。俺はそこまでは知ってるんだが、その後は耳に入っていないんだよ」

「ふ~~ん。そんな話になっていたのか。お前よぅ、もっと密に連絡してくれよ」

「済まんかった。ちゃんと決着を付けてからと思ってたんでな」

「感謝してるよ」

何処まで真剣に私の事を思って行動してくれたかは分かりませんが、約束を守ってくれたのは事実です。
それから何日もしないうちに話が急発展したのでした。
外回りをしていると携帯に着信があり、直ぐに戻って来いと言われ、部署に帰ると同僚が私の席に座っています。

「ちょっと来い」

言われるままに会議室について行き話を聞きました。

「あいつの会社の会長が来る。お前にも会いたいそうだ。賽は投げられたな」

第一線を退いた会長のお出ましが何を意味するものなのかは、その時の私には分かりませんでしたが、大きな変化を感じたものです。
だけど妻を寝取られた男がどんな間抜け面をして出て行けばいいんでしょうか?

待機してろと言われ手持ち無沙汰にディスクに座っていると、お呼びが掛かりました。
来賓室に入いり真っ先に目が行ったのが貫禄の老人でした。
部長と同僚が居るのにオーラを放つ老人が異質に目立つのでした。
中小企業とは言え一代で会社を築いたこの男の迫力は、会社の看板で生きている私等とは比べ物にならないのです。
その老人が立ち上がり最敬礼で出迎えてくれましたが、それを見た部長が私に着席を促しました。

「仕事中にお呼び出しして申し訳ないです。この度は本当に済まんでしたのぅ」

軽く会釈をし席に付いた私は、無言でと言うより言葉が出ずに相手と向き合いました。
私がここに入るまでの間に、ある程度の進展があったのでしょう。

「あの会社の会長さんだ。今日は君に詫びたいそうだ」

部長が紹介しましたが、誰だかもう分かっています。

「今回の事は弁明の余地がないです。息子を社長にして会社を任せたがまだ早かった。
そうは分かっても、子供は可愛いものです。きっと一人前になってくれると思っておったのですが。
何かと問題を起こしてはおったが、わしも若い時はそっちの方が盛んだったので、ついつい見ない振りをしてしまった。
それでも会社を立派に運営してくれれば目をつぶれるが、今回の事はのぅ・・・・
これは申し訳ない。年寄りの愚痴を皆さんに聞かせてもしょうがありませんでしな。
今回の件も御社を紹介してくれた社長から聞きまして、わしは飛び上がりました。
会社の恥を晒すだけではなく、御社と紹介者の顔に泥を塗るような恥知らずな真似をするようでは、もうお終いじゃ。
幹部連中には、それなりのけじめを付けさせるつもりでおります。もちろん息子もです。
今後はわしが老体に鞭打って先頭に立ちます。一からやり直し信用を回復しなければなりません」

老人が話した内容は大体こんな事だったと記憶しています。
強い個性に当てられ話しが頭の中に入って来なかったと言うのが本当のところなのですが・・・
会長の御出ましで、岸部の首も風前の灯火なのか?それで奥さんからの電話だったのでしょう。
しかし、男なら自分から掛けて来いちゅうの!本当に情けないやっちゃ。
帰り際に老人は封筒を私に差し出しました。
躊躇すると部長が取っておけと目で合図します。
中身が何なのかは想像がつきます。それが如何言う意味なのかを図りかねて躊躇したのです。
そんな私の気持ちを察したのでしょう。小声で老人が言います。

「当社からの誠意ですが、わし個人からの気持ちも入っております。これで全てを水に流してくれるとわ思わんが、少しでも気持ちが納まってくれればと思いましてな」

岸部に対する慰謝料は勝手にしろ。しかし会社にはこれで勘弁してくれとの事でしょう。
それを部長が受け取れと指示したのは、私にそれで納得しろと言っているのです。
会社同士の取引は、これで成立したと言う事か・・・・
サラリーマンのせつなさです。私も食べて行かなければなりません。社会とはこんなものなのでしょうね。
老人を見送り終わり、部署に戻ろうとする私の肩に部長がに手を乗せ、

「色々あったんだな。生きるって事は山あり谷ありか。それにしても昔のプレーボーイが情けないぞ」

激励とも慰めとも付かない事をニヤリと笑いながら掛けて来ました。
同僚も笑いながら、

「幾ら入ってる?今度おごれよ」

封筒を空けて見ると、それなりの額面の小切手が入っています。
景気のよい時のボーナスを何倍かにした額です。正直これはラッキーだ。
お金は幾らあっても困りません。子供達にも掛かるし・・・・
その時は有頂天でしたが、妻に掛けている経費が頭をよぎり、この金でチャラに出来れば随分楽だと思い付いたのです。
膳は急げだ。少しもったいないような気もしますが、これで卒業してもらおう。
一旦家に帰り車でアパートに向かうと、見慣れた軽自動車が停まっています。

「今日は居るな」

部屋の前でチャイムを鳴らしますが出て来ません。部屋には明かりが点いています。
近所に買い物にでも行ったのだろうと思い珍しく待つ事にしました。目的があると我慢出来るものです。
狭い駐車場なので一旦車を動かし、部屋のドアが見え易いところに停め直しました。
ナビをTVに変え、彼女とのメールをやり取りしながらどのくらい時間を潰したでしょうか。
駐車場に1台の車が入りヘッドライトを消しました。住人の車だろうとちらっと目をやると男と女が乗っているようです。
目を凝らすと女は妻に間違いありません。そして男は岸部。
如何した事でしょうか、血圧がどんどんと上昇します。
私はヘッドライトを点灯し、わざと相手の車の中を照らすように発車させます。
照らされた車内には男と女が重なっているようなシルエット。
当然に彼女達は此方を見るでしょう。車内を照らした車は、妻の見慣れた車、覚えているナンバー。
そして車は停まらず駐車場を出て行きます。
ルームミラーに慌てて私を追いかける妻の姿が映っていましたが後の祭りです。
妻から必死の携帯が鳴り止みません。帰路の間にどれほど携帯が鳴った事か。

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